第4話 月花


あれから一週間が経った。相変わらず猫は猫で喋るし、俺は俺で彼女と会話をする。それは一人だった俺の生活に色を付け、いつの間にか笑顔が溢れるようになっていてふと気が付き驚く。


それと同時にいつから笑ってなかったんだろう、とか思い返しけれどどこまで行こうとも思い当たらない事に苦笑する。


「な、なに?......なんで、一人でニヤニヤしてるんですか」


怪訝な顔でこちらを見る猫。


「え、いや......べつに。ところで皿片付けていい?そろそろ洗いたいんだけど」

「ま、まって下さい!せっかくのごちそうなんです、ゆっくり味わわせてください!!」


夕食。今日のメニューはたこ焼きである。この猫の好物らしく、ゆっくりと頬張る彼女はもう三十個は平らげている。この小さな腹のどこに入るんだと不思議に思うが、もっと不思議なことが他にもあるので、些細な事かと思うに至った。


ちなみにこの猫は人間の物を食べても問題なかったので、おそらく元は人っぽい。ある日俺が職場から貰ってきたチョコを「あー!チョコレート大好きなんです!私にください!!」と奪い取って食べた事があった。


本来、猫が口にしては行けないとされるチョコレート。しかしこの猫はそれを食べても特にこれと言って異変もなく平気そうに過ごしてるので、そうなんじゃないかなと思った。あとネギとかもフツーに食べるし。


「そんなに美味いか」

「めっっっちゃ、美味いです!やっぱりお料理上手ですよね」

「いや、それただ焼いただけだからな......誰が作っても一緒だろ」

「そんな事ないですよぉ!もう、謙遜してえ!」

「......」


ぺちぺちと俺の足の甲を叩く猫。謙遜ではないんだけどまあ悪い気はしないから良いか。しかしこいつと暮らし始めてもう七日か。その間、一度も人の姿にならなかったな。


幻かとも思ったが、この猫自身もその記憶があるみたいなのであの時、彼女が人の姿になっていたことは確かだと思うんだが。


などと考えていると猫がたこ焼きを食べ終わったようで、前脚で皿をこちらへ下げた。


「ごちそーさまでしたぁ!いやあ、やっぱりたこ焼きはサイコー!」

「はい、おそまつさん。先に歯磨きするか?」

「いいんですか?」

「いいぞ」


俺は猫用に買った歯ブラシを出す。次にコップに水を入れ、座り胡座をかいた。


「よし、こい」

「はーいっ」


ととと、とこちらへ駆け寄ってきた猫。ごろんと俺の膝下で仰向けになる。


「はい、あーん」

「あーん」


口を開ける猫。俺は丁寧に彼女の歯を磨いていく。そして十数分かけて掃除が終る。


「ほい、終わり」

「ありがとうございます。ちょースッキリしました!」


猫なので表情が読みづらいが、そのかわり尻尾が感情に応じて動くのでそういう意味ではわかりやすい。この動き、ぱたぱたと左右にフリフリとご機嫌な感じだな。


「洗い物するから、YouTubeでなんかみててくれ」

「あー......はい」


「?」


なんとも端切れの悪い返事だ。食いすぎて気分でも悪いのか?心配になった俺は片膝を付き猫を撫でながら聞く。


「どうした?胃薬また飲むか?」

「ち、ちがいますよー!また食べ過ぎとか思ってるんですか!」

「え、違うのか?だってお前、この間だって......」


アイスたらふく食ってダウンしてたんだよな。


「それはそれ!べつに今はお腹痛くないです......!」

「そ、そうか。じゃあどうしたんだ?」


俺が再度尋ねると彼女の尻尾がしゅんとする。


「いえ、ほら......いつも頼りっぱなしで申し訳ないなあと。私があの時みたいに人の姿になれれば、洗い物やお洗濯だって出来るのに。......あなたにばかり、ごめんなさい」


あー、なるほど。そうか、確かに猫の立場なら俺でもそう思うかもしれない。......ん、思うか?タダ飯、掃除洗濯してもらえて歯磨きのサービス付き。サイコーじゃねえか。


てか猫は猫だろ。俺が猫なら気にしない。思う存分、気ままに自由にご主人に甘える。それが猫だ。べつに申し訳ないなんて思う必要はない。


だって猫だもの。可愛いこいつを愛でるだけで、俺がこいつにしてやってる苦労なんて水の泡の如く消えていくってもんだ。そして残るは可愛い猫。むしろその分プラスになる。


「いや、気にするなよ。お前、猫なんだし......一緒に居てくれるだけでも嬉しいぞ」

「あ、う......ですか。はい」

「お、つーか、ほら......外、みてみろ」


外が明るく感じ、カーテンを開いてみた。するとそこには大きな満月。月明かりにあたるふたり。


「わあ......綺麗」

「こいつは一杯やるべきだな」

「一杯......」

「ほ、ホントに一杯......ビール一缶だけ」

「ちゃんとお布団入ってくださいよ」

「すみません。はい」


この間、猫と飲む酒があまりに美味く飲みすぎた。そしてそのまま居間で寝てしまい風邪をひきかけ猫に怒られた事があったのだ。彼女はそのことを心配している。だから、一缶だけ。


冷蔵庫から一本だし、電気を消す。窓を開けてベランダのサンダルを履き座る。猫が横に座り、少し時期が早いお月見。ぼんやりと輝く光を雲が流れ遮っていく。


「あー」

「雲が邪魔だな」

「ですねえ」


ビールを開けようとした時、ふと気がつく。


「......え」


「?」


――合わさる瞳。


ふわりと風を感じ、黒髪が揺れる。


いつもはその猫と人、その体格差故に見下ろすように合わせる視線が横にある。そして微かな月明かりを反射する潤んだ眼が燦めき、その際立った美しさをさらに神々しくしていた。



(......え)



惚けている表情の彼女。おそらくは鏡写しのように俺も同じ顔をしているに違いない。



突然に、なんの前触れもなく――



「「......」」



――隣の猫が、少女の姿になっていた。





「「え?」」




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