第7話


「は?」


 今朝の目覚めも快適。

 祖母は老人特有の早起きで、早朝にさっさと帰っていったので一息ついたし、外も快晴で、良い一日の始まりだ。始まりなのだが、私の心は一瞬にして大嵐になっていた。


「いま、なんと仰ったのですか? 父上」


 自分の聞いた言葉が信じられず、聞き間違いだと妄信し、父に聞きなおす。父は疲れた顔をしながらも、溜息を吐いて、


「戴の使者殿が、瑞家の娘に会いたいそうだ。瑞家の娘、全員と!な」


 もう一度、いやそれよりさらに強調して、同じ言葉を吐いた。

 私の顔は、もう真っ青だった。

 父に、外出がバレてしまう。というのもあるが、それ以上に、いったい何故戴の使者が、うちの姉私妹に会いたいというのか、検討もつかなかったからだ。

 私のコンプレックス的に、娘だけで並べられたら、逃げだしてしまいそうだ。そんな事を同盟国の使者にしてしまったら、一体どんな国際問題になるか、わかったものではない。同盟国といっても、環は戴より、弱い。これは、国際社会的に周知の事実だ。軍が強い弱いだけではない、土地の広さ、人材のあつさ、そして、同盟となる国の数と後ろ盾。そういったものが複雑に混ざり合って、立場というのは常に移ろっている、と風伯先生が言っていた。

 そんな戴から正式にきた使者に失礼があっては、同盟にもヒビが入ってしまうかもしれない。それぐらいは私でもわかる。でも、でも。

 私の逡巡と恐怖が伝わったのだろうか、父は申し訳なさそうな顔をしていた。


「俺にも、一体なぜ使者殿がうちの娘たちと会いたいと言うかわからん。誰に聞いても、わからん。ふうの兄貴には、断れるなら断った方が良いと言われたが、一晩考えて協議しても断る口実が思いつかなかった。すまん、珠香。お前が、兄妹揃ってどこかに引き出されるのが嫌いなのは知ってる。だが、今回はこらえてくれんか」


 父が、父として命令しないという事は、父も不本意なのだろう。

 話に出て来た、風の兄貴というのは、私達の先生の風伯ふはく先生の事だ。父は風伯先生と長年友達で、兄貴兄貴と慕っている。そんな風伯先生は不思議な人で、カンが鋭いというのか、時たま予言めいた事を口にする事で有名な人だ。あと、父より年上なのに、めちゃくちゃ若く見えるので、年齢不詳としても有名だ。そんなどうでも良い話はおいといて、その風伯先生が断った方が良いと言っているのに、会いたくない。しかし、解決策や逃避策は、父の言動によって絶望的だと示されている。

 でも一応、抵抗をしてみる。


「む、娘は二人しかいないとか……」

「三人おられますよね、と先手を打たれてしまった」

「病気とか……人に見せられない顔とか!」

「三人とも聡明で美しいお嬢さんと評判のようですね、とお褒めの言葉をいただいた」

「し、失礼があったらいけないから、会えない、とか」

「公式なものではなく、個人的なものなので、気軽にお越しいただきたい。そうだ」

「こ、個人的なものなら、断れるのでは」

「個人的とは申しましたが、私が、戴の正式な使者である、という事をふまえた上で、お返事お待ちしております」

「うぅ……」


 今気づいたけど、これ、会話の時、順番に言われた事なのでは…?だから、父も私の抵抗に言葉をすんなり返せたのでは?つまり、


「お前、戴の使者が言った事聞いてたのか? 面白いぐらい、反論されてるじゃないか」


 やっぱりー! 父も、ちょっと呆れ顔だ。

 嘘でしょう、なんで私の反論がわかってでもいたように、話をしてるの? つまりこれは、その使者の人の手のひらの上で踊らされているだけというのこと? どんな抵抗も無意味ですよ、ということ?

 こわっ。戴の使者、怖。

 しかし、そうなってくると、本当に何故私達に会いたいのか、意味がわからない。父は、環国内でこそ権威があるが、よその国にとってはそんなに重要な人物ではない、と、思う。

 唯一考えられるのが政略結婚だが、瑞と姻戚になったとしても、そんなにうまみは無いと思うけど……。世にも珍しい、瑞の双子が見たいなら、双子だけ呼ぶだろうし。

 実際、他所の国の偉い人が来たときは、わざと双子を護衛として並べて、環には瑞兆がもたらされているというパフォーマンスをしてるらしい。見世物になる二人は可哀想と思うが、それがまた大好評らしい。双子というのは、この世界でそれだけ珍しく、良いものとされている、そうだ。

 だが、私は何も珍しくない。十人並みだ。一体なぜ、私まで呼ばれてしまったのだろう。

 一つ、溜息を吐く。


「……わかった。出て、立ってるだけで良いなら」


 もう、降参だ。これ以上、うつ手を思いつかない。

 父は明らかにホッとした顔をした後、真面目な顔で頷いた。


「すまんな、珠香。もし、お前たちに何かあったら、全力で潰すから安心しろ。なぁに、戦争になったとしても、盟主のそうもいまだ隆盛だ、何とかなるだろう」


 潰す? 潰すって、どこを? っていうか何を?! やっぱり、この父にしてあの娘ありなのだなあ、とどこか遠い目をして見る事しかできなかった。


「とりあえず、今から支度してくれ。準備が出来次第、城まで送る」


 私は渋々頷き、出口に向かって歩き出した。扉に着くまでに、チラ、チラ、と父を振り返ったが、父は真面目な顔のまま、不動だった。

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