そして交わるquartet(終)~アラタ「推しカプが出来ました」
事件から数日後。
特別教諭を主とする研究塔の一室にて。
……ファレリアを前に地面に額を擦りつけ土下座の体勢をとるアラタの姿があった。
それを見て「わぁ、綺麗な土下座~。前世含めて生で見るの初めてだ……」と内心感動しているファレリアである。
「本当に、すまなかった……!」
「あ、いえいえ~」
「そんな軽く流していい事ではないが!?」
「それもそうなんですけど、こっちはこっちでそれどころじゃなかったというか。人はすでに終わった過去より目の前の事に気をとられるというか……。いや本当どうしよう……」
もにょもにょと言いよどむファレリアの頬はほんのり赤く、挙動不審だ。
ついさっき目を覚ましたばかりのアラタはその様子に首を傾げる。
よく自分に対して顔を赤くすることはあったが、今のそれはアラタに向けられているものではない気がするのだ。
彼は自分を排除した上での恋愛沙汰には敏感だった。
伊達に前世からカプ厨をやっていない。
この世界の原作ゲームをプレイしたのだって、主人公であるマリーデルが可愛くて好きになったからその彼女が恋愛する様子……攻略対象との全カップリングを見たかったからである。
そんなアラタは現在ファレリアから初々しい青春の気配を存分に感じ取っていた。
アオハル。好物である。主食と言い換えてもいい。
「ファ」
「と、ともかく! こうしてアラタさん自身に私を傷つける意図は無かったと確認も出来た事ですし、一回リセットしましょうリセット。ね?」
問いかけようとしたアラタの声をぶっちぎって何かを誤魔化す様子のファレリアは、和解を示すようにアラタの手を取った。
もうこれで仲直りだ、とばかりに。
しかしその直後。手を握ったファレリアも、そしてアラタ本人すらも予想してなかった反応が起きる。
「ひっ」
ファレリアの手を振り払い、アラタは転げるように後ろへ後ずさったのだ。
その様子に最初ポカンと口を開いていたファレリアだったが、はたと気づいて真剣な表情になる。
「……あ、えっと……これは……ファレリア、ごめ……」
「アラタ……さん。もしかして、操られていた間の記憶は残っています?」
「……ああ」
アラタに問うたのはファレリアではなくフォートだ。
現在、ここ研究塔の一室に設けられた寝室に集まっている人間は部屋の主である特別教諭の他"五人"。
ファレリア、
加えてアラタの護衛対象である第二王子とその兄の第一王子だった。
例の一件の後、特別教諭がアラタから呪法の気配が完全に消えたことを確認し、アラタの関係者である王子に連絡したのだ。
本日はアラタが目を覚ましたと聞いて、王子達みずから出向いてきている。
「また君を傷つけるのではないかと怖いのだろう」
アラタの様子をそう称したのは第二王子。いたましそうに自分の護衛の様子を窺っている。
「気にしなくていい、といってもこればかりは本人の気持ちが追い付かないと無理ですものね」
ファレリアはそう納得すると、大人しく引き下がり……アルメラルダの横にそそそっと移動した。
ちなみにだが、アルメラルダを挟んで
「……はぁ。また一発くらいおみまいしてやろうかと思いましたけど……」
アルメラルダはため息を吐き出しつつ、その美しい緑の瞳でアラタを見据えた。美人の睨みは迫力あるなぁとは、それを横から見ているファレリアの感想である。
彼女から殴られたこともしっかり覚えているアラタは、断罪されるのを待つように首をうなだれさせた。
だがアルメラルダはその拳を彼にふるうこと無く、淡々と言葉を続けた。
「貴方も被害者のようですからね。とりあえず、互いの認識はすりあわせたのだし一応の手打ちとなさい」
「え……」
「大の男がびくびくと見苦しい。貴方は仮にもわたくしに勝った男なのだから、もっと堂々としていなければならないわ」
「けど、俺は……」
なおも言い募ろうとするアラタを、アルメラルダはびしっと扇で指す。
「今はファレリアと貴方を害そうとした相手を見つけだし、処するのが先決でなくて? ビクついている暇などなくってよ!」
「はい!」
気迫のこもった喝にアラタの背筋が伸びる。
その様子に可笑しそうに笑ったのは、それまで沈黙を保っていた第一王子だ。
「流石だね、アルメラルダ。私は君のそういう所を好ましく思う」
「まあ、殿下。もったいなきお言葉ですわ」
先ほどまでアルメラルダ節を振るっていた彼女も、流石に第一王子の前ともなると多少しおらしい様子を見せるようだ。口元を扇で隠し楚々と笑う。
「アラタも彼女の言う通り、反省はそこまでにするとよい。私が許そう」
「はっ」
鷹揚に述べた第一王子を前に、やっと多少の覇気を取り戻したアラタが臣下の礼をとって跪いた。
それを見て満足そうに笑うと、第一王子は続ける。
「ふむ……。しかし、今のところ下手人の手がかりは無しか。呪法が使われていたことだけは確かなのだな?」
「ああ。この俺が確認したのだから間違いない」
王子相手にも不敬な口調を崩さないのは特別教諭。
しかし第一王子は気にした様子も見せず、何かを結論付けるかの如くひとつ頷いた。
「では、私からひとつ提案したいのだが……こういうのはどうだろうか。犯人が捕まるまで、アラタを"君たち"の護衛につけるというのは」
「え」
「え」
「え」
異口同音に困惑の声を発したのはファレリア、アラタ、アルメラルダ。
一応現場に居合わせ、アルメラルダと共にアラタにかけられた呪法を除いた(と思われている。実際マリーデルでないフォートにその力は無いのでアルメラルダ単独の功績だ)実績があるため呼ばれたが、現在自分は話の中核に関わる位置に居ないことを自覚しわきまえているのだ。
「アラタが再度操られる可能性も危惧するなら、それを防ぐ環境を整えねばなるまい。呪法は一度かかると、同じものに対する耐性が低下するからな。そして呪いの類は星啓の魔女候補であるアルメラルダとマリーデルには効かず、同時に君たちは呪いを解く力も備えている」
第一王子はアルメラルダ、ファレリア、マリーデルの顔を順番に見る。
「君たち自身としても、もし他に操られたものが出てきた場合に強い護衛が近くに居れば心強いだろう。……一見狙われたのはファレリア嬢だけに思えるが、犯人の目的が分からない以上アルメラルダも狙われていないとは限らない。良い提案だと思うが。なあ」
第一王子が同意を求めたのは第二王子。普段アラタが仕える本来の護衛対象だ。
「…………。そうですね。アラタも今回の件を気にしているようだし、襲われかけた二人が気にしないのであれば。本人の贖罪を兼ねて、兄上の提案を受け入れてほしい」
「その間、弟の護衛は私が手配しよう。まあもともと、アラタを弟の護衛に取り立てたのも私なのだが。それもあって本日この場に出席させていただいた」
「そういうことでしたら」
王子二人による提案をつっぱねるわけにもいかないと、戸惑いながらもアルメラルダが頷いた。
「いざという時は、またわたくしがクランケリッツに拳を振るえば良いのでしょうか」
「ふふっ、頼もしいな。しかし護衛の距離を保つならその必要もないだろう。きっと呪法を向けられても星啓の魔女候補の近くに居れば中和されて効力を発揮しない」
「……そういえば星啓の魔女に呪いが効かない、というのは今回初めて知ったのですけれど」
「そこは、すまないね。星啓の魔女が正式に決まった後、本人にしか言えないことが色々とあるのだよ」
そう言われてしまえばアルメラルダとしても引き下がるしかない。
「だったらなんでこいつは知っているんだ」と、候補者の自分が知らないことを特別教諭が知っていた事には不満を覚えているようだが。
「では改めて問うが、提案は受け入れてもらえるだろうか?」
「もちろんですわ。せっかくの殿下のご厚意ですもの」
「ファレリア嬢もかまわないか」
「はい。アルメラルダ様が良いのであれば」
「では、決まりだな」
艶やかな赤い長髪をかきあげると、第一王子は
そんな中。
(え、え、え。何。護衛? ……俺が、アルメラルダたんの!? 待っ、俺自身が原作の間近くに居座るのは……! え!?)
さっそく心が死にそうになっているアラタ・クランケリッツに気付いたのは、フォートのみであったとか。
それから数日後のことだ。
少し前に学園中を"決闘"という催しで賑わせたばかりの四人が、再び注目を集める事となる。
とはいえ、今度は決闘などという特別なことをしているわけではない。単に一緒に歩いているだけだ。
だが、その"だけ"こそが異様なのである。
「ところで、何故貴女まで一緒に行動しているのかしら? マリーデル・アリスティ。わたくしは貴女がそばに居ることを許した覚えは無いのだけれど。学園で過ごして磨きがかかったのは図々しさだけのようですわね」
「あははっ。アルメラルダ先輩でなく、ファレリアと一緒に居るだけですよ~。友人ですから! あんな事を聞いて放っておくほど薄情ではありません。心配なんです、私も」
「わたくしだけで事足りるわ。わざわざ護衛として貸し出されたクランケリッツも居るのだし、貴女がここに居る必要があって? 過剰な自信が透けて見えるようね。あさましい」
「でもアラタさんのように呪法を受けた人が複数人で一斉に襲い掛かってきたらどうします? アルメラルダ先輩、一人でそれ全部どうにかできます? 万が一というか、そうならないように彼が護衛についているにしても……本当にもしものもしもで、アラタさんがまた呪法を受けて使い物にならなくなったら?」
「ぐ……っ」
言葉に詰まったアルメラルダを見逃さず、亜麻色のおさげを揺らした少女は満面の笑みを浮かべ駄目押しする。
「そういうわけで、私も一緒に行動させてもらいますね! 星啓の魔女候補が二人いた方が安全安心というやつですよ。まかせてください」
本当は呪いを跳ねのける力などないことをおくびにも出さず、堂々の宣言であった。
「ちっ、無駄に口が達者ね貴女……!」
なお、このやり取りは真ん中にファレリアを挟んだ状態で行われていた。
(ステレオにうるさい……)
しかも二人とも左右からファレリアの腕を掴んで引き寄せているため非常に歩きにくい。この中ではファレリアが一番背が低いため余計にだ。
「あ、あはは。これってモテ期っていう奴なんですかね? わぁ~。両手に花~。本命は後ろの人なんですけどねー」
棒読みである。
そして"本命"をちらと見てみれば……。
「俺は空気だ俺は空気だ俺は空気だ推しの近くに肉体を伴って存在する事など烏滸がましい許されない俺は空気俺は空気」
「貴女の本命は空気になりたがっているみたいよ」
「アラタさんしっかりして! 自己を保って! キャラ崩壊してますよ!」
雰囲気を和らげようと試みるもあえなく失敗したファレリアである。
こうして、奇妙な四人組が出来上がったのだった。
+++++
ある日の放課後。
現状整理のためにやっとフォートと二人になるタイミングを掴んだアラタは、憔悴した様子ながら呪法を受けた直後よりは元気になっている様子だった。
その心は現在進行形で「推しの近くに自分が存在する」「原作崩壊」によってダメージを蓄積しているのだが。
フォートはそれを確認すると、この機会を除けば他にタイミングは無いだろうなと……ここ数日、ずっと考え続けていた事を実行しようと決めた。
「アラタ。僕、開き直ったから」
「な、何を?」
藪から棒に。そう称するに相応しいフォートの突然の言葉にアラタが身構える。
フォートは構わず続けた。
「全部諦めようとしてたことを諦めて、開き直った。」
何かしらの覚悟を決めた声。それだけはかろうじて理解したアラタだが、それ以外はまったくわからない。
「だから何をだ。俺は現状をどうにかしようと話し合いをしようとだな……」
「それもそうだけど、その前に僕なりの宣戦布告だよ」
「不穏な単語出すのやめろよ!?」
いよいよ何事だとアラタは戦々恐々と続きを待つが……待っていたのは、思いがけない内容だった。
「……今回の事で、思い知った。隠しておくにはちょっと気持ちが大きくなりすぎたんだ。こんなのもう、開き直るしかないだろ」
苦々しいようでどこか満足そうでもある、感情の入り混じった表情。そこからは未だ真意が見えない。
アラタはフォートの言葉を待った。
「無理だって分かってる。僕が身の程をわきまえないといけないってことも。でも、それでも止められなくなった。……だって、方法はどうあれ、あんな素直に愛情を表現するアルメラルダが居るんだもの。見てたら羨ましくなったよ」
「うん……うん?」
「だからせめて僕の事をめいっぱい、心に刻みつけてやりたい。ずっと覚えていてほしい。僕がここからいなくなった後でも」
「あ、ああ。そうか。うんうん、はい」
段々と輪郭を露わにしてきた話の内容に、アラタはざわっと心が泡立つのを感じる。
しかしそれは不快なものではなく、むしろ期待。
そして。
「アラタ。もし君が今さらファレリアを好きになったとしても、そう簡単に上手く行くとは思わないでよね。君が彼女の想いに応える前に、僕の方がたくさん彼女の心を占めてやるから」
そう言って、フォートは
その後、本題である状況整理とファレリアを交えての密会予定を組み二人は解散したのだが。
アラタは先に密会場所から去っていくフォートを見送った後。周囲に人が居ないことを確認すると、身もだえるようにして叫ぶ。
「せ、青春ーーーー!! 祭りだぁぁぁぁッ!! 久々に推しカプ来たかもしれん!!」
カプ厨にとってフォートの宣戦布告は、美味しい美味しいご褒美ごはんでしかなかった。
そしてアラタが叫ぶ一方で、フォートが宣戦布告をする様子までを見ていた者が居た。
……まだ本調子でないアラタは、隔離結界を使用できていなかったのだ。
宣戦布告後の会話を聞かれなかった事だけが、密談していた彼らにとっての幸いであっただろう。
その者は足早にアラタとフォートの密会場所から離れると、密やかに笑った。
(……フン。二人でこそこそなにをしているかと思えば。宣戦布告、とはね。マリーデル・アリスティ、そこまで本気でファレリアの事を。気に食わない小娘であることに変わりはないけれど、その心意気やよし、というやつですわ。………………まあ? ぜっっっっっったいに認めませんけどね! ええ!)
でも。
「……ほんの少しだけ、あなたを好きになれそうですわ。ふふふふふふふ。性別を超えてまでファレリアを好きになるだなんて、なかなか見る目があるじゃありませんの。まあ? わたくしが色々手塩にかけて育てているわけですから? ファレリアが魅力的なのは当然なのだけど。ほほほほほ!」
こうしてファレリア本人があずかり知らぬまま、恋する相手に別の相手とのカップリングを推されたりなどなど。
不穏な影をはらみつつ、彼女の恋路はよりハードモードの道を突き進んでいた。
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