ロシア系ウクライナ人

「半分流れているわ」


 アッサリした調子でカチューシャは認めた。

 事実だし否定したくない。


「父親がロシア人で、母親はウクライナ人よ」


 かつて同じ国だったためにロシアとウクライナは交流が盛んだった。

 アメリカがテロで混乱している頃、父親が仕事でキーフを訪れ、母と知り合い結婚して生まれた。

 モスクワに父親の家族を訪ねて訪れた事もある。

 クリミアの件のあとも数回行ったが、生まれ故郷のウクライナの方が好きだ。


「ロシア人はロシアに帰れよ」

「止めなさい。出自をあれこれ言うのは。そういう、あなたはどうなの?」


 カチューシャの前にノンナが守るように立ち塞がり、問いただす。


「俺の両親はウクライナ出身だ」


「あらそうなの。でも祖父母はどうなの?」

「ウクライナだよ」

「曾祖父母はどうなの? その前は?」

「知らねえよ」

「だったらあなたにもロシア人の祖先がいるんじゃないの? 証明出来ないでしょう」


 隣国同士のため、簡単に行き来出来る。

 何代も前になると何処か近隣の民族の血が混じる。

 血筋で民族を区別するのが難しくなる。

 結局、どこの家庭か、各個人が自分のアイデンティティーを選択するしかないのだ。


「カチューシャはウクライナで戦う事を選んだのよ。それを尊重しなさい」

「裏切っているかもしれないだろう」

「馬鹿野郎!」


 ノンナが反論しようとしたとき、脇から怒鳴り声が響いた。

 サングラスを掛けた白髪の男性が兵士を睨み付ける。


「ウチの隊長に何か文句があるのか?」


「隊長?」


「ああ、火消しのカチューシャはこの辺りの予備兵力で何度も味方を助けている。おめえさん補充兵のようだが、下手な口をきくんじゃない。ロシア軍が攻めてきても助けねえぞ」


「止してよ整備班長」


 カチューシャが、止めに入った。そして兵士に向かって言う。


「確かに私はロシアの血が流れているわ。でもウクライナで戦う事を選んだの。だから信じて」

「……けっ、紛らわしいんだよ」


 ツバを吐き捨てて兵士は去って行った。


「ああいうのはガツンと言って良いんだぜ隊長」


 整備班長がカチューシャに振り返って言う。


「ありがとう。でも本当の事だし仕方の無いことだし」


「だからといって黙っている必要はねえんだぜ」


「代わりに怒ってくれた事も、整備してくれていることも感謝している」


 T34を使えるように整備してくれたのはこの整備班長が手を回してくれたお陰だ。

 昔、軍にいてパレードで動かすT34を整備した経験があり、動けるようにしてくれた。


「俺がやれるのは動けるようにするだけだ。戦える様にしたのは隊長と若え連中のお陰だ」


 勿論、21世紀の戦場で使い物にならないことは分かっている。そこでカチューシャが色々アイディアを出し、レーザー測距義やノーパソを持ち込み、タブレットで情報交換出来るようにした。

 こうしてT34が活躍出来るようにしたカチューシャを整備班長は一目置き、何かと気に掛けてくれている。


「あんたにはもっと活躍して味方を助けてもらわなければならないんだ。下手な事を言う奴は土に埋めてやるよ」


 そう言って整備工場になっている倉庫へ戻っていった。


「班長の言うとおり、我慢しなくて良いのよ」


「いいの。言ったとおり父親がロシア人である事は事実だし」


「それに私がこの土地が好きなことは変わりないし」


 黒い土に覆われた大地を見てカチューシャは言った。

 今は戦争で耕されていないが、かつては小麦やヒマワリが植えられていた畑だ。

 土が黒いのはチェルノーゼム――草本などの遺骸からつくられる腐植層が分厚く滞積した肥沃な大地だ。

 だからこそ、豊かな畑となり、収穫期には大地を黄色に染め上げてくれる。

 この土地がカチューシャは大好きだった。

 だからこそ守るつもりだった。


「低脳は理解出来ないのよ。ロシアに行っても、前線送りは確実なのが分からないのかしら」


 ロシアでは部分動員令が敷かれている。今は男子のみだがいずれ女子にも広がりそうだ。

 いやウクライナ系であるカチューシャの場合、怪しまれて軍隊に送られ前線で戦わされそうだ。


「いいのよ。もしロシアに住むことを決めたらロシアを守ろうとしたし、あ、ロシアが攻め込んでいるから許せずウクライナに来ちゃうかな」


「あなたならそうするでしょうね」


 治安を回復したプーチンの手腕を父親とモスクワの祖父母は評価しているが、ウクライナ育ちのカチューシャにはイマイチ理解出来ない。

 今は皆と自分の決めた故郷を守るだけだ。

 軍や情報部に睨まれても自分の戦いをするだけ、付いてきてくれる皆と共に戦うだけだ。


「プラウダの皆は?」


 カチューシャが率いているのはプラウダ戦闘団――カチューシャが名付けた部隊だ。

 指揮下には


 戦車小隊 T34(カチューシャ) IS3(ノンナ)

 歩兵小隊 通称ヴィソトニキ バラライカが隊長

 対戦車小隊 イェーガーが隊長 ジャベリン装備

 整備班 通称おやっさんが隊長をしている


 以上が編成だ。他に給食部隊や補給段列があるが小さい。

 部隊は非常に小さく中隊規模、第二次大戦のドイツ軍だと戦隊レベルと言ったところだ。

 これで十数キロから数十キロの守備を担当するのだ。

 他の歩兵が各所に陣地を作り、籠もって保持してくれているとはいえキツい。

 もしも敵の戦車が来たとしたら負けてしまう。

 だから前線の情報をカチューシャはできる限り集めているしノンナも手伝ってくれる。


「集めた限り、戦車の情報は無いけど、動きが活発になっているわ。陽動の可能性もあるけど、攻撃の予兆かも」


「ロシア軍にはやって来て欲しくないんだけど」


 カチューシャが祈るように呟くが、無慈悲にも警報が鳴り響いた。

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