第17話 わたし、取り憑かれちゃった

 イロハは、まだ昨日のできごとが嘘のようだった。


「よく考えたら、お化けと会っちゃったんだ」


 花子がコックリさんの占いに失敗した後も、みんなは黙々と投資に打ち込んでいた。


「カリン先輩もアヤノ先輩も、対応力ありすぎだよ……」


 まだ入学式が終わってそれほど時間はたっていないが、イロハの高校生活は怒涛のごとく進んでいた。


 朝のホームルームも、驚くことがあった。


「みなさん、まだ入学されてすぐですが、転校生を紹介します」


 イロハのクラスはざわめいた。


 イロハには、ちょっとした予感があった。


「もしかして……」


 先生は廊下の方に向かって、


「では、千種ちぐさ花子さん、どうぞ」


 と声をかけた。


 イロハと同じ制服だが、赤いサスペンダーがいびつにくっついた少女が入ってきた。


「千種花子じゃ! これからよろしくたのむぞ!」


「は、花子さん!?」


 予感はしていたが、やはり驚かずにはいられない。


 花子が転校生としてやってきたこともそうだが、いったい、一日でどういう手続きをしてきたのだろうか。


 先生は特に不審に思っている態度でもないし、他のクラスメイトも、不思議がっている様子はない。


(えっ、だって、こんな時期に転校生だよ。しかも、制服に赤いサスペンダーだよ!?)


「はい、じゃあ、千種さんは、後ろのあいてる席に座ってね」


 そういえば、イロハの隣には開いている机といすが置いてあった。


 花子はずけずけとやってきて、イロハの隣のあいている席に腰をおろした。


「おう、イロハじゃったかな? これからよろしくたのむぞ」




 休み時間になった。


「ちょっと、花子さん! 一体どうやったの!?」


 イロハは何から聞いていいか分からないが、とりあえず、すぐに転校生としてやってきてしまったことを聞いた。


「うむ。簡単なことじゃ。一晩で政府の戸籍システムや市役所の住民票のサーバーにアクセスしてしまったんじゃ。ただ、いまだに手書きの書類も多いのは困ったもんじゃのう。デジタルならすぐに書き換えできるのにのう」


「いや、そうじゃなくて……」


 平和ボケしている人の頭の中を書き換えるのは、お化けにとっては朝飯前なのじゃよ」


「頭の中を書き換えるって、えーと……」


 もう、どう突っ込んでいいのか分からない。


「とにかく、じゃ。わしもこれからの高校生活をエンジョイするから、よろしくたのむぞ」


「よろしくたのむぞって……」


 まだ、入学式からそれほどたっていないが、転校生はやはりみんなの注目の的だ。


 花子はクラスのみんなからあっという間に囲まれた。


「もう、溶け込んでるし……」


 花子の対応力は、目を見張るものがあった。


 移動教室でも、花子はイロハについてくる。


「あのー、花子さん? いつもわたしの近くにいるよね」


「うむ。昨日言ったじゃろ。トイレを利用して移動することはできるが、それ以外は、不幸な者に取り憑くしかないんじゃ。そなたからは不幸な気がよく出ているからの、近くにいた方が移動しやすいんじゃよ」


 花子はニコニコしている。


(これって、完全にわたし、取り憑かれちゃったってことだよね……)


「まあ、仲良くやろうではないか、イロハよ」


 イロハは、はあ、とため息をついた。




 放課後、イロハは花子を連れて投資部にやってきた。


 すでに、アヤノもカリンもきている。


「イロハちゃん、おつかれさま……って、やっぱり、花子さん……昨日のは夢じゃなかったんだ……」


 アヤノが改めて驚いた顔をする。


「えーと、わたしのクラスに転校生としてやってきちゃいました」


「ええ!」


 アヤノはもう一度驚いた。


 イロハは、今日一日の花子との行動を説明した。


「なかなか、すごいね、花子さん……」


 アヤノは唖然としている。


「コホン」


 と、横から部長のカリンが割って入ってきた。


「まあ、なんというか、怒涛の展開だけどさ。とにかく、これで投資部は四人そろったわけだし、大会にエントリーしようと思うんだ」


 そうだった。投資部は、投資の大会に出場するのだった。


「個人戦は、全員参加ってことでいいよね?」


 カリンは、みんなを見回す。


 みんなは、コクリと一つうなずいたが、イロハだけは相槌を迷った。


「うん、イロハ、出たくない?」


 カリンは心配そうにイロハを見る。


「い、いえ。そういうわけではないです。でも、わたしまだ入ったばかりだし……」


 今の投資を知らない自分では、勝てるかどうか分からない。


 そんなイロハの心境を察知したのか、


「ううん、勝てなくってもいいよ。大会は今年からはじまるわけだし、分からなくて当たり前だからさ。軽い気持ちでやろう」


「そういうことなら……」


 分からなくて当たり前、という言葉に、少し救われた。


 いまは、覚えていくことが先決だろう。


 イロハも、出場することにした。


「じゃあ、個人戦についてあらためて確認しよう。個人戦は、ある一定期間内でどれだけ儲けられるか競う部門と、決められた制限時間内でスキャルピングでどれだけ稼げるかを競う部門の二つがある。一定期間っていうのは、100万円を元手に、決められた一か月の間でどのくらい儲けられるかを競うことになる。そして、制限時間内は、大会の会場で一対一の勝ち抜き戦になるらしいんだ。これも一人100万円が与えられて、10分の制限時間内で、どれだけ稼げるかを競うらしい。投資というよりも、投機だね」


「10分……」


 イロハは、息をのんだ。


 カリンの説明を、アヤノも花子も、さも当然のように聞いているが、10分でそんなに勝ち負けが決するほど儲けることなどできるのだろうか。


 ただ、前にイロハが試しにFXで取引をしてみた時には、あっという間に損失を膨らませてしまった。


 あらためて、投資は怖いものだと思う。


「次に、団体戦。団体戦は、ゴールデンウィーク明けからはじまるよ。四人一組で、一チーム当たり500万円が割り当てられる。これを使ってどれだけ増やせるかを競うんだ。いってみれば、この四人が仮想のヘッジファンドになるってことだね。長期戦だから、株の配当を狙ってもいいし、FXやCFDで短期の売買を続けてもいい」


「なかなか、面白そうですね」


 アヤノがワクワクしているように言う。


 イロハは、優しくておとなしそうに見えるアヤノは、投資となるとアクティブになる性格だと思った。


「いま、ウクライナ戦争や円安で相場が読めないから、500万円を動かさないで、他のチームが自滅するのを待つのもいいかもしれませんね」


 アヤノの考えは、的を射ている。現金で持っていれば、増えはしないが、減りもしない。


 最近の経済ニュースでも、投資家が大きな損失を被っているという話をよく耳にする。


 こうした勝ち方もあるのだろうか。


「チッチッチ」


 カリンが不敵に、アヤノの考えを否定した。


「この団体戦には、もう一つルールがあるんだ」


みんなは、まじまじとカリンを見る。


「必ず、資産の半分は何らかの商品に投資をしていなければいけないんだ。だから、最初は250万円分を、必ず何かに投資しないといけない。そして、全額約定した場合は、現金として手元に置けるのはその営業日だけ。翌営業日の終了時点では、必ず資産の半分を何かに再投資していないといけないってルールなんだ」


「うう、難しそうですね」


「でも、面白そうでしょ?」


 アヤノもカリンも、ニコニコしている。


「ポートフォリオをきちんと考えないといけないということじゃな。腕がなるのう」


 花子から、聞き慣れない言葉も出ているが、みんな理解しているようだ。


(なんだか、不安だな……)


 そんなイロハの不安に気づいたのか、カリンが、


「まあ、イロハは、今は習うより慣れろだよ。とにかく、まずはアプリの動かし方も覚えないとだし、損益は考えずに、やってみてよ」


 四月の投資部での活動は、あっという間にすぎていった。


 投資アプリの使い方も、アヤノとカリンが丁寧に教えてくれる。


 イロハは、基本的な操作方法は熟知した。


 投資の基本になる、移動平均線の見方、ローソク足の基本的な動きも、徐々に理解できた。


 政治や経済も大きく影響していることも知った。


 日銀の黒田総裁の発言が出たとたんに、円相場が大きく動くのも、驚きだった。


(わたしの知らないところで、こんなにお金が動いていたんだ……)


 毎日が、驚きの連続だった。


 次第に、部員の性格も分かってきた。


 アヤノは、人をとても気遣ってくれる優しい先輩だ。ただ、投資の売買手法は、粗い印象がある。一攫千金を狙うような手法で、一気にLotを張ることもたまにある。


 一方で、カリンは、性格はガサツだが、投資は極めて安全志向だ。レバレッジも低く抑えて、順張りを基本にしている。


 花子も、はじめはお化けとだけあって、少し怖い印象があったが、いまではそんな気持ちもなくなった。投資は、さすが長年向き合っているだけあって、その都度投資手法を変えているようだった。


 イロハはというと、まだまだ勝ちも負けも運によるところが大きい。


(これじゃあ、ギャンブルの域だな……)


 順張りをしても逆張りをしても、勝ったり負けたりを繰り返す。


(個人戦はいいけど、団体戦ではみんなの足を引っ張っちゃうかも……)


 それが、イロハの悩みの種だった。




「よーし、ゴールデンウィークだ!」


 カリンが歓喜の声をあげる。


「ゴールデンウィーク明けから、本格的に大会がはじまるよ! でも、相場はお構いなしに動いているからね。スタートダッシュのためにも、ゴールデンウィークは経済ニュースをチェックしておいてね」


「そうですね。投資に休みはないですからね!」


 そうは言っているが、カリンもアヤノも、ゴールデンウィークは羽を伸ばすらしい。


 なにせ、春休みも、進級をかけた投資に明け暮れ、精神的にやられていたらしい。


 二人にとって、久々にゆっくりと休める長期休暇らしいのだ。


「おーす! 投資部のみんな! ゴールデンウィークの予定はどうだ~?」


 最近、ちょくちょく顔を出すマキも浮かれていた。


「うん、どこか遊びに行く? 剣道部はいつ休みなの?」


 みんなは、長期休みを前に、浮かれている。


 ただ、そんな浮かれように比べて、花子はどこか、さみしそうな表情だ。


「あの、花子さん? どうかしたの?」


「うーん、なんじゃ。長期休暇は、生徒もいなくなるから、学校に一人でいると、どうものう」


 イロハには、すぐに花子が寂しがっていることが分かった。


「えーと、うちにくる?」


 言ってから、自分でも驚いてしまった。


 相手はお化けなのだ。それを、自宅に招待してしまうとは。


「おお、しかし、よいのか? ゴールデンウィークは家族などとゆっくりすごすのではないのか?」


「ううん、わたし、一人暮らしだから」


 自分で言って気が付いた。


(そうか、わたしも、さみしいんだ)


「そうかそうか、では、お言葉に甘えるとするかのう。学校から外に出るのは久しぶりじゃのう。こんな不幸体質な者もひさしぶりじゃし」


 花子がそういうと、アヤノとカリン、マキがイロハを見つめた。


 心配そうな顔をしている。


 ただ、花子が不幸、と言った話題には触れてはこない。


 イロハも、「あはは……」と作り笑いを浮かべて、やり過ごすしかなかった。


「そういえば、前も花子が、イロハが不幸だから取り憑きやすいとかって言っていたよな。あれってどういうことなんだ?」


 マキがガサツに聞いてきた。


「ちょっと、マキ先輩!」


 アヤノが割って入る。


「あっ、悪い!」


 マキは両手で口を押えた。


「いや、別に悪気があったわけじゃないんだ。言いたくなかったら、言わなくていいからな」


 マキがおどおどしている。


 しかし、イロハの両親があおり運転をされたことで死んでしまったことは、よく調べれば分かることだ。それに、隠しているわけでもない。言い出せなかっただけだ。


 ちょうど、よい機会かもしれない、とイロハは思った。


「えーと、実は……」


 イロハは、あおり運転から、土地を無償で取られてしまったことまでを、みんなに話した。


 沈黙が流れた。


「あの、なんだか、重い空気にしてしまって、すみません。でも、わたしはもうへっちゃらですから。気にしないでください。それがきっかけで、こうして投資部に入って、みなさんとも仲良くなれたわけですし」


 それは、ある程度本心だった。


 投資部に入るまでのイロハには、心の余裕があまりなかった。もう、部活をする余裕もなければ、心から楽しめるようなことはないかもしれないとも思っていた。しかし、偶然出会った投資部での、アヤノとカリン、花子との部活は楽しいし、剣道部のマキとも知り合いになれた。


 思いのほか、楽しい生活を送ることができている。それはイロハにとって、うれしい誤算だった。


「まあ、そろそろ、アルバイトを見つけて、稼がなきゃいけないですから。投資部もアルバイトのシフトによっては、お休みすることもあるかもですし、いつかは言い出さないとって思っていたところだったので」


「あの、イロハ、本当にゴメン」


 マキが頭を下げた。


「うち、疑問に思ったことをストレートに聞いちゃうところあるから。嫌なこと聞いちゃったな……」


「あの、別に、いいんです。話しそびれていたので、いい機会でした」


 マキのストレートな性格は、別に何も嫌ではない。むしろ、謝られることの方が、辛かった。


 また、沈黙が流れてしまった。


「まあ、両親を失うことは不幸じゃが、人間生きていれば、そういうこともあるじゃろ」


 花子は、こともなげに言った。


「そうか。イロハを見ておると、不幸のほかにも、もっと邪悪な気配を感じていたのじゃ。それは、復讐心だったのじゃな。どうりで、わしが取り憑きやすかったわけじゃ」


「え、復讐って、イロハ、警察沙汰はだめだよ!」


 びっくりして、カリンが言う。


「そ、そうよ。えーと、暴力はカリン先輩の十八番なんだから!!」


「ちょっと、アヤノ、わたしの十八番って!」


 アヤノとカリンは意味の分からないことを言って慌てている。


 ただ、こんな愉快な先輩のやり取りは、救われる。


「たしかに、復讐してやろうとは思っていました。でも、それは、知識を備えて、たくさんお金儲けをすることで、見返してやろうっていう復讐です」


みんなは、あらためてまじまじとイロハを見る。


「だから、あの、わたし、投資を頑張ります!」


 宣言してから、イロハは恥ずかしくなった。


 イロハが言うと、カリンが、ポンと膝を叩いて、


「うん、それじゃあ、大会を頑張らないとね。優勝すれば、学費免除だし!」


 盛り上げるように言う。


「ですね、一緒に頑張ろう、イロハちゃん!」


 アヤノも、元気に言ってくれる。


 二人とも、少し気を使ってくれているのは分かる。


 でも、嫌な感じはしない。


(これが、去年、進級をかけて戦った先輩たちの強さなのかな?)


 切り替えの早い二人の先輩に、投資家の合理的な考え方を垣間見た気がした。

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