第016話

「ラナックさん。あのラフィーリアさんって、どういう人なんですか? すごく変わった人ですよね」


「ん? アウセル君、知らないで仕事を引き受けたのかい? 彼女はSランク冒険者で、恩寵の剣ソード・オブ・グラーティアに所属する国内最強の剣の使い手ですよ」


「なっ……!? 恩寵の剣ソード・オブ・グラーティア!? あ、あの人が……? あんなボーッとした人が? なんか、全然強そうには見えませんでしたけど……あっちの筋肉ムキムキの人のほうが、よっぽど強そうに見えます」


「たしかに彼女はとてもマイペースな方ですね。それも強さからくる余裕の現れでしょう」


 ビックリした。

 恩寵の剣ソード・オブ・グラーティアってことはつまり、女神様に仕える英雄ってことだよね。

 まさかあの気の抜けた人が、そんなに凄い人だったなんて……。

 人は見かけによらないとは言うけど、それにしたって……。


 会館の掲示板には、依頼書がいっぱい貼られてる。

 Sランク。超危険クエストの掲示板は、他の掲示板に比べて張り紙が少ない。

 書かれてる内容を見たら、報酬が1億以上で当たり前だった。

 こんな報酬ばっかり貰ってたら、そりゃ金銭感覚も狂うよなぁ。


「Sランク冒険者かぁ。夢があるなぁ」


 ラフィーリア・エルシェルド……最強の剣士……。

 最強って、どれくらい強いんだろう。

 どんなスキルを持ってたら、最強になれるんだろう。

 どういう経緯で冒険者になったんだろう。

 冒険者になろうと思ったきっかけって、なんだったんだろう。


「大金が手に入るのは、まさに冒険者ドリームって感じだよなぁ」


 大金のため。

 食堂で楽しそうに宴をする冒険者たちを見て、ここにいる人たちも、そんな理想を求めて戦っているんだろうか、なんて想像する。


 お金のために命を削る。

 口では簡単に言えるけど、本当にそんなことなんてできるのかな。

 自分が死ぬかもしれないって状況で、お金のために勇気をもって立ち上がれるのか?

 お金のためじゃない……もしそうなら、あの人たちが冒険者である理由って、なんなんだろう。


 夕食のときも、お風呂のときも、歯を磨いているときも、ベッドに横になっても『冒険者』の存在が頭から離れない。


 たぶんラフィーリアに会って下手に興奮してるんだと思う。

 僕ってこんなにミーハーだったのかな。

 憧れ? 気まぐれ? 興味本位なのか、自分でもよくわからない。

 でも……つい口が滑ってあの人に……最強の座にまで登り詰めたあの人に、聞いてしまいそうになる。


 「どうやったら、冒険者になれますか?」って……。


「――へぇ。すごいね」


 泡だらけになった館を見て、ラフィーリアが感心していた。

 どうやって掃除してるのか見たいらしく、今回は寝ないようだった。


 泡が上から汚れを落とし、下にいる僕がバケツで受け止める。

 ギルド会館に比べれば10分の1くらいの建物だ(それでも十分、大きいけど)。

 掃除はその日だけで完了する。

 簡単すぎたので、周りの鉄柵と玄関まで続く石畳のアプローチも泡まみれにして、綺麗にしておいた。


「ありがとう。これ、代金」


 手のひらに落とされた金貨は3枚だった。


「外壁の掃除は1枚で大丈夫ですよ」


「玄関までの道と、柵も掃除してくれた。その分」


「……そういうことなら」


「君は、何か他に欲しいものはない?」


「いえ、これ以上は何もいりませんよ。代金は十分にいただきました。金貨4枚なんて、僕のお給料の4倍ですよ」


「……私は君に感謝してる。お金が欲しくないなら、別のことで返したい」


 言葉数が少ない分、文脈が端的。

 そうストレートに言われると、ちょっと照れる。


「欲しいものって言われても……。物を貰うわけにもいかないし……。じゃああの、なにか質問させてもらってもいいですか? 最強の剣士と話ができる機会なんて、もうないだろうし……」


「私は最強じゃないけど……いいよ。聞きたいことがあるなら」


 う〜ん。質問、質問。

 滅多にない機会だ。とても有意義な質問にしたい。

 「年収いくらですか?」とか、「彼氏はいますか?」とか、そんなくだらない質問じゃなくて、この先の人生に役立ちそうな質問が良い。


 気持ちが落ち込んだときはどう対処するか。

 将来への不安とどう向き合っているか。

 あとは……あとは……。


「どうやったら冒険者になれますか……とか?」


「……君、冒険者になりたいの?」


「……あ」


 や、やっちまったぁあああああああああ!!

 絶対にそれは聞いちゃいけなかったのに!!

 なんというくだらない質問をしてるんだ僕はぁああああ!!


「や、やっぱりなんでもないです!! もう十分お礼はいただきましたので、僕はこれで……失礼します!!!」


 頭にのぼった血が沸騰しそうになるくらいに恥ずかしくなって、僕は挨拶も雑にして駆け出した。


 せっかく掃除が上手くいったのに……変なやつだって思われただろうなぁ。


「ねぇ」


「ぎゃあああああああああああ!?」


 全速力で走ったのに、ラフィーリアは悠々と追いついていた。


「なれるよ」


「……」


「冒険者、なれるよ」


 一縷も乱れない呼吸で、ラフィーリアは確かにそう言った。


「……わっ!?」


 思考が追いつかない僕をすくい取るように抱えて、ラフィーリアは走り続ける。


「あ、あの、どこに……!?」


「洞窟。近くに初心者用のダンジョンがあるから」


「はぁ!? い、今からそこに行くんですか!? 僕、なにも準備してないんですけど!?」


「大丈夫」


「大丈夫……?」


「……」


「何が大丈夫なのか、具体的にご説明して頂けないでしょうか!? 頂けないでしょうかぁぁああああ!?」


 僕の悲鳴は王都を颯爽と駆け抜け、ダンジョンへ向かう。

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