親に大嫌いなパワハラ幼馴染との結婚を強要された俺。言いなりになるのが嫌なので、ある方法を使って両親と婚約者である幼馴染をざまぁしつつ自由に生きることにしました。

柚木崎 史乃

第1話

 美人で才色兼備な婚約者がいる──そう話すと、大抵の人からは羨ましがられる。

 そう、俺こと椿野つばきの夏輝なつきには幼い頃から親が決めた婚約者がいる。とはいえ、別に俺自身は名家の御曹司でもなんでもない。

 ごく一般的な家庭に生まれた、十七歳の高校生だ。

 相手の家も、うちと似たようなものだ。中流家庭だし、別に良家というわけでもない。

 婚約者の名前は、翠川みどりかわ珠莉じゅり。彼女と俺は同学年で、通っている高校も同じだ。


 友人たちからは、よく「今時、許嫁がいるなんて珍しいね」と言われる。

 だが、厳密に言えば俺と珠莉の婚約は親同士の口約束で決まったようなものなので、いわゆる許嫁とはちょっと違うような気もする。

 というのも、俺の父親と珠莉の父親は高校時代の同級生で、大人になってお互いに家庭を持ってからも交友関係は続いていた。

 そして──経緯はよくわからないのだが、ある時二人は「お互いに子供が生まれたらその子たちを結婚させよう」という約束を交わしたらしいのだ。

 もちろん、お互いの子供が同性だったらその約束は無効になっていたのだが、生憎異性の子供が生まれてしまった。

 それ以来、二人はその約束を実現させるべく俺たちを許嫁同士として育てたのだ。

 とはいえ、俺は別に一人っ子というわけではない。あつしという名前の、一卵性の双子の弟がいる。

 俺が珠莉の婚約者に選ばれたのは、恐らく長男だからだろう。


 弟は根暗な俺とは違い、明るく人懐っこい性格をしている。いわゆる、陽キャだ。

 そのうえ友達が多いし、中学時代から付き合っている彼女だっている。

 そう、彼は全てにおいて自由なのだ。恋愛だってちゃんと好きになった相手とできるし、たとえ別れたとしても誰にも何も咎められない。


 対して、俺はと言えば。珠莉という婚約者がいるせいで、好きな人が出来ても告白すらできない。

 内緒で他の人と交際しようものなら忽ち家族会議になり、有無を言わさず別れさせられるだろう。

 大げさだと思われるかもしれないが、現に俺が他の女子を好きになったせいで何度か家族会議が開かれたことがある。



 忘れもしない、六年前のあの日──当時、俺は小学五年生だった。

 俺が学校から帰ると、なぜか母さんが神妙な顔をしてリビングのソファに腰掛けていた。

 なんとなく不穏な空気を感じ取ったので、俺はこっそり自室に直行しようとした。

 すると、突然母さんが俺を呼び止めたのだ。


「ちょっと、ここに座りなさい」


 嫌な予感がしつつも、俺はソファに歩み寄り母さんの隣に腰掛ける。

 母さんはため息を一つつくと、口を開いた。


「あなたのお友達のお母さんに聞いたんだけど……同じクラスに好きな子がいるらしいわね」


「えーと……」


 思い当たる節がある俺は、言葉に詰まる。

 つい先日、友人と対戦ゲームをしたのだが、その時不覚にも負けてしまったのだ。

 その友人とは、事前に「負けたほうは罰として好きな人を教える」という約束を交わしていた。

 恐らく、友人が親の前で口を滑らせて、その流れで自分の母親に伝わってしまったのだろう。


「おかしいわね……今、珠莉ちゃんとはクラスが違うはずでしょ? それなのに……どうして、同じクラスに好きな子がいるの?」


 母さんは無表情のまま俺に詰め寄った。

 そう、まるで「珠莉以外の女子を好きになるなんて許さない」と言わんばかりに。


「お母さん、口酸っぱくして言ったわよね? 『あなたには珠莉ちゃんという婚約者がいるんだから、絶対に他の女の子を好きになったら駄目よ』って」


 母さんは、そう言葉を続けた。

 確かに、両親からは物心ついた頃からそう言い聞かされてきた。

 けれど、所詮は親同士の口約束。まさか、珠莉以外の女子に片思いをしたくらいでここまで咎められるなんて思わなかった。


「いい? 夏輝。あなたは、将来珠莉ちゃんと結婚するの。わかった?」


 母さんは念を押すようにそう言うと、俺に「部屋に戻りなさい」と言った。

 あの日言われた言葉と、母親の鬼気迫るような顔は未だに頭から離れない。



 俺は日頃から自分の家族や翠川一家からの束縛を受けていた。

 まるで皆で示し合わせたかのように、「お前は珠莉の婚約者なのだから、他の異性に目を向けてはいけない。珠莉に相応しい男になれ」と圧力をかけてくるのだ。

 一体、なぜ? これは何かの罰なのか? もしそうだとしたら、俺がお前らに何をした?

 特に、弟の淳まで一緒になって圧力をかけてくるのは意味がわからなかった。

 あいつは両親と同じように、小学生の頃から「お前は珠莉ちゃんの婚約者なんだからな。ちゃんと自覚を持てよ。珠莉ちゃんを泣かせたら、俺が許さねぇから」と口癖のように言っていた。

 双子とはいえ、自分は兄だ。なんで弟にここまであれこれ指図をされなくてはならないのだろう。

 常々疑問だったが、それを指摘すれば余計うるさくなるのは目に見えていたのでぐっと堪えることにした。




「そういえば、今日はバイトのシフト代わってくれって頼まれていたんだったな」


 その日の授業を終えた俺は、そう独り言ちながらも帰路につく。

 今日は淳も部活がないらしいし、もしかしたら家にいるかもしれない。顔を合わせると何かと面倒だし、バイト先に直行して向こうでゆっくりしよう。そんなことを考えながらも、俺は早足で歩いた。

 バイト先までは、自宅マンションの前を通らなくてはいけない。淳と鉢合わせをしないように、俺は周囲を警戒しながら進む。

 マンションの前まで来ると、ふと見覚えのある三人の女子高生がいることに気づいた。

 あそこにいるのは……クラスメイトの羽鳥はとり本郷ほんごう、そして──俺の婚約者である珠莉だ。


(相変わらず長袖しか着ないんだな、珠莉は……)


 ふと、紺のベストに長袖のシャツといった暑そうな格好をしている珠莉を見てそう思った。

 季節的にはもう初夏だが、珠莉はたとえどんなに暑くても半袖は着ない。

 というのも、珠莉の腕には目立つ傷跡があるからだ。本人いわく、物心がつく前に不慮の事故に遭って怪我して以来その傷が残ってしまったとのことだった。


(それにしても……あいつら、なんでうちのマンションの前で屯しているんだよ……)


 遠回りをしようかとも考えたが、そうするとバイト先に着くのがぎりぎりになってしまう。

 話に夢中になっているようだし、もしかしたら気づかれずに通り過ぎることができるかもしれない。

 きっと、大丈夫。うまいくいく。そう自分に言い聞かせると、俺は三人に気づかれないことを祈りながらも直進した。

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