第26話 選挙

 先週末、ついにドル円を損切した。


 その結果、上下じょうげ高校投資部では、次の投資商品を考えなければならなかった。


 上下高校投資部では、「投資甲子園」の大会にエントリーしている。


 投資甲子園の団体戦は、1チームの500万円が割り当てられている。


 これを、デモトレードとして投資するのだが、必ず半分の金額は、何かしらの商品に投資していなければならないというルールだ。


 上下高校投資部では、空運株とドル円に投資していた。


 しかし、ドル円を損切したことにより、現金が増えてしまったのだ。


 この現金は、翌営業日、すなわち20日の月曜日までに、何かに投資しなければならない。


「うーん、次に投資っていってもね……」


「そうじゃの。今は、よく分からない動きをしているから、何に手を出してよいのやら、じゃ」


 イロハも花子も、週末はその話題で持ちきりだった。




 20日の月曜日になった。


「今日も、アヤノ先輩はこないんですか?」


「うん、今日も生徒会選挙の打ち合わせらしいよ。たいへんそうだよね」


 カリンが、つまらなそうに言う。


「アヤノも、投資部の活動が心配らしいけど、やっぱり今は、上下高校の腐りきった上層部をなんとかしないと、だからね」


 なんだか、自分の通っている高校が腐りきっている、というのは、複雑だ。


「えーと、選挙……」


 イロハは、ふと考えた。


「選挙前って、株価が上がりやすいですよね」


 カリンと花子はイロハを見る。


「うーん、そうだね。やっぱり、ご祝儀相場ってやつだからかな」


 カリンが、首をかしげながら言う。


「カリンよ、それでは答えになっとらんぞ」


 花子が割り込む。


「選挙になると、各政党は聞き心地のよいことばかりを言うからの。それにつられて株価は上がっていくんじゃよ。リップサービス、というやつじゃな」


「それじゃあ、今、CFDで日経を買えば、どうなんでしょう?」


 イロハがそういうと、カリンも花子も首をかしげる。


「そうなんじゃがの、イロハよ、日足で日経を見てみるとよいぞ」


 イロハは、日経平均の日足を表示する。


「2万5千円台。割安だけれど……」


 そこには、きれいなMの字のようなチャートが浮かび上がっていた。


「これって、ダブルトップってやつ?」


「うむ。ここから落ちると、底なしの可能性があるからの……」


 花子が言う。


「でも……」


 イロハは、どうにも諦めきれない。


「アヤノ先輩も、高校を変えようとして頑張っています。政治家はたしかに信用できませんけれど、言葉は政治家の方が、ずっとたくみです!」


 政治家の息子に両親を殺されただけはある。


 イロハは、政治家の、口の巧みさを理解しているのだ。


「政治家は、正直言って、あまり好きではありません。でも、ここは、こっちが利用する番だと思うんです」


「イロハ?」


 カリンが不思議そうに名前を呼ぶ。


「ダブルトップで、多くの投資家が、買うのを躊躇している今がチャンスかもしれません。それに、割安なので、損切ラインも考えやすいですし」


 イロハには、確信があった。


(きっと、今回は、いける)


「うん!」


 カリンがポンと膝をたたいた。


「そうだよね。コロナからも立ち直ってきているんだし、これから日経は上がっていくよね。とりあえず、参議院選挙中は、日経を買ってみるってことにしてみる?」


「うむ、テクニカル的にはためらいたいところじゃが、こういうところで勇気を出すことも必要じゃ。わしも、イロハに乗るぞ!」


 イロハはうれしかった。


 ドル円で失敗したばかりなのに、こうしてイロハの考えを受け入れてくれる。


「いいんですか?」


 小さな声になってしまった。


 でも、カリンと花子は、うん、とうなずいた。


 日経、2万5800円でロング。


 上下高校投資部の再チャレンジがはじまった。




 平和な週だった。その後は、日経は安定して上昇をはじめていた。


 空運株も、動きはあまりないが、大きく下落することもない。


「とりあえず、参議院選挙期間中は、このポートフォリオを組んだまま、チャンスを探ることに使用」


 為替は、いまだ動きが激しい。


 日本株が、一番安全ということだろうか。




 そんな投資部を、カエデがおとずれた。


「選挙が近くなってきたわね」


「はい……えーと、それって、参議院選挙のことですか? 生徒会選挙のことですか?」


「ふふ、イロハちゃんにとっては、どっちも深刻な問題よね」


 カエデは、コホンと一度咳払いをして、


「アヤノちゃんの選挙は、アヤノちゃんに任せるとして、今回は参議院選挙の方の話よ」


「はい」


「前に期日前選挙の出口調査のアルバイトの話をしていたけれど、いよいよ、7月1日から行動開始することになったわ」


 イロハは、いよいよ来た、と思った。


「今までは大人がやっていたことだから、責任重大ね」


「はい、頑張ります」


「うん、それでやることは、放課後に商店街の人たちが行く期日前投票の会場の前に立って、出てきた人に、誰に票を入れたのか、比例ではどこの政党に入れたのか、そして、その理由を聞くってことね」


 イロハは、なんとなく想像はできている。


「そして、忘れずに、票を入れた人の年齢も聞くことね」


 イロハはうなずいた。


「まあ、中には難しい性格の人もいるでしょうけれど、頑張ってね」


 カエデは、腕でポーズをとった。


 本田さんのところでアルバイトをしているとはいえ、入ってくるお金は多ければ多いほどよい。


「カエデ先輩、ありがとうございます」


「うん、頑張って!」




 早くも週末を迎えた。


投資の方は安心して見ていられる。


投資を安心してこなせると、こんなにもふわふわと時間が過ぎていくものなのだと、イロハは思った。


 ダブルトップからの下げはずっと気にしていたが、このまま上昇してくれたら助かる。


 上下高校の生徒会長選挙も近づいてきた。


 参議院選挙は投開票が7月10日だが、上下高校生徒会選挙はその翌日、7月11日が立候補の締め切りだ。


 それから壮大な演説が繰り広げられて、翌週末の22日が投票日だ。


 上下高校では、選挙管理委員会が、放課後に開票をして、即日結果が出る。


 とはいえ、いつもは立候補者がほとんど出ない状況なのだが。


「ねえ、イロハ、選挙、楽しみだね」


 イロハは教室で、休み時間にクラスメイトに話しかけられていた。


「え? わたしたち、選挙権なんてないよ?」


「いや、何言ってるんだし? 生徒会選挙の話だよ」


「あ、そうか。参議院選挙のことだと思ったよ」


「参議院選挙? そんなのあるの?」


「うう、サツキちゃん……」


 イロハは、これが普通の高校生の反応なのか、と思った。


「やっぱり、橘先輩出るんでしょ?」


「え? アヤノ先輩……どうなのかな?」


 別に立候補することを内緒にしてほしいとは言われていないが、まだ正式な立候補をしていない状況で人に言うのも気が引ける。


「かくすなかくすな。橘先輩、今の足利シホさんって書記の人と、毎日打ち合わせしてるって、話題沸騰中だよ」


 サツキはうれしそうに話す。


「それにしても、イロハはいいなぁ、橘先輩のこと、アヤノ先輩って下の名前で」


「うーん、投資部は、なんでかみんな、下の名前で呼んでいるから」


「いいよね、橘先輩。色白なのに、運動神経もいいし、勉強も学年上位っていうし」


「サツキちゃん、詳しいね」


「あたりまえさ! わたし、新聞部なんだから」


 サツキは、ふふん、と言う。


「そうか、サツキちゃん、新聞部に入ってたんだよね」


「そう。これで、公に橘先輩の写真をたくさん撮れるよ!」


「あはは……」


 イロハは、苦笑いした。


 一つ間違えれば、ストーカーだ。


「ああ、そしてソフトボールもやっていたんでしょ? 見たかったなぁ。橘先輩のポニーテールが、キャップの後ろの穴から出ていたら、最高じゃない? そこからうなじにむかって汗が流れる! 青春って感じ!」


「うう、サツキちゃん……」


 イロハは、正直引いてしまった。


 でも、アヤノを褒めてもらうと、なんだかうれしい。


 やはり、アヤノは、大孫おおぞん先生との一件で、多くのファンを獲得したようだ。


「でもさ」


 サツキは、少し深刻そうな顔をする。


「橘先輩って、やっぱり学校から目を付けられてるんだよね」


「大孫先生との一件があったから?」


「うん、それもあるんだけど」


 サツキは、ヒソヒソ声になった。


「ここだけの話なんだけどさ、学校側が、橘先輩が生徒会選挙で当選しないように、別の人を陰で擁立しようとしているみたい」

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