第15話 投資部の目標!

 今日の部室は、まだイロハとアヤノだけだ。


「分かる?」


 パソコンとにらめっこしていると、アヤノが心配そうに聞いてきた。


「うーん、難しそうです」


 パソコンで、株、FX、CFDを見ていく。


 株を選択すると、日本の銘柄、FXだといろんな国の通貨、CFDだといろんな指数や商品が表示される。


「これ、全部覚えないといけないんですよね」


 日経平均株価とか、ニューヨークダウ、円相場といった単語は、ニュースでは聞いたことがある。でも、たかだか、ニュースでは数十秒で知らせてくれるだけで、表示されるものも、3つか4つほどのものだ。


「やっぱり、稼ぐって、大変なんですね……」


 やはり、そう簡単に稼ぐのは、難しそうだ。


「ううん、わたしだって、まだ分からないものがたくさんあるよ」


 アヤノが、笑顔で答える。


「自分の得意なものを見つけていけばいいんだよ。個別の銘柄を売買するのが得意とか、FXだと、どんな通貨ペアが得意とかって」


 それを聞いて、少し安心する。


「わたしもカリン先輩も、去年は手探りだったの。だから、イロハちゃんも最初は分からないと思うけど、色々試してみてね」


 イロハは、ドル円やユーロ円をいじってみた。


「ユーロドルなんてペアもある。それは、そうだよね。人の移動は、アメリカとヨーロッパでもあるんだから」


 円だと、感覚で分かるが、ユーロドルは、1.08などと表示されていて、イロハには意味不明だ。


 とりあえず、いろいろ売買してみる。


「ん!! 強制ロスカットって出ました!」


 イロハが叫ぶと、アヤノが画面をのぞき込む。


「証拠金維持率がなくなっちゃったのね。たくさんポジションを持つと、資金を保護するために、強制的に決済されちゃうの」


「ええ、まだお金余ってたのに」


 デモトレードでなければ、大損害だった。


 あらためて、何事もルールを知らなければ、損をするようにできていることを知った。




「二人ともお疲れ~!」


 カリンが勢いよく部室に入ってきた。


「イロハの入部申請してきたよ。イロハのデモトレードのIDも発行されたから、これからはスマホでもできるよ。24時間投資三昧だ!」


 部長のカリンから、部活で使うデモトレードのアプリをスマホにインストールしてもらう。


 スマホに一つ表示された、「デモトレード」と書かれたアプリ。


 ここから、自分の投資生活がはじまる。


 さっそく、試しにアプリを開いてみる。


 小さなスマホの画面に、膨大なデータが表示されている。


「パソコンの画面よりも小さいから、少し分かりづらいな……」


 しばらくスマホをいじっていると、


「ふっふっふ、ここで、今年の活動方針を発表します」


 カリンがもったいぶって言った。


「カリン先輩、いったい何ですか? 今年は楽しみながら投資をしようって言ったじゃないですか」


 アヤノがカリンを睨みながら言う。


「それが、顧問の大孫おおぞん……先生にイロハの入部届を持って行ったときに言われたんだけど、なんと今年から大会が開催されることになったんだって」


「ええ!」


 イロハとアヤノの驚きの声が、同時に発せられた。


「年度の部員の平均損益を競う部門と、年に一回、制限時間内でどれだけ稼げるかを競う大会が開催されるらしいよ」


「それは、目標ができて、いいかもしれませんね」


 アヤノがニコリとした。


「そして、それだけじゃないんだ!」


 カリンが目を輝かせて言う。


「なんと、この大会に優勝すれば、上下じょうげ高校から賞金ももらえるって!」


「賞金!!」


 イロハは、つい大声を出してしまった。


 アヤノとカリンが驚いてイロハを見る。


「うう、すみません……」


 イロハは顔が赤くなった。


「賞金は、学費免除って形でもらえるらしいんだ。アヤノも交通事故の慰謝料もらえてないんでしょ。医療費の支払いに補填できるよね」


「腕が成りますね!」


 どうやら、アヤノもカリンも、優勝を狙っていく勢いだ。


「だけど、この大会、ちょっと条件があって。年に一度の制限時間内でどれだけ稼げるかを競う種目は、個人だからいいんだけど、一年を通して平均損益を競うのは、4人1組ってルールになっているらしいんだ」


「1人足りませんね……」


「うん。4月末までにエントリーして、ゴールデンウィーク明けにスタートなんだって。だから、それまでにもう1人部員が入ってくれるといいんだけど」


 アヤノもカリンも、悩ましい顔になった。


 複数の種目に出られるのならば、出るにこしたことはない。


 もし、出場して、優勝できたら、両親を失い、収入減が途絶えているイロハにとって、家計が助かることになる。


「勧誘活動、はじめますか?」


 イロハが問いかける。


「そうしたいのはやまやまなんだけど……」


 カリンが、まだ難しそうな顔をしている。


「今の日本って、投資はギャンブルだって考えている人が多くてさ。勧誘したところで、親も反対するからね。この学校でも、投資部ができた時は保護者や、先生の中にも反対する人がいたらしいし」


 みんなは、腕組みをして考え込んだ。


「そういえば」


 アヤノがイロハを見る。


「イロハちゃんはよく投資部に入ってくれたよね。ご両親は反対していないの? きちんと言った?」


 イロハははっとした。


 両親がすでに亡くなっていることは、アヤノにもカリンにも伝えていない。


 今のイロハの境遇は複雑だ。もちろん、隠しているわけではないが、伝えて、同情されるのも嫌だ。


「えーと……」


 イロハは言葉を濁した。


 そこへ、


「でた~~!!」


 勢いよく投資部のドアが開き、色黒の女子が駆け込んできて、カリンに飛びついた。


「マ、マキ! どうしたの!!」


 マキと呼ばれた生徒は、袴姿だ。


「で、でたんだよ!!」


 顔が青ざめている。


「で、出たってなんだよ」


「ト、トイレに……」


「うそ、痴漢とか!」


 イロハもアヤノも驚いた。


「ち、ちがうちがう、そういうのじゃなくて、トイレの花子さんってやつ……」


 投資部に沈黙が流れる。


「ちょ、ちょっとマキ、もうエイプリルフールは過ぎているよ?」


「うちがウソなんて言うかよ!! はっきりと声を聞いたんだよ」


 剣道部の休憩時間、部室棟の奥にあるトイレに入った時のことだそうだ。


マキが言うには、用を足し終え、手を洗っていると、奥の個室からうめき声が聞こえてきたのだそうだ。


 誰か具合が悪くなっているのかと思って問いかけてみる。しかし、うめき声はずっと続いている。


 よく見ると、入口から3番目のトイレだ。上下高校には七不思議があり、部室棟の女子トイレで、入口から3番目の個室にはトイレの花子さんが出ると言われている。


 ふと頭をそんな噂がよぎったが、そんなことはない、誰かが具合を悪くしているんだと思って、個室の前まで言ってみた。


 個室のカギを見ると、ロックされていると赤い印が出ているはずだが、青のままだ。


 入るぞ、と言ってドアを開けると、中には!


「おかっぱ頭で、あれだよ、サスペンダー? 赤いサスペンダーをして、トイレに座っていたんだよ。小さい子どもが!! 花子さんだよあれ、絶対に花子さん!!」


 まだカリンに抱きついたままのマキの前で、みんなが顔を見回す。


「見たって言ってもなぁ」


「確かめに行ってみますか? みんなで。イロハちゃんも、いい?」


「はい、みんなで行けば、そんなに怖くないでしょうし……」


 なんだか、投資という、ハイテクの真っただ中に、トイレの花子さんとは時代遅れだ、と思いながらも、ただ事ではないマキの様子も気になる。


 それに、こんなおかしな話も、なかなかないだろう。


 投資部のみんなは、マキをつれて、部室棟の奥の女子トイレまでやってきた。


「マキ、だいじょうぶ?」


 色黒で、体育会系のマキが、カリンの後ろで小さくなっているのは、なんだかおかしい。


「お、おう。なんとか。どうだ、声、するか?」


 みんなは、耳をすませる。


「!!!???」


 たしかに、入口から3番目のトイレから、うめき声がする。


 何とも言えない、悲痛な声だ。


「うそ、でしょ……」


 みんなは、顔を見合わせる。


 マキは、ガタガタ震えている。


「ど、どうする? 行く?」


「は、はい。みんないるので、行ってみましょう。イロハちゃんも大丈夫?」


「ちょっと怖いですけど……本当に花子さんなんですか?」


「マジで行くのかよ。やめようぜ……」


 4人は、おそるおそる、3番目のトイレに近づく。


「ウー、ウー」


 とうめき声が聞こえる。


 ほんとうに、苦しそうな声だ。


 たしかに、鍵はかかっていないようで、ロックの印は青色を示している。開いている証拠だ。


 イロハは、だんだん怖くなってきた。


 ほんとうに、トイレの花子さんだったら、どうしよう。


 呪われてしまうかもしれない。


 それに、今は一人暮らしなのだ。


 一人でお風呂にもトイレにも行けなくなるし、暗くして眠ることも怖くなってしまう。


「ちょっと、誰が開けるの?」


「こ、ここは、部長のカリン先輩が……」


「わたし、怖くなってきました……」


「やっぱり、引き返そうぜ……」


 まだ、個室の中からは、


「ウー、ウー……」


 とうめき声が聞こえてくる。


「えーい、ここは度胸だ!」


 カリンが大声で言って、個室のドアを開いた。


「!!!」


「???」

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