第34話 川に流して

 盆踊りの事故の後、すぐにアヤノとカリンに、体に異常はなかったことを連絡した。


 それでも二人は、イロハの体をとても心配してくれた。


(やっぱり、二人とも、いい先輩だなぁ)


 心配していたのは、アヤノとカリンだけではなかった。


 カエデとマキも、イロハのスマホに、メッセージを送ってきていた。


 心配なのは、スズメのことだった。


 病院で別れることになったが、スズメは、きちんと生徒会長をやる、と言っていた。


(スズメ先輩、どうなるんだろう?)


 しかし、よく考えると、スズメと話をするにも、連絡先を知らない。


 それに、上下高校は、お盆休み期間に入り、一部の部活を除き、全校生徒が登校できなくなっている。


 お盆休み中、アヤノは両親の実家に帰省だ。


 カリンやカエデ、マキの三年生組は、店の手伝いや夏期講習があり、忙しそうだ。


 そして、イロハが気になっているスズメは、お盆休みの特番で引っ張りだこのようだ。


(録画もあるみたいだけれど、生放送もあるんだな)


 お盆休み中は、本田さんの本屋でのアルバイト以外に、することがない。


 アルバイト以外には、チャートを眺める日々だ。


(だけど、投資部は緊急事態が起こらない限り、お休みってことになっているし……)


 ボラはある。


 なんだか、チャンスのようで、そうでもない気もする。


 ドル円は上昇している。


 日経平均株価も上昇中だ。


 空運株も、ある程度は高くなりつつある。


(なんだか、順調だな……)


 イロハは、ベッドに寝転がりながら、足をバタバタさせて、スマホのチャートを見つめる……。


「イロハよ、ほかにやることはないのかの?」


 花子がやってきた。


 やることと言えば、毎日の両親の新盆の供養くらいのものだ。


 両親の遺骨は、家の、簡単な仏壇に収められている。


 それはそうだ。


 あおり運転をした国会議員の息子との裁判もまだはじまらない。


 もちろん、民事裁判もまだなので、お金は、両親の入っていたわずかな生命保険くらいのものなのだ。


 とても、仏壇も、墓も、買うことはできない。


 イロハにできることと言えば、簡単な仏壇に、できる限りのお花やお菓子を供えることくらいだった。


 そして、家の前で迎え火も焚いてみた。


「それにしても、新盆というのに、親戚の一人も来ないのじゃな……」


「うん、なんか、うかつに訪問したら、ほかの親戚から、わたしの面倒をみろって言われちゃうみたいで、みんな近寄らないんじゃないのかな」


「世知辛い世の中じゃの……」


 たしかに、老後二千万円問題の叫ばれる昨今、いくら親戚とは言え、直接の子どもの面倒を見るだけでも大変なのだ。


 イロハのような、両親が亡くなってしまった子ども、それも、高校入学直後とお金がかかる年齢で、この先大学に行くのか行かないのかは分からないにしても、お金がかかることは目に見えている。


「あの、ハナちゃん。夕飯の食材買いに商店街に行くけど、一緒に行く?」


「うむ!」


 イロハと花子は商店街に買い出しに行った。


 商店街につくと、いつもと様子が違う。


「なんか、みんな丸くした藁を持っているね。クリスマスリースみたい」


「うむ、あれは何かの?」


 一人や二人ではなく、多くの人が持って歩いている。


「あれ、イロハと花子じゃん!」


「あ、カリン先輩」


 カリンも、リース状の藁を持っている。


「イロハも、精霊流し?」


「精霊流し? カリン先輩の持っているそれのことですか?」


「ああ、知らなかった? ここら辺では、お盆に帰ってきた先祖を、こういう藁に乗せてあの世に送り返すんだよ。商店街の先の川で、流すんだよ」


 よく見ると、リース状の中心に長方形の紙がつけられていて、戒名と思われる文字が書かれている。


「商店街の地域はみんなやっているけど、そうか、イロハの地域はすぐ隣だけど、風習が違うんだね」


「でも、わたしも、やってみたいです。せっかくの、新盆ですし……」


 言ってから、気を使われてしまうかと、心配になったが、


「うん! やろう! ご両親の戒名は分かる?」


「は、はい、覚えています」


「じゃあ、藁と紙をもらってこなくちゃだね。一緒にいこう」


 イロハが思ったほど、カリンは気を使っていないようだ。


 むしろ、自分のしている風習を、イロハもしてくれつということがうれしいようだ。


 商店街の花屋の前に、特設コーナーが設けられていた。


「藁は、一つ200円なんだけど、いいかな? 昔はタダだったんだけど、ちょっとした理由があってね」


「ちょっとした理由、ですか?」


「うん、まあ、流してみたら分かるよ」


 イロハは父と母の分をそれぞれ買って、400円を支払った。


 その場でもらった長方形の紙に、置いてあった筆ペンで両親の戒名を書く。


「すごいね、イロハ。ちゃんと戒名覚えているんだ」


「はい、結構、衝撃でしたから……」


「あー、えっと、ごめん……」


「いいえ、こういうこと共有できるって、なんだか、いいですね」


 イロハは、親戚が新盆になってもきてくれないことは、さほど気にしていなかった。


 しかし、やはり、こうして、供養を人と共有したかったのだ、という自分の想いに気が付いた。


 カリンに連れられて、イロハと花子は商店街のはじの川までたどりついた。


「うわっ、すごい!」


 たくさんの人が、川に藁のリースを流している。


 その様は、壮観だ。


「でもさ、行政から指導が入ったんだよ」


「指導?」


「うん、川にゴミを投棄しているって行政は見ているみたいでね。それで、あっちを見てよ」


 川下には、魚を掬うタモ網を持った人が何人かいて、流れてきた藁のリースを救い上げていく。


 そして、何人かが、それを近くの焚火に放り込んでいく。


「さっきの、藁代は、あの人たちのアルバイト代になっているんだ」


 イロハは、何事もお金が必要なことを感じた。


「このあたりは、川に流して、先祖を送っていたんだけど、今はこういう感じになっているんだ。先祖を燃やすなんてかわいそうだ、なんていう人もいて、内緒で海まで行って流してる人もいるみたいなんだけど」


 イロハは、なんだか、さみしい気持ちになった。


 こういう風習は、本来行政ががんばって残さないといけないものなのではないか。


 それが、行政の指導で、形がかわってしまうとは……。


「うむ、これを観光化すれば、むしろ地域経済の発展にもなるのにの」


「あはは、花子はたくましいね」


 カリンが笑ったので、つられてイロハも笑った。


「まあ、時代なんだよね。仕方がないよ。わたしも、正直、思うところはあるんだけれどね」


 カリンが藁のリースを川に流す。


 優雅に流れていく藁の様子は、見ていて気持ちがいい。


 イロハも、持っているうちの母親の分の藁のリースをながしてみた。


 藁のリースは、グルグルと回りながら、川下に向かって一直線に流れていく。


 両親が離ればなれではいけないと、慌てて父親の分の藁のリースも流す。


 こちらは、回転することなく、川下に向かって流れていく。


 いつしか、母と父の藁のリースはぶつかり、そのまま流れていった。


 川を下っていくにつれて、たくさんの藁のリースと混ざり合い、見分けがつかなくなる。


 もう、タモ網に掬われて、燃やされてしまったかどうか……。


「イロハ、大丈夫?」


「はい。カリン先輩、ありがとうございました」


「うん」


 カリンは、ニコリと笑ってくれた。


 そんな笑顔が何よりもうれしくて、イロハも笑い返した。


 笑っているのに、頬からは一筋の涙が、流れる川に落ちたのが分かった。


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