ギャルゲーありがとう

はんぺんた

ギャルゲーありがとう

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

 わたしはそれを観て、深いため息を漏らさずにはいられない。

 だって、これでもう六回目だから。またこのルートに入ってしまった。胸くそ鬱シナリオと悪名高いバッドエンドルートに。

 ニュースキャスターが次に言うセリフも聞き飽きたので、すかさずリセットボタンを押して少し前のセーブデータをロードする。

 わたしはいま、VR恋愛ゲーム『ドキドキ☆スター! ラブゲッチュウ!』略して『ドキッチュウ』にドハマりしている。

『ドキッ宙』は自分が所属するチキュー星系連合軍と敵であるゲスミルク星系軍が宇宙戦争をして、領地である星を奪い合いながら、ヒロインも攻略していくというゲームだ。

 ヒロインごとのシナリオがどれも胸を打って号泣必至と発売当初から話題で、初回限定特典付きパッケージはすぐに売り切れた。

 発売から三週間たった今ではオークションサイトで超高額の取り引きがされている。

 シナリオもさることながら、主人公の設定を自由にカスタマイズできることもこのゲームの素晴らしいところだろう。 

 大体こういった女の子が恋愛対象のいわゆるギャルゲーと呼ばれるものは、主人公の性別が男性で固定されたものが多い。

 だが、この『ドキッ宙』はそのあたりの自由度が半端ない。アバターの性別から顔、体型、服装を細かく設定できる。さらに自由に設定した名前をヒロインが違和感なく呼んでくれる。

 以前にも自分で設定した名前を呼んでくれるゲームはあったが、わたしの名前は不自然な発音で呼ばれて非常に悲しかった。

 だけどこの『ドキッ宙』では、そのような悲しい不具合はなかった。名前を呼ばれるたび違和感に苛まれることもなく、わたしも「星波ほしなみたま子」本人として同性のかわいい女の子たちと恋愛できるのだ。

 これまでの恋愛ゲームの不満を一気に解消するようなかゆいところに手が届く、それがこの『ドキッ宙』だ。




 わたしはすでに表立って発表されているヒロイン七人すべてを攻略済みだ。残るは隠しヒロインのみである。

 隠しヒロインは敵側のレーン・ニウ将軍だ。いつも鉄仮面を被っているが、彼女のルートに突入し、クライマックスになるとようやく素顔を見せるらしい。

「らしい」ということしかわからない。残念ながら、まだ見たことがないからだ。

 ネット上の情報によるとそれはもう極上のクールビューティーな顔立ちらしい。

 声からして、少し低めで凛としてわたしの好みどストライクなので、あの無骨な鉄仮面の下に隠れているその素顔を早く拝みたい。

 そうして早く「貴様」呼びではなく「たま子」と名前を呼んでデレてほしい。

 だけど、いまだにわたしは「貴様」扱いから抜け出せない。

 彼女のルートに突入することはできた。だけども、その後の分岐選択が難しくて、何度もバッドエンドを繰り返している。

 でも攻略情報を見ることは絶対にしなかった。なぜならわたしのプライドに関わるから。

 これまで数え切れないほどのギャルゲーをプレイして、それこそ星の数ほど女の子たちを落としてきた。

 そんなわたしに落とせない女の子はいないはず。いや、いない。 

 本命なら、なおさら自分だけの力で攻略しなければ『必落ひつらくのスターウェーブ』の二つ名がすたるというものだ。

 休日は、一日のほとんどをこのゲームに費やしてして過ごした。 

 仕事のある日は、怒涛の勢いで自分のやるべき作業をこなし、絶対に定時であがった。

 そして流動食みたいな栄養ドリンクで夕飯を済まし、睡眠時間をギリギリまで削ってヒロインたちとの恋愛を楽しんでいる。

 彼女たちとの恋はわたしの人生を豊かにしてくれる。恋とは良いものだ。 

 リアルでは恋人なんていたことがないのだが。まあ、恋人はいたことがなくても、恋はしている。叶う見込みのない恋だけど。

 相手は職場の後輩の新沢漣にいざわ れんさんだ。後輩とは言っても、ただ単にわたしの方が少し年上なだけだ。

 陰キャでオタクなわたしと違って、皆からの信頼も厚く、それはそれはかっこいい素敵な女性だ。 

 気の強そうな見た目に反して、周囲への気遣いもでき、仕事も精力的にこなす。

 あれよあれよと言う間に、わたしを追い越し、チームリーダーとして皆を引っ張ってくれている。 

 ちなみに、よく周りから後輩に追い抜かされて悔しくないか聞かれるが、とくにそういった妬みの感情は一切ない。人前に立ちたくない陰キャとしては、むしろありがたいのだ。

 バリキャリって彼女みたいな人のことを言うんだろうな、とよく思う。

 背が高くモデルのようなスタイルに美しい顔。ファッション雑誌から飛び出したみたいなオシャレでセンスある服装。それからなんか近くにいると良い匂いがする。

 そんな彼女は内面も美しいのだ。人見知りでうまく周りとコミュニケーションをとれないわたしにも気を遣っていつも優しく話しかけてくれる。   

 昨日だって「尊敬してる」なんて、舞い上がっちゃうようなことをサラッと言ってくれた。

 瓶底メガネでファッションセンスゼロでダサくて冴えないわたしのことを先輩として立ててくれるのだ。 

 もうそんなの、好きにならずにいられないでしょ。

 とはいっても、彼女と釣り合うわけがないことは自分がよくわかってる。ダメ元で告白とか絶対に無理だ。現実はロードしてやり直すなんてできないのだ。

 睡眠不足で眠気はピークに達している。だけど、今日こそはレーン将軍を落とすと決めている。わたしにはゲームのヒロインたちしかいないのだから……。

 クラクラする頭をどうにか起こし、ゲーム画面に再び集中するとニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと三日になりました」と言った。



「えっ、三日?」



 驚いて思わず声が出てしまった。いつもと日数が変わっている。眠気に襲われる中でもわたしは聞き逃さなかった。

 これは、つまり、そういうことだろう。

 いつものバッドエンドルートを回避できたのだ。

 ついに私は、ハッピーエンドへの扉を開いた。





 敵側のゲスミルク星系軍を裏切って、味方についてくれたレーン・ニウ将軍。

 隠しヒロインである彼女が少しずつ心を開いてくれるシナリオにわたしの心はハァハァと萌え続けている。

 あらたに分岐できたハッピーエンドへのルートでは、さらに彼女の悲惨な過去が明かされた。

 わたしは涙を流しながら「絶対に彼女を幸せにする!」と心に誓いながらプレイを続けている。

 このルートで明らかになったのは、ゲスミルク星系軍の最高司令官であるゲス・デスがレーン将軍に対して激しく暗い恋情を持っているということだった。

 ゲス・デスはレーン将軍が奪われたことに尋常でないほど怒り、狂気に溺れていく。

 そしてついにその狂気は自らを犠牲にして、小惑星の軌道を我々の母星であるチキューへと無理やり変えたのである。

 迫りくる小惑星。混乱し、他の惑星へと逃げ出そうと救命艇に殺到する人々。

 残り三日間では、母星すべての人を移住させることはできない。おそらく人口の半数は犠牲になってしまうだろう。

 外からは暴動が起きているような激しい怒鳴り声や爆発音が聞こえてくる。

 それはそうだろう。救命艇に乗れるのは半分だ。助かる命と助からない命の選別が、今まさに行われているのだから。

 これまで味方だった者同士が争い合う。そんな悲しい絶望的ムードの漂う中、レーン将軍が突然わたしの部屋を訪れてきた。




 声を聞くまでは誰かわからなかった。だって、鉄仮面を脱いだ姿で扉の前に立っていたから。

 初めて目の当たりにするレーン将軍の顔は、噂通り超絶クールビューティーだった。

 そして驚くことに、わたしがリアルで恋してる漣さんにとても似ていた。つまりは好みドまんなか直球ストレートの顔立ちだったのだ。

 だけど思い詰めたような表情は、これまでの強い将軍のイメージとはかけ離れて、今にも壊れそうな弱さを感じさせた。



「突然すみません」



 彼女は、その美しい瞳を赤くして疲れたように呟いた。

 敵として登場していたときとは違う丁寧な口調に驚く。



『① どうしたの? 元気ないね』

『② 鉄仮面の下は、そんな顔だったんだ。カワイイね〜! 練乳かけて食べちゃいたい!』



 選択肢が脳内に二つ表示される。わたしが使用している最新式のVRゴーグルは、目の前の画面ではなく、電気信号が脳に直接アクセスして選択肢を表示する。

 頭に浮かんだ選択肢をそのまま脳内で選ぶことができる。つまりは、現実に近い状態でゲーム内の会話を進めていくことが可能なのだ。

 ここで間違える訳にはいかない。彼女の性格を考えて、慎重に選ばなければ……。

 しかし、これは悩ましい。②はおそらく間違った選択肢だろうけど、練乳かけて食べちゃいたいのはまったく同意なのだ。

 それにこちらを選んだことでバッドエンドになったとしても、彼女に練乳をかけることができるイベントが発生するかもしれないのだ。そんなイベントがあるのなら絶対に見たい。

 だけどここは①の選択肢でいったほうが確実だろう。そういった全イベントをコンプリートするのは後回しだ。とりあえずは先にハッピーエンドを迎えたい。



「どうしたの? 元気ないね」

「……すべて私のせいです。私のせいでチキューが消滅してしまいます」



 それまで堪えていた涙が、せきを切らしたように言葉とともに溢れて、流れ落ちていく。



『① あなたのせいじゃないよ。ほら、涙を拭いて』

『② なんて綺麗な涙! ペロペロして舐め取ってあげよう』



 またここで選択肢だ。これは難しい。普通に考えるなら①だが、あえて②を選んで笑わせることで涙を止めるというのもアリかもしれない。

 いや、決してペロペロ舐めたいからとか、そういういやらしい考えからではない。したくてもできないし。

 このゲームは健全な全年齢対応のものだ。ヒロインとの身体的接触は「手を繋ぐ」までに限られている。手袋型のコントローラーが手を繋いだときの感触を再現し、初めて手を繋いだときのぎこちなさやラブラブ恋人繋ぎまであらゆる繋ぎ方を体感できるのだ。



「あなたのせいじゃないよ。ほら、涙を拭いて」



 さすがにこんなシリアスな場面でペロペロ舐めとるとか言うのは気が引けたので、①の選択肢にしてみる。



「私のせいです! 小惑星の衝突を避けるために発案した計画だって、私の能力不足で夢物語にしかならなかったし……」

「どんな計画だったの?」

「小惑星の軌道上にワープゲートを展開し、そこを通過させてブラックホール付近に移動させるっていう……。でも、こんなものもう無駄なのよ!」



 彼女が手に握りしめていたものを床に投げ捨てる。

 クシャクシャに丸まった紙を拾ってそれを広げると、そこには何度も書き直した跡の残る計算式がみっしりと書かれていた。



「これをひとりで考えついたの? すごい!」

「すごくなんてないです。高速で移動している小惑星の座標を正確に把握して、ワープゲートを展開するなんてどうやっても無理だったんです」



 俯いて自嘲気味に話す彼女からは、かつての自信は少しも感じられなかった。

 わたしはレーン将軍の自信に満ちた強い輝きが大好きなのに。もう一度、輝いてほしい。諦めないでほしい。「諦めたらそこで試合終了だ」って、お婆ちゃんから教わったよ。

 わたしはシワだらけの紙に書かれた計算式をみつめる。このゲームでは、ときどきこういった謎解き要素も出てくるのだ。



「もうチキューも消滅するし、最後にあなたに会って、自分の気持ちを伝えたかったんです。貴女にずっと憧れて、いつも見つめていました。……たま子さんのことが好きです」

「えっ?! す、好き? えっええっ?! しかもいまついに名前で呼んでくれた? てっきり『たま子』って呼び捨てかと思ったら『たま子さん』って『さん』付けなの?! ギャップ萌えぇぇっ! っていうか、好きって夢じゃないよね? はぁぁぁっ! 嬉しいよぉぉ〜っ!! あ、あ、わわわたしも、レ、レー、んんっ、レーンがぁぁっ、す、す、す好きでしゅっ!」



 突然の告白に興奮して、ひとりでゲーム画面に向かって叫んでしまった。いけない、いけない。落ち着こう、マイハート。



「……コホン。とっても嬉しい。わたしも貴女が好きよ。ねえ、だから諦めないで。これ、一部を修正すれば使えるよ。少し待ってて」



 好きな人と両思いになれた。これからもっと彼女とイチャイチャしたい。ここで計算式を正確に修正し、小惑星の衝突を回避できれば絶対にラブラブハッピーエンドに突入できるはず。

 頭は冴えている。ドーパミンもドバドバ出ちゃってる。最高にクールな計算式を書いてやろう。

 流星をも超えるスピードで、不完全な式を書き換えていく。もうバッドエンドに用はない。『必落のスターウェーブ』とはわたしのことだ!




 数分後、完成した計算式を彼女に手渡すと驚愕の表情でそれを食い入るように見つめている。



「す、すごい……。これなら小惑星の前に確実にワープゲートを展開できる! さっそくプログラムを書き換えます!」



 鞄からノートパソコンを取り出すと、彼女は真剣な面持ちでカタカタと打ち込み始める。

 文武両道とはこういうことか。レーン将軍は戦闘に特化したキャラクターだと思っていたけど、こういったことも得意だったなんて。

 そのギャップがたまらない……と思いながら眺めて見守る。

 途中、電話をかけながら忙しそうに働く彼女は、わたしが好きな漣さんを思い起こさせた。



「はい! たま子さんがやってくれました! ええ、そうです。はい……えっ、成功した? もうですか?!」



 電話のやり取りから推測するに、どうやら先程の修正した計算式で無事に小惑星を回避することに成功したようだ。



「たま子さんは、やっぱりすごいです……。いつもそうやって、なんでもないことみたいに解決してくれて……。どうしよう、かっこよすぎる……」



 持っていた電話をスルッと落として感極まったような表情の彼女がこちらに向かってくる。

 そうしてわたしの首に腕を回して抱きついてきたかと思うと、顔を近づけキスをしてきた。唇にあたる柔らかな感触と、ふわりと香る良い匂い。

 頭の中はパニックだ。身体的接触は「手を繋ぐ」までのはずなのに。

 なにかのバグかと思い、VRゴーグルを外す。

 でも、外したそれはわたしが普段かけている瓶底メガネだった。



 わたしはゲームをプレイしていたのではなく、すべてはリアルの出来事だった。あまりの寝不足で頭の処理が追いつかず、夢と現実とゲームを混同したようだ。

 レーン将軍だと思って会話していたのは、漣さんだった。

 夢うつつの状態から目が覚めたら、わたしはリアルで憧れていた人と恋人同士になっていた。思考がクリアになるにつれ、嬉しさと恥ずかしさに顔が赤くなる。だって、さっきのキスは現実のことなのだから。

 そういえばゲームはどこまで進めていただろう。隠しヒロインのレーン将軍の本当の素顔は見てないんだっけ? どこから夢で、どこから現実だっただろう?

 確認のため傍らにあったVRゴーグルを装着するとテレビのニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。



「またバッドエンドルートかいっ!!」



 そう叫ぶと、隣りにいた漣さんが、わたしのほっぺをつねってくる。



「恋人が隣にいるんだからゲームばっかりしてないで、私をちゃんと見てください! ハッピーエンドですよ!」



 そうしてVRゴーグルを外されると彼女に抱きしめられた。

 選択肢は浮かばない。唇を重ねあう。

 外からはわたしたち二人を祝福するような歓声が聞こえた。


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