第10話 打ち明けたその先

 3連休、どうすれば相場で勝てるのかを必死で考えた。


 しかし、外的要因で乱高下している時には、無理に相場に入らない方がよい、という結論が導き出されてしまう。


「やっぱり、そうなんだよなぁ」


 残り4万円を2週間で、どう手に入れるか。


 それが問題だった。


 月曜日になった。祝日だが、相場は動いている。


 家でパソコンをつけっぱなしにしながら、相場を見ていても、埒があかない。


「今日は取引しないから、色々試してみよう」


 試したいことがある。


「プロのトレーダーって、画面をいくつもつけているよね。そうすれば、値動きが見えてくるのかも」


しかし、アヤノの家にはパソコンは一台しかないし、スマホも一台だ。


「部室にいって、いくつかパソコンをつけてみよう」


 制服に着替えて、休みの学校に登校することにした。




 部室が近づく。


 誰もいないはずの投資部の部室の中から、人の声がする。


「掃除の用務員さんかな?」


 ただ、部室に近づくと、一人や二人の声ではないことが分かった。


 数人。いや、10人くらいいるかもしれない。


「え、一体何?」


 聞きなれた声も聞こえてくる。


「この声、カリン先輩? それと、カエデ先輩!!」


 はっとした。


 月曜日は、中学校時代の剣道部員を集めて、カリンとカエデが、暴力事件のいきさつを話すことになっていた。


 ただ、ここは投資部の部室だ。


 カリンの中学時代の剣道部が集まるなら、学校以外、いや、学校だとしても、もっと別の部屋、それこそ剣道部の部室を使うことにするだろうと、と勝手に思っていた。


 しかし、使用しているのは、投資部の部屋だ。


「たしかに、広いけれど……」


 投資部は、部活棟の、大きな部屋を丸々使っている。


 そもそも、来年度からの投資教育必修化を見据えて創設された部室で、出世を狙う校長先生や大孫おおぞんなどが、対外的なアピールも視野に入れている。


 これまでも何度か、他校の先生や、教育委員会の職員が見学に来ている。


 大きな部屋を使って、力を入れていることをアピールする狙いがあるのだろう。


 アヤノとカリンの二人だけで活動するには、広すぎる部屋で、あまり居心地のいい部屋ではない。


 こっそり、ドアの隙間から中をのぞく。


 違う学校の制服を着ている生徒もいる。


「そうか。中学時代の剣道部だから、違う高校に行っている人もいるよね」


 起動していないパソコンがいくつかあるなか、10人くらいの生徒が座っている。


 睨むような眼をしている生徒もいる。


 その目線の先には、カリンとカエデが立っている。


 アヤノは、悪いかな、と思いながらも、聞き耳を立ててしまった。




「というわけで、カエデはその男子生徒から、暴力を受けていた。だから、わたしはかっとなってしまって。殴っちゃったんだ」


「そう、その後、わたしがきちんと真実を語ればよかったの。だけど、その時は、暴力を受けていても、まだ彼のことが好きだったし……。それで、カリンを悪者にしちゃったの。それによって、みんなにまで大会出場禁止という罰が下ってしまって、本当に申し訳ないことをしたと思っているわ」


 そういって、カリンとカエデが頭を下げていた。


 しばらく、教室の中はしーんと静まり返った。


 集まった生徒は、まだカリンとカエデを睨んでいる人や、驚いた表情をしている人もいた。無理もない。


 まだ、カリンとカエデは頭を下げている。


 なんだか、見ていて気の毒になってくる。あまり、こんな姿は、見たくない。


 長い沈黙が続く。


 その沈黙を破ったのは、いぜんカリンの教室に行ったときに、カリンのことを裏切り者呼ばわりした、体育会系の女子だった。


「なんてことだよ!」


 大声だった。


「そんな色恋沙汰で、ずっと頑張ってきたうちらが、大会に出られなくなっていたってことかよ!」


 教室がざわざわする。


「カエデはいいよな。実力あるから、中学の大会くらい出られなくても、こうして高校で全国まで行けるんだから。でも、そんな生徒ばかりじゃないんだぞ!」


 体育会系の女子はまだ続ける。


「うちには、そんな実力がない。だからせめて、一つでも勝ち進みたい。そして、思い出だって作りたいって、そう思っていたのに。全部パーじゃないか!」


 カリンとカエデは、うなだれている。


 二人がかわいそうで、胸が痛む。


「まあでも……」


 体育会系の女子は続ける。


「真実が分かっただけでも、よかった。思うところはたくさんあるけど」


 教室の中からは、「まじかー」とか、「さいてー」という声が聞こえてきた。


 カリンとカエデを責めているようだった。


 また、教室の中が静かになる。


 すると、またあの体育会系の女子が話し出した。


「みんな、今回のことを許せない人もいると思う。その反対に、気持ちは分かるから、特に気にしないって思う人もいると思う」


 意外だった。さっきの文句とは、一転したことを言い出したからだ。


「休みの日に集まって、こんな話を聞かされて、モヤモヤすると思うけど、とにかく、謎は解けたわけだ。とりあえず、今日は解散しよう。もう二度と口をきかないって子は、それでもいいと思う。これからも仲良くするって人も、いいと思う。ただ、どちらにしても、二人はとりあえず勇気を出して語ってくれたわけだ。だから、SNSなんかで、悪口を書くのはなしだ。もし、なにかあれば、この場で最後にしようじゃないか! 言いたいことは、この場で言うことにしよう!」


 その体育会家の女子は立ち上がった。


 前に立っている二人にむかって歩み寄っていく。


 体育会系の女子が、まさか、殴りかかるのではないか、と驚いた。


 体育会系の女子は、並んで立っているカリンとカエデの間に、強いパンチをした。


 パンチは、後ろのホワイトボードに「ズドーン!」と当たった。


 ホワイトボードにくっつけてある磁石がいくつか、床に落ちた。


 床に落ちた磁石が、コロコロと音を立てて転がっていく。


「正直、うちは、二人のことが許せない! うちの時間を返してもらいたい!」


 体育会系の女子は続ける。


「それに、どうしてこのことを、みんなに話してくれなかったのかも、むかつく。すぐには難しかったこもしれないけど、時間たちすぎだよ。うちら、中学時代、かなり仲良かったじゃんかよ」


 体育会系の女子は、泣いている。


 また、教室の中はガヤガヤとしだした。


「なんか、ばかくさい。かえろ、かえろ」


 と言って、教室を出て行く生徒がいた。


 あわてて、ドアからはなれた。


 教室から出てきた生徒は、特にアヤノを気にするでもなく、出口に向かっていった。


 教室の中からは、


「また連絡するね」


 と、言って出ていく者もいた。


 怒っている生徒と、そうでもない生徒がいるように見えた。


 教室の中には、カリンとカエデ、そして体育会系の女子だけが残っていた。


 あまりの状況に、このまま立ち去ろうと思った。しかし、


「あれ、アヤノ!」


 カリンに見つかってしまった。


「あ、いえ、別に盗み聞きしていたわけじゃないんです! あの、部室に用があって!」


 あわてて、声がしどろもどろになってしまった。


「いいよ、入ってきて」


「あの、失礼、します……」


 カリンにうながされたので、教室に入った。


 体育会系の女子は、まだ嗚咽を漏らしながらないている。


 ここまで、感情を高ぶらせて泣いていたとは思わず、驚いた。


「ほんとうに、ごめんなさい、マキ……」


 カエデが、体育会系の女子生徒に声をかける。この生徒は、マキと言うらしい。


「いや……」


 ようやく、マキは泣き止んだ。


「さっき言ったように、正直、うちにも思うところはある。今回話を聞いて、二人を許せないって思った。でも……」


 マキは、腕で涙を拭いた。


「カエデはともかく、これまでカリンのことは、無視したり、嫌な態度をとってしまった。自分でも、嫌なことしてるって自覚はあったのに……」


「ううん、無理もないよ。悪いのは、何も言わなかったわたしなんだし」


「ああ。そうだ。言わないと、何もわかんないじゃないか。だから……」


 マキは、カリンに向き合った。


「うちのこれまでやってきたシカトとか、チャラにしろ。うちも、この一件は、チャラにする。これで、どうだ?」


「え? それって?」


「全部言わすなよ。昔みたいに、仲良くしようぜってことだよ……」


 マキは、語尾の声は小さくなった。


「どうだ? 嫌か?」


 マキは、上目遣いでカリンを見る。


 マキは、これまでカリンにひどい態度をとってきたことで、自分もカリンから嫌われてしまっているように思っているらしい。


「ううん、いいじゃん!」


 カリンが言った。


「ほんと、きつかったよ~。マキのシカトは。なかなか威圧感あるからさ~」


 カリンは、いつものようなおどけた言葉で言った。


「おい、調子にのってんじゃねーぞ」


 マキはまた泣き出して、カリンに抱き着いた。


 カエデがアヤノに向き合う。


「アヤノちゃん、とりあえず、こういうふうになりました」


「は、はい……でも、許してくれなさそうな生徒もいましたね……」


「うん、仕方がないわよ。せっかく頑張って練習してきた大会に、出られなくしてしまったんだもの……」


 カエデは、まだ暗い表情だ。


「まだ、償いは足りないかもしれない。本当は、わたしは、剣道を続ける資格がないかもしれないわ。カリンに剣道を辞めさせることにもなってしまったんだし……」


 なんと声をかけていいのか分からない。


「でも、わたしには、これしかないの。言ってみれば、わたしこれでも脳筋だから」


 ちょっと、おかしくなった。カエデはどちらかというと、スタイルがよく、色白な方だ。


 そんなカエデから「脳筋」という言葉が出るとは。


「だから、そうね……。まだ、正直分からないのだけれど、変な話だけど、剣道をとおして、償っていければって、思っているわ。そうね、後輩の指導……くらいしか、できないのだけれど」


「じゅうぶんだよ~」


 と、カリンに抱き着きながら、まだ泣いているマイが言った。


 ふふっと苦笑いしながら、カエデがマキを見る。


「マキも最後にありがとう。マキがホワイトボードを殴らなかったら、まだ沈黙して、話し合いが続いていたかもしれなかったわ」


「だって、あんな空気、耐えられるわけないだろ~」


 いぜん、マキがカリンのことを裏切り者扱いしたことで、勝手にマキのことを、性格の悪い人間だと思っていた。しかし、マキなりに思うところがあったのだろう。


 それに、合いの手も出すことができる、本当は思いやりのある人なのだと思った。




 カエデが、冷たいお茶と、購買でパンを買ってきてくれた。


 ようやく泣き止んだマキは、お弁当を食べ始めている。


 剣道部は、午後から練習のようだ。


 投資部で昼食を食べるのははじめてだし。四人いると、賑やかだ。


「それにしても、大孫のやろう、前からいけすかねーとは思っていたけどよ。ひどすぎだよな」


 マキとは、カリンに会いにいった教室の前で会っただけだったので、自己紹介をした。その中で、総資産120万円を達成しなければ進学できないことも語った。


「それに、上下じょうげ高校の先生って、ロクなやついねーな」


 これまで、心のどこかで思っていたことを、マキはずけずけ言う。


「アヤノ、もしまた大孫に嫌なこと言われたら、うちがぶっとばしてやるからな」


 マキが口の中にご飯を入れながら言う。


「ちょっとマキ。それってわたしが暴力事件起こしたことへのあてつけ?」


「別に、そういうわけじゃねーけどよ」


 マキはペットボトルのお茶でご飯を流し込んで、


「でも本当に。困ったことがあれば、いつでも言ってくれよな」


 マキは、見た目は怖いが、親しくなると、頼りになるアネキ肌なようだ。


 お昼ご飯を食べ終わり、カエデとマキは教室を出ていった。


 嵐が過ぎ去ったかのように、部室は静かだ。


「ふう」


 とカリンが息を吐いた。


「疲れたよ……」


「お疲れ様です……」


 カリンは、本当に疲れているようだった。


 無理もないだろう。今日まで、おそらく頭の休まる暇がなかっただろう。


「そういえば、アヤノは何しに来たの?」


「あ、えーと、複数のモニターを使って、チャートを見たら、何か分かるかなって」


「ああ、そうか。じゃあ、この部室使って、悪いことしたね」


「いえ。わたしこそ、盗み聞きみたいなことになってしまって」


「ううん。今回のことは、全部アヤノに伝えるつもりだったし。アヤノもマキと仲良くなれたし、よかったよ」


「マキ先輩、面白い人ですね」


「でしょ?」


 カリンは、ニコっと笑う。


 マキと仲直りできたのは、カリンにとってとても良かったことだろう。


「でも、もう口をきいてくれない人もいるんだろうなぁ」


 そうカリンが言うと、アヤノもなんだかさみしくなる。


「でも、そうやって、人間関係ってできていくんですよね」


「だね~」


 二人で、ぼーっと考えた。


「とにかく、前に進もうか」


「ですね」


「じゃあ、今日は取引はしないけど、チャートを見よう! 見まくろう!」


「カリン先輩、目が疲れちゃいますよ」


「土日に、今週の戦略をまったく考えられなかったからね! 勘を取り戻さないと!」


「残り4万円です! なんとか、頑張ります!」


 チャートは、今週もうってかわらず、円売り、ドル買いの傾向となっていた。


 チャートの動きは変わらないが、アヤノの周りは、劇的に良い方向へ変わっている気がした。


「メンタルも大切! きっと、よい方へ行く!」


 妙な自信がわいてきた。

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