本編裏側こぼれ話②【ダンスフロアの裏側で】(アラタ視点)

 秋。学園祭が近づいてきたことで学園の中がにわかに浮足立ってきた頃。


 攻略対象達との好感度管理においては、学園祭という大きな行事はイベント管理の中でも重要だ。

 そのため今日も今日とて打ち合わせをするために、隔離結界を使い密会場所を設けたアラタだったのだが……。



「アラタ……あのさ。ちょっとお願いが……その。あるん、だけど」

「お願い? 珍しいな。お前がそんな事を言うなんて。いいぞ! なんでも言ってみろ」


 この少年……フォート・アリスティには、マリーデル主人公を演じながら貴族の学園に通い、その上で一癖も二癖もある攻略対象達相手に平等に好感度を上げる。そんな無茶を頼んでいるのだ。

 もし何か望むことがあるのなら、報酬としてではなく純粋な労いという意味でアラタはそれを叶えてやりたいと思っている。普段は何も望まず、こちらの要望に応えてくれる勤勉な彼だからこそ、なおさらだ。


 我慢強い上に何気にプライドも高く滅多に頼ってこないフォート。

 さてどんなお願いだ!? と、アラタは内心上がったテンションを隠しながらその内容を待つ。

 ちなみに今日、ファレリアは密会場所にいない。もしかすると彼女の前では頼みづらい男としてのなにか、がお願いだろうか。


「え……と」

「ん?」


 珍しく歯切れが悪い。そんなに言いにくいお願いなのかと首をかしげる。


(任せろ! お兄さんはなんでも聞いてやるぞ!)


 お願いされる側の方が期待のこもった眼差しを送っている事にアラタは気づいていない。フォートはそれに対しお願いの内容が内容でもあるため、妙なむずがゆさを感じるも……こちらが言い出したことなのだからと、ようやく口を開いた。




「……ダンスを教えてほしい。男性パートの」

「!!!!!!」






 その瞬間、アラタの脳裏を電撃が走る。


 "時期""イベント""年末パーティ"……それらが一瞬で繋がり、ひとつの"解"を導き出した。






「ああ! もちろんいいとも!」


 食い気味の勢いで快諾したアラタだったが、自分で頼んできたくせにフォートは訝し気に目を細める。


「なんで、とか。聞かないの?」

(分からんはずがないだろう!!)


 ぐっと拳を握る。


 今現在……自分は推しカプの背中を押せる立場に居るのだ!

 そうアラタは理解していた。


 なんでも何もない。フォートが男性パートのダンスを覚えて誘いたい相手など、一人しかいないではないか。そのタイミングがあるかどうかは別として。

 そもそもアラタに宣戦布告して、自分が例の少女を好いているのだとカミングアウトしてきたのはフォート自身である。

 

(落ち着け……! ここで浮ついた気持ちをこぼせばフォートが頼みにくくなる!)


 猛るカプ厨の気持ちを押さえながら、アラタは落ち着いた声色を意識して答えた。


「……誰を誘いたいのか見当はついている。俺はな、これでもお前を応援しているんだ」

「……そう。……叶わないのに?」

「! それは……」


 自嘲気味にこぼされた一言に言葉を失っていると、フォートは緩く首を横に振った。


「……お願いしておいて、こんな事を言ってごめん。今のは忘れて」

「……わかった」

「じゃあ、頼むよ」

「まかせろ!」



 久しぶりに……それこそ前世ぶりに出来た推しカプ。

 これまで気を張ってきた分、それを応援する気持ちはアラタ自身のモチベーションに繋がっていた。


 しかしどうしたってこの世界は階級社会だ。

 アラタが応援する彼らの間には身分差、というものが立ちふさがる。




 それでも応援したい気持ちは本物で。




 だから今は……せめてこの年頃の少年が、好きな女の子をダンスに誘うための手助けをしよう。

 もちろんこの先の事もフォートが頑張ってくれている分、自分がどうにか出来ないか考えるつもりだが。







 張り切り、決意をするアラタだったが……。

 その少年が好きな女の子はアラタを好きなのだという事実は、すっかり頭からすっぽ抜けているのだった。


 まず向けられている好意を疑い、毎日の褒めと告白に慣れたから、というのを加味しても……なかなかに残酷な男である。





「よし! じゃあまずは俺が手本を見せるからな!」







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