プロローグ④
結局、夢から目覚めることはなかった。いくら見回したところで、この状況が覆ることはなかった。
仕方なく、もう一度日記でも読み直そうと視線を下ろすと、つい数秒前まで足元に存在していた日記がなくなっていた。
これは一体何の嫌がらせだろうか。このまま何もないこの空間で延々と時間を過ごせとでも言うのか。
絶望が覆いかぶさろうとしていた時だった。
「
どこからともなく誰かが俺の名前を呼んだ。それはまるでテレビのナレーターのような個性的な男性の声であった。辺りを見渡したが、特にこれといった異物はなかった。ただ、声は上の方から聞こえた気がする。まさしく、天の声というやつだ。
「竹下武則君、聞こえるかーい?」
「は、はい!聞こえます!」
天の声がマイクテストみたいな質問をしてきたので、無意識に少し斜め上に向かって返事をしてしまった。
「じゃあ、これから君をこっちに連れてくけど、いいかい?」
「は、はい」
こっちとはどこのことなのかと思ったが、どこに連れてかれようとも正直どうでもいい。今はこの得体の知れない天の声の指示に従って成り行きに身を任せることにした。
「いいかい?私がジャンプって言ったら、その場でジャンプしてくれ」
ジャ,ジャンプ?ちょっとシュールすぎやしませんかね?まあ、従うけど。
「わ、分かりました」「ジャーーーーンプ!」
俺が頷いたと同時に天の声は早速合図を叫びだした。
早い早い早い!俺は反射的に小さめではあるがジャンプをした。
すると、真っ白だった空間は一瞬にして黒に少し赤みがかかった暗褐色の空間へと変遷した。
あまりの変わり様に俺は着地時に少しよろけてしまった。
すぐに立て直して辺りを見渡すと、暗褐色だと思っていたものが少し違っていた。暗黒の床、そして天井に赤い筋が網目状に張り巡らされているように俺の目には写った。まるで血管のようだ。というか血管だ。赤い筋は所々に光沢が見られ、しかもその光沢は波動のように筋を伝って移動しているように見える。
まさか巨人の体の中なのでは、と今に始まったわけではない非現実的思考が浮かんだ一方で、その光景はなんだか神秘的で俺は思わず見とれてしまった。次元を超越したかのような空間に呼吸すら忘れた。
いや、ここはまるで……。
「来ましたね。竹下武則君」
突然の声に縁起でもないことが脳によぎっていた俺はビクッとしながらも声の方を振り向いた。
振り返ると、急にスポットライトが点灯して俺は目を細めた。ピントが合うと、俺の目の前に俺よりも少し背の高い男がライトに照らされながら立っていた。男は白い服に白いズボン、白い靴下に白い靴、そして背中には白いマントを着け、極めつけは顔や髪の色まで白の全身白色人間だった。下手したらスポットライトで輪郭が曖昧になるのではないかというくらいに白かった。
「これ照明キツいな」
ふとそんなことをぼやいた男は手首をひねって照明を少し暗くしてから、指を鳴らして俺にスポットライトを当ててきた。いや待て。どういうこと?戸惑う俺に男が話しかけてきた。
「君のことは竹下君って呼べばいいのかな?それとも武則君の方がいいかい?」
「えっと、そ、そこは、お好きに呼んでもらって構わないのですが」
一番どうでもいい。
「そうかあ。じゃあ、モブノリ君と呼びましょう」
そろそろ話がめちゃくちゃになってきたので今度は俺から仕掛けることにした。
「別になんでもいいですが、とりあえずあなたは何者なのですか?なぜ俺……僕のことを知っているのですか?」
もちろんこんなシンデレラよりも白色な人間のことを俺は知る由もない。問いかけると男は「私のことかね?」と聞き返した後にすぐに答えた。お前しかおらんやろ!それに、モブノリって悪口やないかい!
「私はさっき君をここに導いた天の声さ。そうだね。君の世界でいうところの『神様』という感じかな。だから君の名前はおろか、個人情報まで熟知している。私のことは、えーっと、そうだな。『神様』とでも呼んでくれ」
そのままや。
「な、なるほど」
知りもしない男に神様だと自己紹介されても普通は「は?」となるところだが、この男がこの世界の唯一の住人だとしたら、そう受け入れざるを得ない。俺を別の空間へ転送したり手の動き一つで照明を調節したりしていることから神様であるということは、あながち間違っていないのかもしれない。ならば、神様は知っているかもしれない。
「あの……」
「ん?何だい?モビー」
モブノリはどこにいったんや、おい。いや違う違う。聞かないと。
「その、あなたが神様なのであれば、この世界について何でもご存じなんですよね?」
「そうだね」
「なら、この世界は一体何なのですか?僕が見ている夢なのですか?だとしたら、さっさとここから抜け出したいのですが」
俺が質問すると、神様「君は面白いね」と少し憎たらしい笑みを浮かべてから答える。
「君の考えはあながち間違ってはいないけど、現実はもっと残酷さ」
いつの間にか神様から笑みが消えていた。そして、神様はこう続けた。
「ここは、死後の世界だ。君はあの交通事故によって死んだんだ」
神様は真っ直ぐな目で俺に一つの事実を突きつけた。
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