戦いのduet(5)~覆水盆に返らず

 両陣営、決闘の準備が整った中。

 しばしのにらみ合いが続いたが……やはり先に動いたのはアルメラルダVSアラタの戦いだ。


 明らかに待ち構えているアラタを前に、しかしアルメラルダはためらいも無く突っ込んだ。


「食らいなさいませ!」


 威勢の良い声と共に、手に持った扇に炎と風を宿しそれを振りかぶりながら接近する。

 彼女の足元はといえば、水の流れと地面の流動によって動きを補助するフィールドへと変貌していた。

 その高速移動から繰り出されるのは"炎"と"風"による面の攻撃……炎の津波とでもいうべきそれが、腕を振り切ったアルメラルダの扇から放たれ、アラタを襲った。




 しかしアラタはその場から動く事すらせず、すーっと息を吐き出したかと思うと……"炎を切った"。




「!?」


 その斬撃はアルメラルダの攻撃を無効にしただけに留まらない。

 アラタの動作の直後、すぐ"それ"に気づいたアルメラルダはすぐさま地面を隆起させ、その上に乗り勢いをつけて後ろへと飛び退いた。

 一瞬後。真横を鋭利な光の刃が通り過ぎ、空の彼方へと消えていく。


「月光刃ですって……!」


 それは高度な魔法付与がされた魔法剣。

 極限までに圧縮された魔力は三日月に似た光の刃となり、飛翔し遠方の相手をも屠る斬撃となるのだ。

 自身の体に魔法付与を施したアルメラルダとは違い、アラタは素の身体能力が優れている。よって身体強化に回す必要のない魔力を武器に使用するのは当然のことだった。


 

 そして警戒しつつアラタを見れば、構えていた剣を振り切った体勢。しかし流れるような動きでもって、彼は次の行動へと移行する。

 アラタは残りの炎を片手で蹴散らし、今度は剣を水平に構えた。



 追撃。



 それを直感で察したアルメラルダはすぐさま風魔法を上方へ向け、斬撃を避けるために飛び上がっていた体を地面へと着地させた。

 宙という身動きがとりにくい場所でそれを迎え撃つのは悪手だと感じたからだ。


 更にわずかに削られた自らの体力数値を水槽で確認しつつ、目の前に金剛石を模した防壁を生み出す。

 すると直後。壁に何かがぶつかり、砕けた。

 防壁を用意するのが一瞬遅ければ、それを受けていたのはアルメラルダであったのだろう。


 アルメラルダの背筋を謎の感覚が這い上がる。

 ……それは決して、恐怖からくる悪寒などではなく。


「流石は本職の魔法騎士! 褒めて差し上げましてよ!」


 浮かべた表情は絢爛豪華で獰猛な笑み。


「光栄です。あなた様も一瞬で非常に優れた判断をされた。驚きましたよ」

「淡々と言われても嬉しくないですわね。ふふっ、楽しみにしていなさい。このわたくしが、もっと大きな声を出させてあげる!」


 ぎらぎら輝く視線に居抜かれアラタは一瞬動きを止めたが、すぐさま体勢を変えた。その様子からは攻撃の意図を読み取ったが、雰囲気や表情の中にアルメラルダが懸念していた嗜虐性は見られない。

 ただ淡々と、自分が今しなければならないことを遂行している。


(ふむ……。つまらない男ですけど、まあまあですわね)


 高揚した気分を味わいつつもアルメラルダは彼の様子を冷静に分析していた。

 戦いを続ける中で、彼女はアラタ・クランケリッツがファレリアが愛する相手として相応しいのかを見極めようと考えている。それこそが決闘の目的。


(でも、勝負はこれからですわ! もっともっともっと追い詰めて……しっかりとその本性、見極めさせていただきましょうか!)


 彼女は厳しい査定の眼力をもって、魔法騎士に苛烈な攻撃を仕掛け続けるのだった。


 





 そして時刻は経過し。二組の決闘がどうなったかといえば……。








「か……勝った~~~~!!」


 突き上げた拳。その指の隙間に勝利の切り札となったカードを高々と掲げ、ファレリアは堂々の勝利宣言をした。


「あ、あげるんじゃなかった」


 歓喜するファレリアに対して頭をかかえるフォートだったが、それもそのはず。

 勝敗を分けたのは、ファレリアに泣きつかれフォートが魔法付与したカードだったのだ。

 彼女の実力を見たいとは思ったが、負ける気などさらさらなかったフォートとしては予想外もいい所である。




『お願いします。お願いします! どうかお恵みを~!』


 これまでフォートが抱いていた貴族というものへの印象を逐一塗り替えていくがファレリアという女だ。

 決闘の前日、プライドなにそれ美味しいの? とばかりに懇願してきた彼女に……フォートは今度こそ根負けした。

 …………といってもファレリアがカート集めに苦戦している場面を見ていたがために、実はもとからあげるつもりでカードは用意していたのだが。

 しかしながらそのカードとて上手く使わねば機能しないピーキーな能力であったし、それを使いこなしたことを含めてファレリアの実力。

 油断しないように努めファレリアにも全力を出すよう言い含めておきながら、なんだかんだ自分は彼女の事を舐めていたのだろう。その結果がこれでは、ざまは無い。


 フォートは自嘲気味に笑ったが……不思議と嫌な気分ではなかった。



 ファレリアの周りを化身たる犬が主人と同じように喜び、飛び跳ねている。

 化身に意志は宿らないため、ファレリアの意識と連動しているのだろう。


「やったー!」

「…………」


 全身で喜びを表しているファレリアに観衆がざわつく。

 当然だ。普段から無表情令嬢として通っているファレリアが、あんなに躍動感あふれる動作で勝利を喜んでいるのだから。



 フォートの口元にも気づけば自然と笑みが浮かんでいる。


 そして。





(ああ……良いな)





 何に対してそう思ったのか。それを自分でも捉えることが出来ないままに、フォートはファレリアの笑顔を目で追っていた。

 馬鹿だし考え無しだしプライドも無いが、ここまで素直な人間も珍しいだろう。

 初対面時、自分が濡れていることも忘れてファレリアにハンカチを手渡した自分。その時初めて見たファレリアの笑顔が今に重なる。




 ほんのりと、胸の奥が熱を帯びた気がした。













 更に、もう一方の決闘はというと。



「フン……。仕方がありませんわね。あなたとファレリアの交際を認めて差し上げてよ」

「…………。…………え?」

「お耳が詰まっていまして? ファレリアとの交際を認めて差し上げると申しましたのよ。貴方はあれだけ自分が有利になった中でも常に冷静でしたわ。それと追い詰めているわたくしに対し、嗜虐性も慢心も見せなかった。悔しいけれど、合格点には達しているわね」

「は!? え!? いやいやいやいや!? あの、待ってください!? 交際!?」

「あら、ようやく仏頂面が崩れたかしら?」


 水槽の水が干上がり、敗北を告げるそれを見て悔しそうにしながらも……どこか清々しい様子でアルメラルダは告げる。

 敗者は彼女だった。


 しばらく攻撃と攻撃がぶつかる派手な試合運びが続いたが、やはり途中から戦いに慣れたアラタへと戦況が傾き始めたのだ。

 そうなるとアルメラルダも攻撃から次第に防御へ移行せざるを得ず、巧みな攻撃の数々についには防御に使っていた魔法力も底を付き……散るならば堂々と! とばかりにアラタの攻撃を真正面から受け止め、そのダメージで全てのポイントが削られたのである。

 しかし最後にくらった一撃までアルメラルダはほとんどポイントを削られること無く戦い抜いたし、ほぼ満タンのポイントを一撃必殺で削り切ったアラタ。どちらの攻防も素晴らしかったと……両名を称え、会場は万雷の拍手に包まれている。

 実に見ごたえのある決闘だった、と。



 だが勝者であるアラタとしてはアルメラルダの言葉に焦るばかりだ。

 勝ったまではいい。だが交際とはどういうことだろうか。自分はファレリアとの交際など望んでいない。

 しかも推したる相手から外堀を埋められるなど、そんな不幸があって良いのだろうか。いや、いいはずがない。


 そして焦った彼は次の瞬間……思わず口走った。





「あの! 俺が好きなのは、ファレリアではなくあなたです!!」






 しばしの空白。



「……あ」


 急にしんっと静まり返った会場の中で、たった今口走った台詞を脳内でリフレインしたアラタは口をおさえた。

 だが覆水盆に返らず。一度飛び出た言葉は、戻っては来てくれなかった。


「!? な、なにを言って」

「いや、違います! 恋愛的な意味ではなく!」


 驚愕し目を見開く推し。

 観衆の声に埋もれることなく響いたアラタの言葉だったが、その後に発した弁明の声は最初の発言を聞いて一気に大きくなったざわつきに飲み込まれた。


(ど、ど、ど、どどどどどどどどうしてこんなことにぃぃ!!)


 慌てても、後の祭りとはこのことである。

 その場で何もできず固まったアラタは、あたふたとこちらに背を向けて去って行くアルメラルダを止めることが出来なかった。





 ともかくこうして慌ただしくも、異例の二組同時決闘は幕を下ろしたのだった。












 それ全てを見ていた者の中で。


「ずいぶん原作をかき回してくれているな」


 歓声に紛れたその声を拾うものは、誰も居なかった。




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