冷戦の亡霊――LOSAT

「イリヤ命中! レオポルト2を貫通し撃破しました!」

「やったぞ!」


 ロシア軍の陣地は喜びに沸いた。

 味方戦車をあっという間に三両潰してくれたレオポルト2を一撃で撃破したのだ。

 これまで恐ろしい存在として恐怖と共に語られたレオポルト2が簡単に、しかも最も防御力が強い正面装甲を貫いて、撃破した――どこに命中してもレオポルト2を撃破出来る事に喜んでいた。


「レオポルト2恐るるに足りず。ありがとうございます。モーリェさん、ミスキーさん、あなた方はロシアの救世主だ」


「いやー、そこまで言って頂けると嬉しいですね」


 何時もヘラヘラ笑っているモーリェだが、褒められるのが嬉しいので、いつも以上に笑みが輝いている。

 一方、ミスキーは苦笑して、見下すようにロシア軍の喜びようを見ていた。


(ローサット、いやイリヤはよくやれたな)


 イリヤの正体は、アメリカが冷戦末期から開発していたMGM-166 LOSAT(ローサット、Line-of-Sight Anti-Tank)ミサイルのヴァールコーポレーション改修板だ。

 APDS弾をミサイル化したような代物で、爆薬は搭載せず、高い推進力のロケットモーターで秒速1500m以上の極超音速による運動エネルギーで敵の装甲を貫通する。

 複合装甲により防御力が高まった新世代戦車を撃破するため従来の対戦車ミサイル代わりとしてアメリカで89年より開発が進められた。

 メリットは戦車砲のような大きな大砲を必要とせずミサイルのため軽車両からでも運用出来る点であり、またある程度誘導出来るため戦車砲より命中率が高くなることが期待された。

 確かに米軍は開発には成功し配備もされたが、増産配備は中止された。

 開発中に冷戦が終結し軍事費が削減され開発費も抑えられたため、開発が遅延。

 途中中断を挟むも開発は進められ、ようやく九〇年代末期に完成した。

 だが、遅延による開発コストの上昇。

 極超音速で飛ぶミサイルの照準と誘導に使う電子機器が高額化。

 ミサイルだけで重量が80キロ近く――ジャベリンは、ミサイル本体と誘導装置、発射装置含めて23 kgしかない――と重く搭載出来る弾薬の数が軽車両、ハンビーだと四発搭載が限度で使いづらい。

 従来の対戦車ミサイルなら、歩兵でも運用出来る上、戦車以外の目標、敵の陣地や掩体壕、隠れている狙撃兵へ撃ち込むことが出来る。

 対して、ローサットは戦車を目標にするだけで汎用性がない。勿論、掩体壕なども貫通出来るが、破壊効果が少なく、費用対効果も小さいため、戦車以外の目標は割に合わない。

 そのため二〇〇〇年代に百発ほど生産された後、計画中止となった。

 その技術をロシアの諜報機関が手に入れ、モーリェの企業にもたらされ独自に試作しイリヤと名付けた。

 結果、アメリカの同様の結論をモーリェ達は得ていたが、今回の計画で使えると判断し、倉庫から引っ張り出して、投入した。


「いやあ、素晴らしい」


 レオポルト2を撃破したのもそうだが、派手な噴煙を上げて飛んで行くため見栄えが良い。

 これも指揮官にイリヤを強く印象づけた。


「これさえあれば、戦況を挽回出来る」


 指揮官は嬉しそうだったが、ミスキーは白けていた。

 先ほどのような欠点があるイリヤを量産するなど馬鹿げている。

 そして、イリヤを量産するには高性能の電子機器が必要だ。

 今回は、経済制裁の裏をかいて密輸した西側の製品を使っているので試作品はどうにかなる。

 しかし、本格的に量産するとなるとこれまでの兵器同様、電子機器、西側から得ていた高性能な機器が入手出来ず生産数が低くなると言う欠点が露出する。

 その事をロシア軍の指揮官は理解していなかった。


「お任せください! 我らヴァール・コーポレーションは祖国のために全力でイリヤの生産を行います。今ここにあるイリヤを用いてレオポルト2など西側の戦車を破壊してください」


 現状、用意出来るのはここにある十数発のみで、生産は月に十発程度だ。数百台が供与されるレオポルト2を撃破するには到底足りない。

 その事を知らせず課長は盛大によいしょする。


「残り一台も撃破します」


 ミスキーは、画面を確認しながら言う。

 大いに使って、戦果を挙げ、西側にショックを与えれば、自分たちの目的、西側からのオファーがやってくる事を期待しての事だ。


「よしやってくれ。派手に頼むよ」


 派手な映像を出来るだけ多く残したいのでモーリェは積極的に攻撃させることにする。

 ローメッツは残ったレオポルト2へアームを旋回させ照準を付ける。

 イリヤを運用するのはローメッツという専用の装甲車で、全高が1.5m以上以下のため、見つかりにくく隠れやすい。

 車体上部にランチャーがあるが、ランチャーはクレーンの様なアームにつけられており、最大、三メートル以上の高さまで伸ばして打ち出すことが出来る。

 車体は隠れつつ、発射機は高いところか見下ろして敵を撃ち抜くことが出来るのだ。

 残ったレオポルト2は、発射機を見つけ発泡するが流石にアームは戦車より細く、卯木抜くことは出来なかった。

 その間にローメッツはイリヤの照準を済ませた。


「発射……」


 だが、ボタンを押そうとしたとき、一台の戦車が突進してきた。


「なんだ?」


 ローメッツに迫ってくる戦車に気がついたモーリェは、見て驚いた。

 近づいてくるのが第二次大戦の旧式戦車T34だったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る