最終話 ゆきが、ふっている。
かつて自分も長く入院し、今もちょくちょく世話になっている医療センターの前で。
先月一四歳になったばかりのチトセ・ホクラニは、薄く
三月の自然に降る雪、あの時はまた違う季節外れの冬景色。
今も大ぶりの雪粒が絶え間無く降っている。外に人通りはほとんど無い。片手にしていた傘をエントランスの傘立てに預ける。
着ていた分厚いコートを脱いで、雪を払う。医療センターのエントランスにある自動販売機で缶入りのホットココアを二本入手して。
受付に一言声をかけると、階段で一時的滞在フロアに向かった。
チトセのさらりとした真珠色のポニーテールが、歩調に合わせて揺れる。澄んだ青空の色の瞳。雪白の肌には中性的に整った
四年の時が少年狐を美しく成長させていた。メモリアの市民の中には、彼を『貴公子』と呼ぶ者もいるくらいだ。
すれ違う職員に気持ちの良い挨拶をして、いつか自分が使用していた病室の前に立つ。
息を吸って。吐いて。チトセは不器用に片手で缶ココア二本を持ち、もう片手でスライドドアをノックした。
こん、こん、こん。
ぱたぱたと足音がして、ゆっくりとスライドドアが開く。
一三歳のシュゼット・フローレスが、そこにいた。
「こんにちはシュゼット。具合はどう?」
「ふふ、いらっしゃいチトセくん。今日はいつもより具合が良いわ」
涼やかな氷菓子と甘美な飴細工の声で言葉を交わし、チトセはシュゼットの病室に入った。
二人が再会してからもう半月と少しだけ経っている。会えなかった期間を埋めるように、正式にアテンドとなったチトセは頻繁にシュゼットの元へ通っていた。
「今日はココアだよ」
「まあ、ありがとう」
受け取った両手で包み込むようにして、シュゼットが缶ココアを見つめ微笑む。
「ね。チトセくん」
「なんだい?」
「何度も言うわ。わたし、チトセくんが好きよ。四年前にあなたに恋をしたから、今日まで生きてこられたの」
シュゼットがセント・グラシエラに帰国してから今日の今まで、色々なことがありすぎて。チトセは苦悩の、シュゼットは苦難の日々を過ごしてきた。
「ぼくも何度だって言うさ。シュゼットが好きだよ」
だからこそこうしてこの都市で二人会えることが、チトセは嬉しくて仕方無かった。
「ねえ、夢、諦めてないでしょう?」
「もちろんだよ。シュゼットは……?」
「わたしも諦めていないわ」
「そっか。いつか必ず叶えようか、二人で」
「ええ!」
花のような笑顔に、チトセはかつて初めて出逢ったときを思いだす。二人の恋の
――本当に、君と会えて良かった。
「フェリーチェとウィルさんは元気?」
「二人とも
「ふふ、楽しみにしているわ」
ベッドに二人並んで座っていると、シュゼットがチトセの肩にもたれる。
とくんと胸が高鳴るのを感じて、チトセはシュゼットの髪を優しく撫でた。
ゆきはまだ、ふっていた。
二人の優しい時間をそっと見守っていた。
雪色妖精狐と花束の歌姫 プロローグ(旧題・からっぽ妖精狐とこわれた歌姫 プロローグ) 七草かなえ @nanakusakanae
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