第15話 当たり前に進む日常
——後日の夜。
紫音は町のとある駅に向かっていた。事件の後処理や事情聴取などでバタついた日々がようやく終わり、久々の休日となったこの日を紫音は楽しみにしていた。
駅に着くと、柱の近くに見慣れた3人組の姿を発見した。すぐに行きたい気持ちを抑え、少し立ち止まった紫音は彼らに見つからないようこっそり柱の裏に回る。そして、話に夢中になっている彼らの横にそ〜っと近づいた。
「それでね。これがもう大変で——」
「うんうん、大変だったね〜」
「うわっ!?いつの間に!?」
葵は思わず大きな声をあげる。紫音はいたずらっぽくウィンクをすると、久しぶりに会う堀田と金田に手を振った。
「久しぶり〜♪」
「久しぶり、紫音さん」
「久しぶりだな」
こうして定刻通りに集まった4人は予約していた居酒屋へと向かった。最初は予約するつもりはなかったのだが、金田のアドバイスで入れていたのだ。結果は大正解。店の前には人だかりが出来ており、予約をしていなかったら余裕で30分は待たされていただろう。
席に案内された後、おのおの食べたいものをタブレットで注文する。ちなみに紫音は好物のつくねと甘めのレモンサワーを頼んだ。瞬時にお盆を持ったロボットが搭乗し、料理が配膳されていった。ロボットが離れていくと、紫音はレモンサワーを持ち上げ、乾杯の音頭を取った。
「皆、ひとまずお疲れ様。いろいろあったけど、無事に事なきを得て良かったよ。今日は肩の力を抜いて楽しもう!乾杯!!」
「「乾杯!!」」
久しぶりのお酒は疲労が抜けない身体にじわじわと浸透していった。そのままつくねも口に入れる。この繰り返しだけで無限に食べれそうな気がした。
しばらく最近の世間話をしながら、運ばれてきた数々の食べ物に舌鼓を打っていた。数十分ほど経ち、話はタイムトンネルへと消えていったロケットについての話題になった。
「それにしても、よくあんな策思いつきましたよね。やっぱ先輩は違うな~」
酔いが少し回った葵は、ふにゃり気味な顔をしながらつぶやいた。こういうときの葵は普段だったら照れて言わないようなことも平気で言ってしまうから面白い。
「実はタイムマシンがタイムトンネルに突入する際、周囲のほんの僅かな空間も巻き込んでいることが知られていたんだ。その性質を使えば、もしかしたらロケットをタイムトンネルへ閉じ込めることもできるんじゃないかってとっさに思いついてね。まあ、けっこう博打ではあったけどね」
2杯目のレモンサワーを喉に通しながら、紫音はあの日のことを思い返した。あのとき、八雲からの着信がなければ、あんな奇策を思いついていなかったかもしれない。もっと言うと、ロビーで無人タイムマシンについて話していた八雲たちに遭遇してなければ、無人タイムマシン自体思い浮かばなったかもしれない。そう考えると、まさに偶然が重なって生まれた案だったのだと改めて思った。
さらに、後から聞いた話だが、タイムトンネルから一機だけ帰還した無人タイムマシンがいたそうだ。そこのカメラが抑えていた映像には、燃料の切れたロケットが無人タイムマシンに引っ張られてタイムトンネルの外へと消えていく様子が映っていたらしい。紫音が密かに懸念していた、過去までロケットが行ってしまうという可能性がなくなったと分かったときは心の底から安堵した。
「やっぱあんたはすげーよ。俺なんかよりも頭の出来が段違いだ」
「それなのにひけらかさないんだものね。もっと誇ってもいいんじゃない?」
堀田と金田が揃って賢さを褒める。もう5杯以上は飲んでいる気がするが、一向に酔った素振りが見られないのはやはり特殊部隊員ならではなのだろうか。
「いや、まだまだだよ。研究を進めるたびに、謎は増えるばかりだからな」
紫音はまだ理性が働いている頭で謙遜を示した。自分でも正直、賢さを自負してはいるが、それをひけらかすのはあまり好まなかった。だからこそ、ここまで信頼してくれる後輩や友人ができたのかもしれない。紫音は軽く微笑むと残り1本となったつくねを頬張った。
かれこれ2時間が経ち、紫音たちは居酒屋を後にした。また近いうちに会おうと約束し、駅前からそれぞれ帰路についた。
明日からはまたいつもの研究の日々が始まる。近々、江戸時代へタイムトラベルすることも決定されていた。当たり前のように研究に励み、当たり前のように人と話を交わす。その『当たり前』が紫音の選択ひとつで崩れてしまったかもしれないと考えると、それらがとても幸せで貴重なことなのだというのを改めて知ることができた。
2115年の夜空は相変わらず少しくすんではいるが、月明かりがいつもより輝いているように感じた。酔った身体を優しく撫でる夜風がとても心地良い。肩まで下ろした青い髪をふっとかき上げ、見慣れた町中を軽快な足取りで歩いて行った。
タイム・パンデミック 杉野みくや @yakumi_maru
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