11、暴走

「吹き溜まりの騎士共は全員眠らせた、あとはあのガキンチョだけだ」


 幻想魔術。

 斬られたはずのアルターが、その言葉に行き着くのは自然だった。


「お前、殿下はどうした……?」

「安心しろ、安全な場所に詰め込んでる」

「詰め込んだ!? 一体、どこに、イッ!」


 意味不明なフェスタの発言に思わず体を起こしてしまい、新鮮な痛みで自分が結構な傷を負っていることを思い出す。


「無理せずそのまま少し横になってろ。幻術で距離感誤謬バグらせて致命傷は回避させたが、下手に動くと重傷化するぞ」

「言ってる場合か! お前だって、立っているのがやっとに見えるんだが?」


 アルターが僅かに時間稼ぎをしたとは言え、フェスタが眠ってまだ一時間も経過していない。とても十分な休息とは言えない。


「馬鹿がよ。数少ない信頼できる仲間を放っておいて眠ってられるとでも?」 

「意外と仲間思いなんだな……覚えておこう」

「冗談だ。真に受けるな」

「真に受けさせてもらうさ」


 アルターの視点では、フェスタの後頭部しか見えないからその表情は見えない。


「姉ちゃん、良かった…………ッ!」

 

 アルターの生存に胸を撫で下ろす。

 だが、そんな余韻につかる束の間すら与えない悪意がアインを襲う。


「ガ、う……あ゙ァ゙ッ! ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ッ!!」


 突如アインが苦しみ始めた。


「っ! アイン!?」



「……………………そうか」


 苦しんでいたかと思えば、途端、落ち着きを取り戻したように、ポツリと口を開く。

 見かけだけは。


「そうか、そうか、フェスタ? フェスタ……フェスタ! 聞いた名前だ、お前が北蠍の双爪の幹部、『黒魔女』フェスタ……!」


 開いた瞳孔がフェスタを睨んでいる。


「そうか、そうだよ、そうだよな、そうに違いない、それだ、それだ、それだ……!」


「フェスタ! アインの様子がおかしい!」

「見れば分かる」


 明らかに正常ではない。 

 さっきから何かブツブツと呟いている。


「アレが毒の症状なのか!?」

「多分違う。ラヴィは激痛を訴えていたが、あんな風に錯乱した様子は――」


 アインはありったけの憎悪を込めてフェスタに剣を叩きつける。先程までの精緻な剣術とは似ても似つかない動きで。


「――危ねぇなクソガキ!」


 フェスタは寸でのところで防御術を展開し、その身は無傷。


「お前が姉ちゃんを誑かしたんだ……そうだ、きっとそうだ。きっと? 違う、絶対そうだ」

「…………あぁ、なるほど……これは、読み違えたな」


 アインの様子を観察して、フェスタは目を細める。


「まさか、してるのか?」

「だろうな」


 能力者たちはごく短期間の間に強い精神的負荷ストレスを集中的に受けることで、能力の制御が効かなくなる。

 それのみならず、脳内物質の過剰な増減が発生し精神に悪影響を及ぼすこともあるのだ。

 そして、無制限に能力を使えばいずれ脳はその負荷に耐えきれず――焼き切れる。


偏執症パラノイアの併発型、にしては、少々作為的だな……何か仕込まれてるな」


 フェスタの読み違い。

 裏切り者の息がかかってない騎士たちはサフィールと同じように寝返る前に徐々に消していくものと考えていたが、敵は使い潰す気だ。


「どうせ捨てる駒なら、有効活用しようってか? 虫酸が走る」


 能力者の暴走は、精神的に未熟な成人前の子供に発生しやすい異常イレギュラーだ。

 作戦に組み込んでいる以上、それは敵も承知の上。人道を踏み外している。


「アイン……」

「姉ちゃん、安心してよ。すぐに、そいつぶっ殺して目を覚まさせてあげる」

「目ぇ覚ますのはお前だガキンチョ」


 暴走を止める手段は至ってシンプル。

 意識を落とし、無理やりでも能力の使用を止めること。


「三番、風弾エアバレット!」


 フェスタは指で拳銃の形を作り、シンプルな空気弾の魔術を放つ。

 シンプルかつ殺傷性も低い術だが当たれば頭を揺らせる。

 当たれば、の話だが。


「待てッ! アインに魔術は効かない!」 


 ワンテンポ遅れて、アルターが制止する。


「あ゙ぁ?」


 空気の弾丸はフェスタの狙い通りアインの頭部に向かって直進している。

 それを分かっていながら、アインは射線上を突っ走ってくる。


 そして、弾丸が奴のに入った瞬間それが起こった。

 壁に挟まれ横風もないこの環境で風弾はアインから大きく逸れ、代わりにほんの僅かに壁をへこませる。

 弾丸を避けたアインはもう既に攻撃のモーションに入ってる。


「死ね」

「十五番!」


 アルターの忠告を受け、フェスタは次のモーションに移っていた。

 四本の指を手刀のように構え、地面に一本の線を引くように振り抜く。


断崖障壁シェルター!」


 次の瞬間、魔術が作動する。

 アインの目の前に地面から壁が迫り上がり、フェスタへの追撃を阻む。

 丁度、都合がいいことに迷宮が狭いおかげで、完全に通路を塞いでいる。


「一旦、仕切り直しだ」


 フェスタは念のために更に二重、三重に壁を建て堅牢にするが、いつまで保つだろうか。


「ったく、お前、知ってたんなら先に言えよ……」


 壁越しにガンガンと叩く音が聞こえている中、一先ず、アルターの傷の手当をしながら状況を整理する。


「お前の手出しが早いんだ」

「別にいいけど、あれがあのガキの能力なのか?」


 小さく頷く。


「『大海獣バテンカイトス』、アインを中心に半径2mの範囲より外からの攻撃は全て外れる、接近戦を強制させる能力だ。魔術はおろか銃弾さえもアイツには効かない」


 接近戦におけるアインの実力は先の通り、暴走してるとは言え、迂闊に近づけない上に、外からの牽制も通らない。


「アストレアと似た能力か。攻め気がない能力なのは助かるが、厄介極まるな」

「近接戦闘はいけるのか?」

「自分は得意分野を伸ばす方針で生きてきた」

「からっきしなんだな……」


 まあ体格的に少なくともアルターより動ける可能性は万に一つもなかったわけで、とどのつまり。


「手詰まりだな」 

「…………」


 アルターの顔には「諦め」の文字が浮かんでいる。

 元より、命懸けでの足止めのつもりが、助けられ、そして助けに来たフェスタまで今や絶体絶命だ。


「俺を置いて逃げろ……お前なら、アインを振り切って例の目的地まで辿り着けるだろ」


 アルターを運んで迷宮からは出られない。

 このまま時間を稼いでいても、いずれ壁は破られる。


「…………あ、悪ぃ。考え事をしていた。何か言ったか?」

「おい」

「何を心配してるのかは知らんが、自分らの目的は帝都からの脱出、それは依然変わりない」

「だから、そのためにも――」

「そのためにも、一人も欠けさせねぇし、あのガキも死なせない。それが最善だ」


 フェスタは諦めていない。まだ『詰み』だとすら思っていない。


「たかが魔術が通らねぇだけで芋引いてたんじゃあ、自分は魔女なんて呼ばれてねぇよ」

「しかし……」


 口は達者だが、体力的に騎士と渡り合えるのかは大分怪しい。


「出血大サービスだ。奥の手を少し見せてやる。ホントに出血してるしな」


 サービスする側が出血(赤字)覚悟でやるから出血大サービスなのであって、出血している相手にサービスをすることではない。


「『我は何者だ? 貴様は誰だ? 聞いただけだ、答えは用意してない』――『正解の無い問い掛けスフィンクス』」


 それは、彼女が普段猫になる時と同じような光景だった。

 一瞬目が眩んだと思えば、さっきまでそこにいた少女が猫と置き換わっている。


 ただ今回に限っては、猫が置かれてない。


 代わりに置かれているのは……。


「絶世の美女の降臨だ。見惚れるなよ?」


 スラッとした、高身の女性だった。


「戻して」

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