日本アニメ好きのカチューシャ

「ふうっ、何とかなった」


 救援を終えたカチューシャは拠点に戻り、整備工場としている放棄された農場の車両倉庫にT34を入れると外に出て大地に転がった。

 損害はヴィソトニキ、歩兵部隊で三人ほど軽傷を受けただけ。

 救援した味方の陣地は死傷者が出たが、保持出来ている。

 最善と言ってよい成果だろう。


「お疲れ様、カチューシャ」


 ノンナが声を掛けると共にクワスを差し出す。


「ありがとう」


 受け取ったカチューシャは一気に飲み込む。

 ライ麦が発酵して醸し出す酸味と風味が口に広がり、微炭酸の爽やかさが、戦闘で緊張し粘ついた口の中をサッパリさせてくれる。

 部隊にクワスを作っていた職人がいたお陰で豊富にある。

 彼には感謝だ。


「ぷはっ。ノンナ、今回はありがとう」

「カチューシャのお陰よ。偵察して敵陣地の位置を発見してくれるお陰で狙いやすいわ。もう少し私のIS3が早ければ良いのだけど」

「仕方ないわよ、重くて遅いもの。けど122ミリには頼りにしているのよ」

「ありがとう。けど軽快なT34に乗っていても気をつけてね」

「大丈夫よ。いくらなんでも対戦車戦なんてしないから」


 軽口を言うがカチューシャはT34が好きだ。

 しかし、過信はしていない。

 このウクライナ戦争で七十年も前の戦車で戦う事が難しい事は良く分かっている。

 2022年にロシアの侵攻により始まったウクライナ戦争から一年。

 ロシアの侵略に抵抗するべく、多くのウクライナ人が戦争に加わった。

 十代後半の少女カチューシャもその一人だ。

 初めは義勇軍として参加し歩兵として前線へ配属されたが、倉庫で見つけた戦車により運命は大きく変わった。


「T34だ!」


 カチューシャは日本のアニメが好きで戦争前はネットで浴びるほど見ていた。

 その中に女子高生が戦車を操って試合をするアニメを見て、どはまりし、出てくる戦車の事を調べるほどだ。

 T34はお気に入りの戦車の一つだ。

 一応歴史の授業で第二次大戦の事は習うが、表面的なことだけなのでつまらない。

 自分で調べると楽しく、余計に面白い。

 近所に記念碑として本物のT34が置かれていたことも親近感を高めた。

 そして、戦争になり、武器を受領するため、保管庫に言ったとき、保管庫に残っていた、T34を見て、興奮した。

 当時のウクライナ軍は武器不足が深刻で、何故か保管庫で破棄されず残っていたT34さえ戦場へ投入しようとしていた。

 流石にこのT34を使える人間――戦場で活躍させられる人間はいないと思い、残していた。

 だが、カチューシャの姿を見た指揮官の一人が、カチューシャに乗るよう命じた。


「えーっ」


 命じられた時、カチューシャは思わず困惑と喜びに満ちた声を上げた。

 確かにT34は好きだ。

 だが21世紀の戦場で使えるかどうかは別だ。

 第二次大戦の遺物で戦えない、と既に実戦経験を数回積んだカチューシャは思った。

 しかし同時に使えるものは使おうと考えたし、せっかくT34に乗って動かせるという喜びが勝った。

 早速ノンナなど、同じアニメ好きを集めて戦車部隊を作り上げた。

 元のアニメの他に宮崎先生のティーガーの漫画や、野上先生の戦車学校を参考にして作戦を立案。

 保管庫に残っていたIS3も動けるようにして部隊を作った。

 同じT34で編成しなかったのは、T34の機動性で戦場を駆け回りIS3の火力で敵を粉砕しようと思ったからだ。

 カチューシャの考えは上手くいった。

 カビだらけの元々装備してあった照準器を外して、最新のIT機器とレーザー測距義を使い敵陣地を正確に観測。

 T34で偵察しつつ敵陣地をマッピングしてIS3が砲撃するのだ。

 お陰で無事に初陣を果たし、その後も有用性を証明。

 歩兵部隊と対戦車ミサイル部隊も編入されて、小規模ながら諸兵科連合部隊プラウダを編成。

 この地域の機動予備兵力、火消し部隊、戦線が危機に瀕したときに現れるヒーローとなった。


「貧乏くじよね」


 これまでの戦いを思い返してカチューシャは自嘲した。

 火消し部隊と言えば聞こえは良いが、激戦地に真っ先に投入される部隊だ。


「ロシア軍が戦車を持ち込んできたら一撃で終わりよ」


 第二次大戦の遺物で最新の戦車を相手に出来ない事などカチューシャが一番良く分かっている。

 今のところ、歩兵相手に限定しているから、対戦車ミサイルさえ警戒すれば、歩兵相手にはT34でも十分使える。

 対戦車ミサイルも、遮蔽物を使い見つからないように動いたり、煙幕を使って照準を付けられないようにするなど工夫している。

 当たればT34には致命傷の最新兵器でも、当たらなければどうにでもなるのだ。


「そのためにも十分に休んで栄養を摂って、食事が出来ているわ」

「やった。今日のメニューは?」

「牛と酢漬けのキャベツのシチーよ」


 定番のメニューだ。

 牛肉とキャベツをじっくり煮込みタマネギ、人参、ジャガイモ、バターなどを加えたシンプルな料理だ。

 シンプル故に奥深く家庭毎に味が違う。日本で言うとカレーか味噌汁に近い。


「たまにはボルシチが食べたいわ」


 ただこのところメニューがシチーばかりであり、カチューシャが好きな赤いデーツを入れたボルシチが出てこない。

 かつてモスクワで食べたあの濃厚で美味しい、トンコツうどんも懐かしい。

 日本では食べないと日本のアニメ仲間にネットで聞いてショックだったが。

 同様に天ぷらの寿司も定番ではないらしい。


「日本のラーメンも食べたいわ。こういうときは警官隊のように日○のカップ麺を食べるのが定番でしょう」

「贅沢言わないの。私だってキーフ風コトレタが食べたいんだから」

「バラライカもペリメニが食べたいって言ったいたわね」


 キーフ風コトレタは、鶏の胸肉を叩いて伸ばしてパン粉をつけてあげた料理でノンナが好きな料理だ。

 ペリメニは小麦で作った皮で肉や野菜を混ぜたタネを包んで煮た料理だ。日本だと水餃子に近い。オリーブオイルや酢で食べるのだが、日本の友達は醤油で食べたいと言っていった。


「そんなにシチーが食べたくないカチューシャは、今日の食事いらないの?」

「いるーっ」


 カチューシャは年相応の笑みを浮かべて言った。

 そして給食班の元へ行き、自分の分を貰って食べる。

 主食であるビスケットも受け取り士シチーに浸しながら口に入れ、食べる。

 肉は薄く、噛めば味が分かる程度だ。キャベツは酢が残っており酸っぱい。しかも量がある。

 食べるのが大変だ。 

 ビスケットも硬く食べにくいがシチーに浸し軟らかくして、食べる。

 本来なら黒パンが付くが、釜が破壊されたため、携行食のビスケットで代用だ。


「それで、敵の様子はどうなの」


 カチューシャは食べながらノンナに尋ねる。


「プーチンは特別軍事作戦を完遂させると言っているわ。この辺りをナチから解放すると。敵の兵力も集まっているみたい」

「余計なお世話ね。他でしてくれたら良いのに。再編成はどうなっている? 補充はある? レオポルドを貰えたら嬉しいんだけど」


 敵がまともな戦車を回したらT34では勝負にならない。


「ダメよ。ドイツが渋っていて遅れているの。送られてくるのも正規軍に回されているからウチには来ない」

「そうよね」


 残念な事に西側の最新兵器が義勇軍に回ってくることはない。

 最前線だが、クリミア奪回、領土奪回するゼレンスキー大統領は正規軍の反攻に使う気だ。

 それは理解出来る。

 だが最前線で今一番必要な物が後ろにありながら送られてこないことに不満はある。


「まあ仕方ないけど」


 回ってこない理由はカチューシャにも心当たりがある。


「おい、お前」


 食事をしていると一人の兵士がカチューシャに近づき威嚇するように言う。


「お前、ロシア人か?」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 キーフ風コトレタ

 鶏の胸肉を叩いて伸ばしてパン粉をつけてあげた料理で


 ペリメニ

 小麦で作った皮で肉や野菜を混ぜたタネを包んで煮た料理だ。日本だと水餃子に近い。オリーブオイルや酢で食べる。

 ただ日本人の舌だと醤油で食べたくなる。


 レオポルド2

 ドイツの主力戦車。他国にも多数輸出されている。

 冷戦期のソ連戦車を意識して作られており、強力なライバル。

 ウクライナ戦争ではドイツがウクライナへの供与を許諾し23年4月現在、実戦投入への準備をしている。

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