本編裏側こぼれ話①【学園祭の裏側で】(双子視点)

 笑顔とは最も高級で、最も安価な装飾品である。


 それがあるか無いかだけで円滑な交流が出来るか、という点において大きな差を生む。

 人と人を結ぶ手段の一つであり、入り口。


 だからこそ。


「ファレリア・ガランドールと申します」


 名乗られた時のまったくの無表情に、彼らはその令嬢を「関わる必要のないもの」としてカテゴライズした。

 もちろんそんなことはおくびにも出さず、張り付けた笑顔装飾品で綺麗に隠して見せたのだが。


「あの子、ダメだネ」

「ねー。マリーデルはなんであの子を気に掛けるのかナ」

「アルメラルダもね。いつもそばに置いているけど」


 そうやって嘲笑う笑顔は同じ顔。

 彼らは双子だった。




 星啓の魔女という、この国において非常に重要な役割を持つ存在。それが自分たちが魔法学園に在籍している間に二人も現れるとは思わず、彼らの興味を引いた。

 自分たちが二人とも星啓の魔女の補佐官候補と目されていることも要因のひとつである。


 一方はマリーデル・アリスティに。

 一方はアルメラルダ・ミシア・エレクトリアに。


 それぞれ別の人間に興味を持ったのは当然で、彼らは見た目こそ似ているが趣味はほぼ真逆だったのだ。


 だが見た目だけで惑わされる人間の、なんと多い事か。

 よくよく観察すればわかるだろうに、顔がそっくりだからと無意識下で同一に扱ってくる。兄が好きなものなら弟も好きで、弟が好きなものなら兄も好きだろうと。


 しかし彼らはそれについて煩わしいとは思わなかった。

 観察力に乏しい人間が勝手にふるいにかけられるのだから、わざわざ「二人で一人」と思わせる演出を自らしているくらいだ。それを見抜いた者だけが自分たちと関わる資格を得る。

 家柄が良く人当たりも見目も良いとなれば寄ってくる人間は多いが、それ全てを相手にしているほど暇ではないのだ。




 合理的かつ傲慢。

 それが彼らだった。




 そんな双子にとって、星啓の魔女候補である二名は群を抜いて高評価。


 マリーデルは穏やかで明るく素直な心根ながら、聡明で芯が通っている。

 アルメラルダは矜持が高くも勤勉で、家柄だけに頼らないその強さは魅力的だ。


 違った魅力を持つ二人の少女だが、なにより彼女らは双子を一度も間違えて呼んだことはない。接する時も混同することはなく、個々として扱ってくる。


 だからこそ彼らは自分たちが関わる価値のある相手として、星啓の魔女候補に好意的なアプローチを開始したのだが……彼女たちの間には、何やら無表情でふてぶてしく鎮座している小娘が一人居座っていた。


 前々からアルメラルダの取り巻きをしていたが、最近になってマリーデルまでもが気にかけ始めた少女の名はファレリア・ガランドール。


 ここ最近など彼女らは常に行動を共にしているものだから、その中でお互いに名乗り合ったりなどしたのだが…………ファレリアの無表情っぷりは噂の通り。挨拶の時にピクリとも笑わない。

 いや、かすかに笑いはした。……かもしれない。

 だがその笑みは体温に触れてすぐに溶け消えてしまう雪の結晶のごとくかすかなもので、双子としては不合格だ。

 何故か妙に一部から評価を得ているようだが、双子から見たらそれは過大評価というもので。


 だからこそマリーデルやアルメラルダに話しかける時も、最初の挨拶以来は居ないもの同然に扱っていたのだが……。





「ファレリアはわたくしと行くのです!」

「いいえ、私とです! 先に私が声をかけましたもん!」

「声をかけた? 馬鹿をおっしゃい。ファレリアにおける全ての事はわたくしが先約済みですわ」

「ずるい! そんなのずるです!」

「ず、ずる!?」

「そうですよ! ……で? ファレリア。どっちと行く」

「おいおいモテモテですね私」

「「ふざけていないで選べ」」

「ここで声揃えられること、ある?」


 目の前ではたった今自分たちが「今宵のパーティーでダンスに誘いたい相手」として手を取った少女らが、白金の髪を持つ女生徒を挟んで睨み合っていた。


 現在行われているのは学園祭の中の催しで、くじ引きしたカードに書いてある目当ての物、もしくは者を手にゴールするというシンプルな競技である。


 仲良く同一の内容を引き当てた双子は、しかしそれぞれ相手が違うため落ち着いて目当ての人物を誘いに赴いた。

 だがその先では「親友」と書かれたカードをそれぞれ皺になるほど握りしめながら、マリーデルとアルメラルダがファレリアの腕を左右からつかみ両者譲らない構えとなっていた。


 声をかければ「一緒に行くのは構わないがこの子を連れてから」という内容が異口同音に。

 有無を言わせぬ迫力に「はい」と頷いたまでは良いが、単純に身体能力面でリードを稼いでいたはずがお題カードがある故の「待て」に、他参加者たちとの差はとうになくなっていた。



 このままではらちがあかないと、双子兄が提案をする。



「ねえ、そしたら彼女を真ん中にして左右から手を繋いでさ。ゴールすれば、よくない?」

「は?」

「は?」

「スミマセン」


 思わず謝って引き下がろうとした兄を弟が肘で小突く。だが「無理。あの目で凄まれたら心折れる。アルメラルダだけならともかくマリーデルにまで睨まれた」としょぼくれる兄。

 実は双子兄、弟よりメンタルが弱い。


 しかたがないので強かな双子弟が説得し、なんとか二人に提案を受け入れてもらい……五人そろってのゴールという、奇妙な結果となった。

 ちなみにこの結果は前代未聞らしい。





 そしてゴールの際、間に挟まれていたファレリアだったのだが。





「仲良くゴール! みたいに周りが盛り上がってますけど私だけなんの成果も得られていないんですよ!! 私の意見も聞けってんです! みんなちょっと身長が私より高いからって人を引きずるみたいにぃッ!!」


 その無表情っぷりからは思いもよらぬ声の張りと力強さで、お題の書かれたカードを地面にたたきつけていた。

 見ればその内容は「好きな人」となかなかチャレンジャーな内容だったが、この様子を見るにその相手の元へ行く気満々であったらしい。


「あら、意外ね。あなた競技にそこまで熱心だったの?」

「そういうわけではありませんけど、あんな風にゴールしておきながら一人だけ敗者なの恥ずかしすぎません?」

「まあまあ。ファレリアはだいたいいつも恥ずかしい事になってるから、今さらだよ」

「フォ、マリーデルちゃんなんで今そんな追い打ちかけたんですか? ねえ。そりゃアルメラルダ様が拷問まがいの訓練仕掛けてくるからいつも見た目が恥ずかしい事になっているのは否定はできませんけどそれは私のせいではないんですよ!」

「まあ! 人の好意をあなたという子は……!」

「ぅぎゃああああ。また藪蛇った」


 双子をそっちのけに目の前で行われる賑やかなやり取り。

 いつも接しに行く時はだいたいマリーデルとアルメラルダが賑やかな中で一人黙っている事が多いように感じていたが、発する言葉は二人に負けないほど存在感がある。


 そして。


「ああ、もう。いいですいいです。所詮私はそんなポジですよ。……まったく、仕方のない人たちですねぇ~」


((あ、笑った))


 眉尻を下げた「やれやれ」感のあるものだったが、確かに笑った。


 そういえば一年前に行われた決闘でも、マリーデルに勝った彼女は全身で喜びを表していたなと今さらながら思い出す。




「ねえ。これは推測なんだけど、僕らもしかして結構面白い人を見落としていた?」

「かもねぇ。でもそれは不愛想な彼女が悪いヨ」

「これは責任をとってもっと面白い所を見せてもらわなきゃかなァ」

「うんうん。ちょっとあの無表情、僕らでも崩してみたいよねェ」




 勝手に無視して勝手に興味を持って。


 ファレリアが知れば随分身勝手に感じる思考パターンを経て、彼らはその後は積極的に彼女にも関わるようになっていった。もちろんそこにはファレリア個人への興味よりも「気になる女の子と仲がいい」友人と仲良くなって損はない、という打算も含まれているのだが。


 そしていざ関わってみると、自分達への扱いがだいぶ雑だった。というより、構いすぎて雑になられたといった方が正しい。


 呼び方など最初は名前に様付けで丁寧に呼んでいたものが、今や「双子その一」と「双子その二」である。これだけでも酷いが、もっとひどいと「その一」「その二」まで略される。

 そんな扱いだというのに、何気にこの女も双子を間違えることなく認識している。よくチラチラ髪色を見ているので微妙に違う色で認識しているかと思ったが、試しに髪を染めて色を入れ替えてみてもその時にはすでに感覚で覚えていたのか一発で言い当てられた。





 今日も今日とて。





「ハロハロハロ~。ファレちゃんげんき~?」

「ワーォ、今日も見事に無表情! たまには僕らにも笑顔を見せてほしいな~」

「あ、その一とその二」

「双子、まで省略するのやめない? せめて双子その一、って言ってよ! 相変わらず容赦ないネ」

「まあ思ってたより愉快な人で、ボクらは楽しいけどサ」


 略されるお返しとばかりに馴れ馴れしい呼び方をしてみるも、特に気にする風でもなく返されるので最近は「その一」と「その二」もあだ名の一種と思えてきている。






 自分たちが抱えていた問題に光を示してくれた優しいマリーデルや、ある種の憧憬さえ覚える力強いアルメラルダ。


 そんな二人へ向ける感情とは違うものの……気安く話せるという点では、なかなかに貴重な人材だ。










 これは学園祭からはじまった、一つの関係における裏側のお話。







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