第3話 タイムマシン発進!

 紫音たちがモニタールームに連れられると、見慣れない二人の人物が真剣な表情で待機していた。八雲が足を止めると、彼らはビシッとを敬礼し、さっと腕を下ろした。よく見ると、そのうちのひとりは、先ほど行く手を塞いだあの屈強な男だった。紫音が眉をひそめていると、八雲はひとつ咳払いをし、口を開いた。


「君たちに紹介しよう。堀田正典くんと、金田裕美くんだ」


 突然の他己紹介に紫音と葵はあっけにとられる。それとは対照的に、名前を呼ばれたふたりは動じることなく沈黙を貫いていた。


「あの、これはどういうことですか?」

「ああ、すまない。先急いでしまったね」


 八雲は珍しくはにかみながら答えると、襟を正して説明を続けた。


「実は君たちに、行方不明になった第2調査団の捜索を頼みたいんだ。そして、その任務を遂行するに当たって、危険から身を守ってくれるのが彼らというわけだ。急で済まないが、引き受けてくれないか?」


 気づけば、周囲にいる全員の視線が若者2人に痛いほど注がれていた。紫音が横を向くと、不安そうに肩を縮ませた葵と目が合った。ここは先輩として、不安を取り除いてあげるべき時だ。


「ありがたいとは思うのですが、なぜ私たちなんですか?他の先輩方の方が適任なようにも思われますが」

「たしかに、うちには優秀な研究員が多い。しかし、君たちがそれぞれ専門としている行動心理学と歴史学の知見が何かしら功を奏すような気がするんだ。それに若さもある。向こうで何が起こってるか検討もつかない以上、不測の事態に対応できる瞬発力が必要だからな」


「なるほど。つまり、半分は直感、っていうことですか?」

「長年の経験による勘、といってほしいかな」


 それを直感と言うのでは?、と言いかけたが、すぐに口をつぐんだ。事態は一刻を争う状況である。がゆえに、不毛な言い合いはこれ以上避けたかった。それに、八雲の直感は意外と馬鹿にできないということも紫音は知っていた。そのおかげで防ぐことのできたトラブルも少なくない。


「だ、そうだ。葵、どうする?」

「え、ぼ、僕ですか!?」


 突然立った白羽の矢に葵は動揺の表情を見せる。しかし、紫音から何かを感じ取ったのか、すぐに考えるそぶりを見せた。その後、目を閉じて大きく頷くと紫音の方へと顔を向けた。


「僕は、先輩についていきます」


 葵はまぶしいくらい真っ直ぐな目で答えた。素敵な後輩を持ったものだと感心しながら紫音は身体を向け直した。


「決まりだね。——この一件、私たちが引き受けましょう」


 その瞬間、あちこちから安堵の声が漏れ出てきた。その声量は予想以上に大きなものであり、紫音たちに向けられた期待が想像を絶するほど大きいものなのだと改めて実感する。普段、あまり緊張を見せない紫音も、今回ばかりは身体がこわばるような感覚を覚えた。


「よし、そしたら早速準備に向かってくれ。場所は第1ターミナルだ。必要な物資は既にタイムマシンに積んである。それと紫音、堀田くんと金田くんの案内も頼んだよ」

「りょうか~い。お二方、こちらです」


 先に向かった葵に続いて紫音が消毒ルームに入り、堀田たちもその後に続いた。ドアがロックされると、すぐさま消毒が始まる。金田は微動だにしなかったが、堀田の方は時折苦しそうに顔をしかめていた。さてはこの臭い苦手だな?、と思わぬ弱みを握れたことに紫音が満足していると、消毒が終了し、奥の扉が開いた。


 昨日ぶりに訪れる第1ターミナル。昨日と同じ迷彩柄のタイムマシンに乗り込み、オペレーターの指示に従って行き先の時代や座標を設定していく。ちなみに、ターミナルと呼んではいるが、実際は潜水艦のような形をしたタイムマシンと灰色の壁、そして随所に取り付けられたモニター用の監視カメラしかない無機質な空間である。さながら、映画に出てくる隔離部屋に放り込まれたような気分だと、紫音は来るたびに思っていた。


 堀田たちには後ろの席に座ってもらい、予め用意されていたタイムマシン搭乗マニュアルに目を通してもらうことにした。その間に葵は荷物や設備の最終チェックを行い、ひとつひとつ漏れや故障がないかを確認する。紫音はモニターに表示されるタイムマシンの状態をオペレーターに報告し、出発許可が下りるのを待った。


「荷物、設備全て異常なしです」

「了解。タイムマシン5号機、及び第1ターミナルの状態、オールグリーン。第1ターミナルのセーフティロックを解除しました。タイムマシンの出発を許可します」

「了解、オペレーター」


 そこで紫音は一区切りし、全員が席に着席していることを確認した。


「それでは、タイムマシン5号機、出発します」


 紫音が最後のロックを慣れた手つきで解除すると、船内に大きな衝撃が走った。振動は徐々に大きくなり、モニターに映し出された第1ターミナルにはプラズマが縦横無尽に駆け巡っていた。そして数秒後、船内にも聞こえるほどのすさまじい轟音が響き、機体全体が白い光に包まれると瞬く間にその場から姿を消した。


 それを確認したオペレーターは間髪入れずに次の報告へと入った。


「タイムマシン5号機は、タイムトンネルへと無事突入した模様です!」


 それを聞いた研究員はみな肩の荷が下りたようにほっと一息ついた。八雲も安堵の表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えてモニタールームのマイクを手に取った。


「了解。ご苦労だった。ここからは、我々ができることを引き続き調査するとしよう。何か少しでも引っかかることがあれば、すぐさま報告するように」

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