9、一本道の迷宮

「作戦会議ーーーー!」


 アインは共にアルターの迷宮に囚われた十名の隊員達を自分の周囲に集める。

 この迷宮は上空から確認できるのなら、丸底フラスコのような形をしている。

 六畳ほど丸底をスタート《始点》とし、口に当たる通路の突き当りが迷宮の主アルターのいる終点ゴール


「隊長、こんなところで固まっていては副長に狙い撃たれるのでは」

「安心しろ、俺が入口に突っ立ってりゃあ問題はねぇ。あの人も俺の能力は知ってる」


 だから銃も剣も納めて、拳で相対しようとしている。


「それに、この術は数的不利の状況を、各個撃破で覆すための術だ。数的不利を承知の上で突っ込んでこねぇよ。この若干開けてる部分はこの通路に入る順番を決めるための安置セーフティーゾーンってところだ」

「通路の広さは大の男が両手を広げて若干の余裕がある程度と言ったところでしょうか」

「戦うにはやや手狭な閉所だが、副長にはそれで十分だ」


 アインはまたしても額に冷や汗をかいている。

 チラッと迷宮の内部を覗くと、ピクリとも視線を動かさず入口を真っ直ぐ睨みつけるアルターが目線だけ動かし目が合ってしまい慌ててすぐに顔を引っ込める。


「行きたくねぇ……めっちゃ副長キレてるし……」

「上からはどうです? 壁にはネズミ返しがついていますが、風の魔術が扱える者なら脱出出来るかと」

「ハチの巣になりたいなら試してみな。あの人わざと天井空けてんだ。迷宮に入る者は歓迎し、去る者は決して許さない。この迷宮に入れられた時点で腹決めないと…………腹決まってねぇのは俺なんだよなぁ……」


 選択肢は一つ、だというのに、すでに、心の迷いは浮き彫りになっていく。       

 そもそも、アインは隊長でありながら、この中では、いや騎士団最年少、十三歳の少年でしかない。


「……団長もいねぇし、参謀はなんか隠してるし…………こんな時、サフィー兄なら……」


 こんな時に思い出されるのは、似た経験と対峙していた兄弟子の姿。

 彼は何を思い、どんなことを話し、あの結論に至る覚悟を決めたのか。


「やっぱ話さねぇと、決まるもんも決まらねぇか」

  部下たちには待つように指示を出し、アインは重い腰を上げ迷いを抱えたまま迷宮へと立ち入る。


「……副長」

「遅い」


 殺風景な通路の最奥に、迷宮の主は威風堂々たる立ち姿で待ち構えている。


「俺からの呼び出しには、親の死に目であろうと即馳せ参じるよう躾たはずだが?」

「いや、本当に……遅くなって」


 既に鬼の間合いの中。


「謝罪は聞かん」


 アルターの拳は対話を拒絶し、鼻っ柱を叩き折らんとする。


「っ!?」


 戦意を欠いていた頭が急激に覚める。

 回避が間に合わないと悟ったアインはとっさに籠手で顔を覆うようにガードを固める。

 それが悪手だと理解していながらも。

 騎士の籠手には盾として剣を受ける目的で筋金が入っている。対 して、アルターの拳装備はグリップ力のある指ぬきの革手袋、元がソルの装備なので仕方ない。

 であれば、硬度という点で見ればどちらが相手を破砕するかは明白だろう。


 だから「アインの籠手が破壊されている」という結果は


「受ける瞬間、背後に跳んで衝撃を減らしたな。流石の反射神経だ」


 心なしか誇らしげに微笑むアルターとは対照的に、一層冷や汗を増やして焦った表情のアイン。


「九死に一生拾っただけっすよ……」


 現に見掛けだけでは籠手が破壊されただけだが、左腕までダメージは貫通し骨にヒビでも入ったのかまともな握力を発揮できなくなっている。


「『鋼砕き』まさか、俺に向けられる日が来るなんて……」


 その名に偽りなし。

 振るわれた拳、抜き放たれた剣、文字通り一挙手一投足、その全てが一撃必殺級の破壊力を秘めた超怪力。

 騎士団に知らぬ者はいないとされる、五千の騎士を従える副団長が誇る能力。

 サフィールやソルを引き合いに出して謙遜していたが、何を心配することがあろうか。


一対一タイマン最強……流石は『鬼』と恐れられただけはあるな」


 右手一本で構え直す。もはや左手は構えの体裁を整えるために添えているだけに過ぎない。

 それでも切っ先は最愛に向いている。


「聞かせてください……俺はあんたの言葉なら、なんだって信用します。だから……」


 口では戦いたくないと言っていても、身体はすでに目の前の相手を敵と認識している。


「寝言をほざくな」


 訴えかける弟分の声に耳を貸すことなく、悉くを粉砕する一撃が放たれる。


「もう目は覚めてるくせに」


 そう、すでに三番隊隊長の戦闘のスイッチは入ってしまっている。

 拳圧で空気が破裂するような音を響かせる。

 特大の火力も当たらなければ発揮されない。

 ごく自然に、騎士は拳の間合いからその身を外していた。左右の回避が困難な迷宮の中で、『後退』し破壊を免れる。

 後退、なんと消極的な行動だろう。

 否、そうと決めつけるのは浅はかである。


「これだから本物は……」


 万物を破壊できる拳を持ちながら、副団長が自らを低く見積もる理由。

 それこそが、自分と一線を引いた先にいる、遥かに隔絶された戦の申し子たちをその目で見続けてきたからに他ならない。


「あんたを斬りたくない……」


 アルターは後退した相手に身構えてしまう。


「『帝、『無尽』の一太刀、『無双』の二の太刀、終いに『無敵』の三の太刀を持ちて全ての敵を打ち払わん』とは良く言ったものだ」

「『大海獣バテンカイトス』はもう発動しています。だから、間合いに入らないでくれ!」


 若過ぎる騎士の立ち姿は、たかが鬼一匹など易々と丸呑みにせんとする、大口を開けた化け物の姿そのものと変わらない。 

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