スローライフは遠い

9 何事もなく…


 



 レナが俺の家に住むようになって1月ほどが経過した。その間特別何か変わったことはなくやることは多いがゆっくりとした時間の中、生活している。


 最初こそやけになっていたレナだったが、数日も経てば精神的に落ち着いたようで切羽詰まったような言動をすることはなくなった。

 しかし、それでも何かをやりたいという気持ちは強いようで、火の番だけでなく他にも仕事が欲しいといろいろと求めてくるようになった。


 ただ、今でもやってもらえるようなことはほとんどなく、俺が狩ってきた獲物の下ごしらえと、獲物の皮の簡単な処理をしてもらうかたちに落ち着いている。最初は調理までする予定だったのだが、残念なことにレナは料理の才能はほとんどなかった。

 そのため今では俺が下処理したものを調理する前にレナに下ごしらえをしてもらっている。


 家に関しては、あの後もう一度イノシシに破壊されたので、今では四隅に柱を立てた形になっている。この状態にしてからはイノシシの突撃にも耐えられるようになり、壊れることはなくなった。

 それと、家の強化をしたときに屋根を付けた。屋根と言っても茅葺き屋根よりも原始的な葉の付いたままの枝を何重にも重ねて屋根のようにしているだけだが。一応雨が降っても中に雨水がそのまま入ってくるようなことはなかったので結構うまくいっている。


「ソクサさん。こちら処理が終わりましたけど、倉庫に保管で大丈夫ですか? もう結構な量がたまっていますけど」


 ソクサというのは俺のことだ。レナと生活するにあたり、俺の名前がないと不便、というか何度聞いても名前を名乗らなかった俺のことをレナがあなた様と呼び始めたので、精神的に危ないと判断してそれっぽい名前を付けたのだ。

 一応前世の名前をもじった感じの名前にしているので俺的にも違和感は薄い。


「ああ、それで大丈夫。できれば素材として使えるようにさらに処理をしたいんだけどね。今はとりあえず保管で」


 何かとこの1月で物が増えたので、家のほかに倉庫として使う小屋も建てている。こちらは小さい分頑丈で、そう簡単には壊れるようなものではない。


「私も皮を鞣すのはやったことがあるのですが、それには材料が……」


「そこなんだよなぁ」


 皮の鞣し処理って確かタンニンを使ってするのは知っているんだが、どれからとれたものを使えばいいか知らないし、そもそもこの世界でタンニンが取れる植物がどれなのかもわからない。

 ハーブのミモザや紅茶、ワインに多く含まれているのは知っているので、椿系の植物がブドウのような果実があればいいんだが、それを見分ける方法も知らないしそもそもあるかどうかも不明だ。ミモザに関しては見たこともないので、探しようがない。


 しかし、服に関しては割と切実なんだよな。

 レナが着ている服がたいぶ粗悪品だったらしく、洗うたびによれていくのだ。今では最初よりも全体的に伸びてしまってなかなか危ない状態だ。

 最初は大きく屈んだりしなければ見えることはなかったのだが、ちょっと動いただけで袖口からも見えることがあるんだよな。生地も薄くなってきているようだし、本当に直視するのが憚られる見た目になってきている。


 レナもやはり年頃なようで、そういうのはかなり恥ずかしがっているしなぁ。なるべく早いこと服に関してはどうにかしないといけないんだが、現状どうすることもできないという。


 とりあえず、これからは狩のついでにそういう植物も探してみることにしよう。



 皮の鞣し処理に使えそうな植物を探しつつ、俺は狩りをしながら崖のある場所にきた。


 ここに来たことは初めてではない。前回来たときは特別目につくようなものがなかったので、あれから進んでくるようなことはしなかったのだが、このあたりから悲鳴のような音が聞こえてきたので様子を見に来たのだ。


「こっちの方からなんか悲鳴が聞こえたような気がしたんだが」


 厄介ごとのような気もするが、気づいてしまってそれを無視するのは気分が悪い。

 気のせいだったらそれが一番いいのだが、もしレナのような状況になっていたら助けた方がいいだろうし、そうじゃなかったとしても確認しておいた方がいいだろう。


 しかし、着いたはいいもののもう声は聞こえてこない。これではどこからあの悲鳴のような音が聞こえてきたのかがわからない。

 とはいえ、来たからには声の出どころを探っておきたい。


 崖に沿って周囲を確認しながら移動する。

 ところどころ大きな岩が崖上から落ちてきたのか転がっている。この岩を使って家の周りを補強するのもいいかもしれないな。


 しばらく進んだところで崖の一部に人が通れるくらいの洞穴が開いていることに気づいた。

 どういう経緯で開いたのかはわからないが、自然にできたものにしては洞穴の側面が綺麗だ。明らかに誰かの手が入っている。それが獣なのか人なのかはわからないが、今も使われているのか洞穴の中から生物がいる気配もしている。


「ちょっと確認してみるか」


 熊のような大型の動物が使っている可能性もあるが、何やら嫌な予感もするので確認した方がいいのは間違いない。


 洞穴の中はやはり綺麗に側面が整えられていた。これは動物が作ったにしては丁寧すぎる。十中八九ここを使っているのは人だろう。それが人間なのか、それ以外の人なのかは不明だが。


 想定外に奥行きのあった洞穴の中を進んで行くと開けた場所に出た。そこにはいくつか誰かの持ち物と思われるものが散乱し、中には価値のありそうな装飾品もいくつか見られた。

 ほとんどの物が適当どころか雑に扱われているところを見ると、所有者が自ら置いたとは思えない。となればまあ、ある程度の予想はつく。


 さらに奥へ行く穴があったのでその奥へ行ってみると、先ほ度よりも小さいがそれでも少し開けている空間に出た。そして、そこにはあまり身なりのよくない5人の男と、それらに囲まれた完全に全裸になっている女性が2人。


 どう見ても合意の上ではなさそうだ。それに女性の1人には獣人の特徴が見られるので、これもレナの時と同じような展開なのだろう。



 


 ―――――

 ソクサは全裸スタイルだけど、全身毛がふさふさなのでいろいろ見えないのでOKみたいな感じ。当然だけど見えなくてもマナー的には服は着た方がいい。

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