10 ゲス

 

 


 よく見れば女性の腕には枷のようなものがはめられている。男たちの顔にはゲスい笑みが張り付いているし、このまま見ていても面白い展開になることはないだろう。

 どういう経緯でこのような展開になっているかはわからないが、まあそんなのは関係ないだろう。


 そう判断して俺は男たちのいる場所に近づいて行った。


「あ゛? てめぇなんだ?」


 男の一人が、俺が立てた音に気付いてこちらに振り返りそう言葉を出した。それと同時にほかの男たちも一斉にこちらへ振り向く。

 その一連の動きが少し滑稽で笑いそうになったが必死にこらえる。ここで笑えば逆上されて近くにいる女性に何をされるかわからない。


 顔を見る限り男たちは20代から30代といったところか。若いとは言えないが年を取っている感じでもない。

 女性の方はぱっと見た感じ男たちよりは若い感じだろう。顔を確認するときに気づいたがもう1人の女性も人間ではないようで、耳が普通よりも長く尖っている。


「何やら悲鳴が聞こえたからさ。様子見に来たんだ」


 俺がそう言うと何か笑いのツボにでも触れたのか男たちが一斉に笑い出した。


「気になったから見に来たってさぁ」


「ワンちゃんの見回りかぁ?」


「何かあったから見に来るとかマジで犬!」


「獣人はやっぱり獣なんだなぁ」


 割とイラっと来る言い回しであるが、こいつらが俺のことを侮っているのは間違いない。下手に警戒されるよりは相手の油断も誘えるので楽にことを運ぶことができるだろう。

 まあ、相応の仕返しはするが。


「それで、お前たちは何をしているんだ? この状況を見ればある程度予想はつくが」


 正直に説明してくれるとは思えないが、男たちの言葉を表面上は無視し問いかける。

 およそ自分たちのお楽しみタイムとかそんな感じだろうが。


「お? なになに。わんこ君も混ざりたい感じ? でも駄目ー」


「俺たち今からこいつらのこと調教しないといけないからさ、ワンちゃんはさ、見逃してやるからとっとと巣に帰れ」


「いつもだったらお前も捕まえて売りに行くところだが、こいつらがいるからなぁ。大した額にならん奴はいらねぇ」


 完全に俺が攻撃してくることを想定していない男たちの態度に、怒りよりも呆れが勝る。この男たちにとって、俺はすでにいない存在になっているようで、一応言葉を返してきたものの、1人も俺のことを気にしているものはいない。


 レナを襲っていた男たちもそうだが、こういう反応をみるとこの世界は本当に人間が主導権を握っていると実感する。


 人間が最も上の存在で、それ以外は何をされても人間を攻撃してはならないというのが、もう常識として完全に染みついているのだろう。その証拠に俺がこの場に来たというのに、襲われている女性2人は一切助かったと思っていない。

 こっちには最初の1回以外一切視線を向けていないし、表情はもう何もかもあきらめたかのように沈んでいる。


「なあ、調教ってどんなことをするんだ?」


 別に知りたいわけではないが、男たちの意識を女性たちから少し逸らすと同時に時間稼ぎのために話を振る。


「は? んなこと聞いてなんになんだよ」


「ワンちゃんはとっとと帰れっつってんだろ? 殺されてぇのか?」


「少しでも従順な方が高く売れるからさぁ。無理やり犯して心折るの。俺たちが楽しみたいってのもあるけどぅっ!?」


「お前はいらん事ペラペラしゃべるな!」


 想像していたよりもゴミのような内容に呆れから苛立ちへ感情がシフトする。やっている内容は違うが、おそらくレナの時も同じような理由で痛めつけられたのだろう。

 そう思うとさらに苛立ちが強まる。


 口の軽い男がいい感じに男たちの意識を女性から逸らし、それと同時にいちいち話しかけてくる邪魔な俺へ男たちの意識が集中した。


 それを確認した俺は足に力を籠め、一気に男たちの近へ飛び込んだ。


 いきなり近づいてきた俺に男たちは驚きの声を上げるが、俺がこんなことをするとは想定していなかったらしく、体を硬直させるだけで対応できている様子はない。


「お前っ!?」


「ぐぇっ!?」


「うおぉ!?」


 男たちの近くに飛び込むと同時に一番近くにいた口の軽い男を殴り飛ばす。


 踏み込んだ距離はざっと5メートル強。少し離れた位置にいたと思っていた俺が突然目の前に飛び込んできたことと1人が殴り飛ばされたことで男たちが驚き混乱する。


 今回は前に男を倒したときとは違いある目的のために力を加減し、一撃で殺さないようにしている。そのため今殴った男はまだ生きているだろう。打ち所が悪くなければだが。


 反撃されるのは面倒なので2人目を蹴り飛ばす。そしてすぐさま3人目。4人目を攻撃しようとしたところで、獣人の女性と目が合った。

 その女性の表情は助かった、という安堵の表情ではなく、困惑している表情をし俺に対して何をしているのだ、といった感じの抗議の視線を向けていた。


 やられる側も人間絶対優位という思考が染みついていることに苛立ちを覚える。

 これがこの世界の普通なのだろうが、明らかに異常な状態だと思う。どうしてこんな異常な状況が当たり前として定着しているのか、そのあたりが非常に気になる。


 獣人の女性の視線を無視して4人目を殴り飛ばし、5人目顔面に蹴りを入れて男たちを完全に動けなくした。

 残念ながら、最初の1人と最後の2人は加減するのを失敗したのとその後の打ち所が悪かったことでこと切れていた。まあ、当初の目的的には問題ない感じなのでそこまで気にしないでいいだろう。

 残りの2人はまだ息はあるが、攻撃した衝撃で気絶しているのか起き上がる気配はない。


「あなた何てことをしてるの?! こんなことをしたらこの後どうなるかわからないじゃない!」


 男たちが完全に動かなくなったことを確認していたところで、獣人の女性が俺に向かって怒鳴りかけてきた。

 耳の尖っている女性はまだ状況が呑み込めていないのかおろおろと俺と獣人の女性の間で視線をさまよわせている。


 あまり落ち着いていない様子からして、耳が長い方の女性はもしかしたら見た目よりも結構歳が若いのかもしれない。


「あー、その辺は後にしてもらえるとありがたいんだが。とりあえず、服とかがあれば着てもらえると助かる。さすがにこのままだと目に毒なんで」


 もう全裸の状態で怒鳴るというか動かれるといろいろ危ない。何がとは言わないが結構サイズが大きいので少し動くだけで結構揺れているのだ。

 男っていう存在はどうしてもそれを見たい欲求が強いから、意識して視線をそれに向けないようにするのがかなりしんどい。


 俺がそう指摘すると耳の尖った女性は顔を赤らめ、獣人の女性は訝し気な視線をこちらに向けてきた。どうして獣人の女性から疑惑の目を向けられているのかがわからず首をかしげる。


 服に関してはこの空間の端の方にそれっぽいものが散乱しているのでそれだろう。獣人の女性もしばらくは俺のことをじっと睨みつけてきていたが、尖った耳の女性に続いて服と思われるものを拾いに向かった。


「とりあえず俺は剥ぎ取りでもするかな」


 前回みたいに破れたり血だらけになっていたりしていないので、この服ならしっかり洗えばそのまま使うことはできるだろう。


 

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