12、黒魔女

「フェスタ……なのか?」


 少女フェスタを十歳程成長させたような、アルターと同い年くらいの若い女性が立っている。


「いかにも、私はフェスタだ」


 目にはクマが出来ており、瞳からは生気が僅かばかりしか感じられない。七、八連勤目かの女官OLのような雰囲気を醸している。


「『正解の無い問い掛けスフィンクス』は生物として破綻しない範囲で千変万化、変幻自在、当意即妙に肉体を構造的に変化させる事ができる能力だ。有り体に言えば『変身』だな」


 一応、変身すれば体力もある程度回復できるが、大本ベースの健康状態、疲労状態が著しく低かったせいで、今のフェスタは体力が本来のスペックの半分程度しか出せていない。


「変身……確かに見た目は成長しているが、本当に大丈夫なのか?」

「まあ、結果を御覧ごろうじろってな」


 そう言いながら、フェスタは服の胸ポケットから初めて自分の武器を取り出した。


「それは……ワンドか?」

「そんなとこだな」


 短い。というのがアルターの率直な感想だった。

 大抵の魔術師が扱う杖というのは、一尺(約三〇センチ)前後の小剣程の短杖ワンドか、身の丈ほどの錫杖スタッフが一般的だが。

 フェスタのそれはてのひらにすっぽりと収まるような五寸ほどのものだ。

 一応、魔術師の杖らしく、先端に魔石は付いており、小枝ほどの細さでギザギザしているのが特徴的だ。

 何かに似ているような気もする。


「今まで武器を介さずに魔術を行使しているのが疑問だったが、携帯していたのか……」


 ではなぜ、今これを取り出したのか、それの答え合わせが始まろうとしている。


対能力者鎮圧兵器試作型プロトアンチアドバンサー墓守の鍵マスターキー』、解凍」


 それは聞いたこともない言語だった。


『生体認証、…………解凍完了……ログイン番号〇〇〇、管理者権限確認、機能制限開放、システム、オールグリーン』


 先ほどまで手のひらサイズしかなかった小さな杖は、ガシャガシャと物々しい音を立てながらその形を変えていく。


「極道としちゃ恥ずかしい話だが、荒事はしばらくソルに任せきりだったからな。随分とコイツを出すのも久しぶりだ」


 変形した杖は、大人のフェスタの身長に匹敵する金属製の錫杖のようだった。

 錫杖と断言できないのは、杖にしては無骨でゴツい見た目と持ち手に引き金があることから。

 そして、その武器には錫杖よりも適した呼び方がこの世界にはあった。


「…………破壊の杖」

「あぁ、確かそんな風に呼ばれてたっけか」


 三〇〇年前、当時のレグルス領主、後に初代皇帝となる男が振るい、戦乱の世であったアルステラを統一に導いたとされる破壊の杖。

 現代の世では数多くの歴史学者たちによって様々な考察がなされ、残された当時の資料の荒唐無稽さが原因で、半ば神話のような扱いをされ、現存どころか実在さえ疑われたそれが、目の前にある。


「まあ、お前がコイツをどんなもんだと思ってるのか知らんが、識別名称は『墓守の鍵マスターキー』」

「しきべつめいしょう……」


 聞きなれない単語にアルターの頭にハテナが浮かぶ。


「魔術の補助と増強機能が一般的な杖より少しばかり優秀な特注の杖だ。大人こっちにならんとまともに持てんのだよ」


 「さて」と、杖を両手で握りしめたフェスタは、アルターに背を向ける。


「おしゃべりは、一区切りだな」


 いよいよだ。


「ガキの能力が受動的で良かった。少しはゆっくりできた。とは言え、早々に決着は付けねばならんがな」


 何重にも急造された壁が瓦解する。

 砂埃舞い、視界が晴れるよりも先に、制御を失ったアインが襲い来る。

 標的の見た目が先ほどまでとは多少違うが、そんなことは些細なことなのだろう、迷わずフェスタに狙いを定めている。


断崖障壁シェルター


 迷いなく自分を狙ってくることを予見したのか、瓦解した瞬間より、壁を造るためのフェスタは手刀を切っていた。

 しかし、それは自らの身を守るための壁ではない。

 建造途中の壁は、フェスタの足の下から顔を覗かせている。


「ッ!?」

「跳んだ!?」


 目前に迫る剣を遮るほどの競り上がる速度、それを利用しない手はなに。

 壁の縁に足を乗せたフェスタは斜めに造られた壁に弾き飛ばされ、アインの頭上を飛び越える。


飛行形態ホルス


 またしても耳に慣れない言語で杖に何かを伝える。

 すると、フェスタの身体は、射出の勢いを殺し空中に固定された。


「とりま、剣士相手にゃ、地上から離れるに限るな」


 迷宮の壁よりも高い位置で静止したフェスタは、何かに吊るされているように微動だにしない杖の上に立ち上がる。


「アイツ、飛行魔術も使えるのか」


 空を飛ぶ魔術や能力はそう珍しくない。

 ただ、あまり実戦向きではないのだ。


「飛んだからってなんだってんだ! そこから何ができるってわけでもない!」


 飛行魔術を使っている間、というより魔術全般は使用中にもう一つの術を使うのは非常に難易度が高い、それこそ一生を魔術の研鑽に費やせば造作もないだろうが、そのレベルの魔術師が実戦に赴くことはまずない。

 ゆえに、飛行魔術は精々、橋のない川や谷を渡る程度の活用しかされない。


「常識を基準に出来る程度には理性が残ってるのか、検証の手間が省けた」


 宙を第二の大地のように扱うフェスタは、指で銃を象る。


「三番」


 常識外からの再び空気弾。


「飛びながら術が使えたところで無駄なんだよ!」


 空中のフェスタとアインとの距離は当然、間合いの外、アインの能力の適用範囲。

 そんなことは構うまいと、指先から空気弾が放たれる。

 当然、あらぬ方向へと逸れ、アインには一切ダメージが通ることはない。

 だが、外れた空気の弾は一発では無かった。


強化アップグレード風弾・連続掃射フルバレットファイア


 一発、二発、三発……数えるのも馬鹿らしくなってくるほどの、雨あられのごとく降り注ぐ不可視の圧力。


「……何百発打ち込もうが無駄なんだよ」

「なるほど、秒間十五発の連続した攻撃でも、処理可能か」


 総計二百発撃ったにも関わらず、傷一つ見せないアインを前に、特に驚いた様子もなくフェスタは杖に腰を据え、手帳を取り出し記録を付けている。


「弾速毎の処理開始速度は一律……と言うより、奴の能力適用範囲に入った瞬間から弾道が狂い始めている。にしては弾道変化には規則性が無いな、二百発が見事に散ってる。進行方向から百八十度以上の変化は無いから侵入攻撃以上の迎撃が発動している訳ではない」

「さっきからブツブツ言ってんじゃねぇ!」


 空中にいるフェスタに対し、アインは迷宮の壁を蹴り、安全圏にいた彼女の喉元に迫っていた。


「こうか?」


 指を鳴らす。


「なッ!?」


 アインの目が驚愕に見開ききるより早く、彼は地面に叩き落されていた。


「違うな……範囲を2mに限定して常時乱気流を発生させてみたが、これじゃあ飛び道具にだけ反応するのに説明が付かない。攻撃が逸れる方向もある程度規則的になってしまうな。魔術での再現だと燃費も悪い。ポイントでの発動なら有効かもしれんし一応、魔術記録ライブラリに登録しとくか」


 手帳を懐に終い、あくび混じりに再び立ち上がる。


「じゃ、検証を続けるか」


 アインを相手取っている。対峙している。勝負している。

 そうであるはずなのに、黒い魔女はただ一人で淡々と作業しているようだ。

 形勢は膠着している。

 そうであるはずなのに、盤上の駒がじわじわと減っていくような妙な感触。

 あるいは、手術台に寝かされ、その身を裂かれ中を覗き見られてるような。


「次は……運動エネルギー以外での攻撃への対処の仕方を見てみようか」

「魔女め……!」

「それがなんだ、クソガキ」

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