第六話 坂道のぼれ

 ―――翌日


「ああ……カレーうどんうま~」


 朝。旅先でいつもと感覚が違うせいか五時に起きてしまった私は、朝からやっていた大浴場で寝汗を流し、朝食の時間になると一階の食事場所へとやってきた。このホテルの朝食はビュッフェスタイルだった。朝食ナシプランのほうが安く泊まれるけど、朝から食事場所を求めて彷徨うのも面倒なので朝食だけは付けたのだ。


 そしてさすがうどん県と言うべきか、ビュッフェのメニューの中にうどんがあった。お椀の中に入ったうどんに、鍋の出汁をかけてくださいという形で提供されている。もう何食目かもわからなくなったけど、うどんを第一候補に並んだ食べ物を眺める。


(うどんに合うおかず……ってなんだろ?)


 どちらかというとうどんは付け合わせ的なポジションなので、ホテル側が想定している主食はご飯かパンのようだ。それに合わせるためのおかずが並んでいる。パンならベーコンとスクランブルエッグ、ごはんなら焼き魚とだし巻き卵……みたいな?


(こっちはスープ系かな? ……あっ)


 鍋が並んでいる場所でそれを見つけてしまった。


(カレーがある)


 そうカレー。カレーだ。おそらくご飯に掛けて食べるように用意されているものなのだろう。だけど私の脳裏に浮かんだのはまったく別の使い道だった。


(これ、カレーうどんにできるんじゃないかな)


 そんなわけでうどんに出汁は少しだけしかけず、代わりにカレーをドロッと掛けて即席でカレーうどんを作る。席についてさっそく食べてみるとこれがまためちゃくちゃ美味しい。うどんもわんこそば状態で置かれていたのにふやけたりはしていない。ビーフカレーをまとわせて啜れば口の中は美味しいで満たされる。


(フフフ。私ってば天才なんじゃない?)


 そうやって調子に乗っていたのだけど、一つ隣のテーブルで食事をしていた男性のテーブルにもカレーうどんがあった。……どうやらみんな思いつくことらしい。脳内で調子に乗っていたのが恥ずかしくなる。


【↑🔷どんまいナトリン】


(まあ……カレーうどん美味しいし、問題ないよね……うん)


 私は少し下がったテンションでうどんを啜ったのだった。……やっぱり美味しい。


 ◇ ◇ ◇


「さてと……」


 朝食を食べて少し休んでから、私は荷物をまとめてホテルをチェックアウトした。今日行く場所は昨日のうちに考えておいた。一先ず丸亀城を見学してから、丸亀駅から琴平駅へ向かい香川と言ったらコレ(とネットに書いてあった)金比羅様をお参りする。そして琴平駅から今日の宿がある倉敷へと向かう、というルートだ。


 難点なのは移動に次ぐ移動のため荷物を駅のコインロッカーに置いておくことができないことか。車移動ならそこらへんは気にしなくて済むんだけど……まあ免許も持ってないんだから仕方がない。私はバックパッカーのような出で立ちで、一先ず丸亀城に向かうことにした。昨日の夜に闇夜に浮かぶ天守閣が見えたこともあり、ホテルから結構近い。ただ城に近づくにつれてその大きさに圧倒されてしまった。


(これ、ドラえもんに出てくる『学校の裏山』くらいはあるんじゃないの?)


【↑☆あいかわらず喩え方が独特だな】


 天守はそんなに大きくなさそうなのに、かなり上のほうにある。そこまでは石垣が延々と積まれている。これ、そこらへんの百貨店のデパートなんかよりはるかに大きいよね? いまからあの天守まで上るの?


(あれ……なんだか嫌な予感が)


 これから地獄を見るような……そんな予感がした。


【↑🔷丸亀城の高さってどれくらい?】

【↑☆調べたら約66メートルらしい】

【↑🔷一つの階が3.5メートルくらいだとしても18階にはなるね】

【↑☆それを階段だけで上るとなると……しんどそうだ】


(ええい、こうなったらヤケだ。者ども、城攻めじゃー!)


【↑🔷なんかおかしなテンションになっている】


 私が橋を渡って正面の門から入るといきなり壁に突き当たる。どうやらここで右にしか行けないようにして、その先にまた門があった。


「なるほど。これが枡形虎口ってやつなのね」(ドヤッ)


【↑🔷ホント変なことには詳しいよね、ナトリンって】

【↑☆どうせマンガの知識だろ】


 この四角い空間で敵を足止めしている間に三方から狙い撃つような構造なのだろう。戦国系のマンガで読んだことがある(【←☆やっぱりな】)。二つ目の門を抜けて道沿いに進むと、私の前に長い、とてつもなく長い坂道が立ちはだかった。いや本当に、壁なんじゃないかって思うくらい長く急な坂道だ。


(お、お前んちの坂道、急だな)

【↑☆ふ○わりょう!? いまどき通じるのか!?】


 動揺のあまり懐かしの芸人ネタが思い浮かんでしまった。正直、見ただけで満足ってことにして帰りたい。でも、ここで逃げたら同じような場面に遭遇する度に逃げ腰になっちゃう気がする。せっかくひとり旅に来たっていうのに、そんなのは……なんか嫌だ。


「んしょ……んしょ……」


 坂道を上って行く。勾配のある坂を上っていると、靴の底敷と足とかズレて、それでも踏ん張ろうと足の裏に変な力が入って痛くなる……なんてこと、初めて知った。あ、これ、思ったよりヤバいかも。


「ヒー……ヒー……」


 息が荒くなる。辛い。ホントに辛い。なんか心なしか足の先が痛い気がする。そういえば足の爪、全然切ってなかったな。多分、肉と触れてしまってるんだろう。ああ……まだ半分くらいか。平地で考えたら大した長さじゃないはずなのに、坂になっただけでゴールがとても遠くに感じる。


(なんだーさーかー……こんなーさーかー……)


 せめて……せめて階段状なら踏ん張りが利くのに……ああ、ご時世もあってマスクしているせいもあって頭がボーッとしてきた。


(ヒーヒーフー……ヒーヒーフー……)


【↑🔷妊婦さん?】


(人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし……急ぐべからず……)


【↑☆ヤバい。家康公みたいなこと言いだした】


 ああキツい……でも、見上げた坂の先に石垣があった。こんなにキツい坂の上にも、昔の人はあんな大きな石を積んだということなのだろうか。クレーンもなにもない時代に人力で……。そう考えると頭が下がる。いやまあ坂を上るのに必死なせいで顔を上げられずに自然と頭は下がっているけど。


 そんなことを考えながら坂を上って曲がり角に来た。ここを右折すれば頂上まではもうすぐのようだ。


「うわぁ……」


 そこは丁度石垣の角っこの部分だった。この城の石の積まれ方は尋常じゃない。私の頭上の、そのまたはるか上まで、石が反り返るように積み上げられていた。あの長い坂道を上ってこの石を運び、さらに坂の上で石を見上げるほどの高さにまで積み上げる。どれほどの人々が、どれほどの汗を流して行った作業なのか、想像もできない。


「ニンゲンスゴイ……スゴクテ、オソロシイイキモノ……」


【↑☆なんで片言なんだ?】

【↑🔷疲れて頭が回ってないんじゃない?】


 しばらく石垣を呆然と眺めていた私だけど、我に返ると残っていた坂道を登り切った。そして周囲を見回してみれば、この丸亀城より高い建物は見当たらない。それこそ目線が合うのは遠くの山くらいのものだった。こんなに高い場所に天守があるんだから、夜中にライトアップすれば町のどこからでも見えることだろう。


 眼下の町に住む人たちはこの城が見えるのが当たり前の世界に生きているんだろう。むしろ都心に住んでる人たちが晴れた日には富士山やスカイツリーが見えるのを、こっちの人たちは不思議に思うのかもしれない。そんなことを思いながら、私は天守に上ったり、展望台から写真を撮ったりして過ごした。


「さてと……」


 それじゃあ戻りますか。帰りは坂を下るだけだし楽だろう……と、そう考えていた時期が私にもありました。


(えっ、膝痛い! あとなんか足の指も!)


 急な坂道は上るのも大変だけど、下るときもまた大変だった。踏ん張らないとズルッと足を滑らせそうだし、そうやって踏ん張ると膝への負担が溜まってくる。そしてなんだか足の指がじんわり痛い。


(靴擦れかな……駅まで行くのも大変だなぁ)


 とりあえず我慢できないほどの痛さではなかったので、私は少し慎重めに坂を下っていった。……このとき、ちゃんと足を確認していたら、後にあんな恐怖体験をすることもなかっただろうに。このときの私はまったく気が付いていなかった。


【↑🔷お、なんか伏線張ってる。物書きっぽいね】

【↑☆やめてやれよ】

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五尾菜鳥(29)のひとり旅日記 どぜう丸 @dojoumaru

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