第27話

「お兄~」


 今日も今日とて家には寧々が来ていた。

 珍しく事前に連絡があったのでこうして出迎えられ、今は我が物顔でこたつ机を陣取って、入れてやったレモンティーを前にゴロゴロしている。


「にしてももう来たのか? この前のデートの相手は?」

「んー。なんか合わなくて付き合わなかった」

「え……」


 初めてのパターンだ。

 寧々はこう見えて割としっかりしていて、デートに行く段階ではすでに品定めを終えている。

 それに俺が記憶する限り、一週間も相手を切らしているのは初めてなんだが……。


「なんかあったのか?」

「いやー。でもちょっと、フリーも楽しんじゃおっかなって」


 突っ伏していた身体を起こしながら寧々が言う。

 常時フリーの俺にはよくわからないが、そういうのもあるのかもしれない……。

 いやでも寧々にしては珍しいし本当に何かあったのかと心配したんだが……。


「というかお兄こそどうだったの? まあ寧々を家に上げてるってことは進んでないんだろうけど」

「ああ、それでわざわざ確認したのか」


 本当に変なところは律儀なやつだった。


「だって私が彼女だったら、私みたいな女に近くにいて欲しくない」


 死んだ目をしてそんなことを言い放つ寧々。

 一人称からしてもうなんか、本気を感じる言葉だった。


「で、どうだったの? 進んでなくてもなんかはあったでしょー? デートもしたんだし」

「それはまあ……ああそうだ。デート場所ありがとな。うまく行ったよ」

「ふーん」


 あれ……なんか微妙な反応だ。


「うまくいったのかぁ」


 力なくそんなことを言いながらレモンティーに口を付ける寧々。

 まだ熱かったのか目をつむりながら舌を出していた。

 ああこれは……自分が微妙だったのに俺だけうまく行ったことに対するやり場のない気持ちみたいなものだろうか。

 はっきり八つ当たりみたいにならないところが寧々の憎み切れないところに繋がっているんだろうな。


「お店も良かった? お兄は好きそうだったけど」

「ああ。リヨンも喜んでくれた」

「へぇ。リヨンっていうのかぁ……」


 あ、名前言ってなかったか……つい出ちゃったけどそんなに気にすることなく受け入れられたようだ。

 受け入れたうえでこんなことを言っては来るが……。


「その名前ってネット用のでしょ? まだ本名じゃないんだね」

「そういえば……」


 一回目。

 行為を断った理由にもなったというのに、今の今まで気にしたことがなかったな。

 大吾の場合は呼びにくさがあったから本名をあっさり伝え合ったが、リヨンには俺も本名を伝えていない。

 一日家にいたから何かで見られていても不思議じゃないし困りもしないんだが、なんだかんだで結局本名は教え合うことなくここまで来ていた。


「呼びたくならないの? 名前」

「んー……」


 考える。

 考えるが……。


「別にリヨンでいい気もするし、知ってみたい気もする」


 ただ別にこれはリヨンだから知りたいというより、今気になってしまったから知りたいだけだろう、これは。


「そんなもんなのかぁ。なんかいいね」


 再びこたつに突っ伏しながら寧々が笑う。


「いい……か?」

「うん。だって、名前より大事な基準があってそうなってるってことじゃん」

「それは……」


 そういうことか。


「寧々は何かあったらすぐ名前で呼び合ったりそんな話になるけど、そういうのもいいなーって思っちゃう」


 本当に妹のようにくつろぎながら笑う寧々。

 いつもより大人しいからか、少し雰囲気が柔らかくて、逆に大人びて見える。

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