第20話 大きくなる栄養は何?

 ふぅ、なんとか間に合った。

 家に辿り着くとすぐに雨が降り始めた。


「母ちゃん、父ちゃん帰ってきた?」

「カナタ、ハルカちゃん。まだ帰ってきてないわ。雨は濡れなかった?」

「大丈夫。ぎりぎり間に合った」

「そう。なら、ご飯にしましょう。まだ時間がかかると思うから」

「おかえり、ハルカちゃん」


 ミラがカナタの部屋で手招きしている。

 中に入ると、小さなアルラウネが咲いていた。


「か、可愛い!!」


 赤ちゃんみたいな丸いファルム。花びらは大きすぎるドレスみたいに見える。そんな幼(すぎる)女が壺の上でちょこんとお座りしてるのだ。もう、びっくりするほど可愛い。


「すごい。もうここまで大きくなったんだ!」


 数時間でこれならもう明日にも元の姿に戻れるのかな? なんて考えたけれど、甘かったみたい。


「でも、この子ここで成長が止まってしまって。壺じゃあ小さすぎるのかな?」

「そうなの? うぅん……」

『もう少シ、お水とエイヨウ』


 アルラウネが上目遣いでお願いしてきた。


「ミラ! お水と栄養だって」

「え、え? ハルカちゃん、何が聞こえたの」

「俺が水に行く。栄養は何か聞いといてくれ」

「うん」

「ミラ、ハルカは魔物使いだから魔物の言葉がわかるんだ」

「え、そうなの?」


 カナタが外に出た。ミラと二人で話せるのかな。カナタがいなくて怖がられたりしないかな。そんな考えを吹き飛ばすくらいミラは次々話しかけてくる。


「ハルカちゃん、魔物使いなの!? 魔物ってどんな風に喋るの? 何を食べたりとかどこに住んでたりとか聞けるの!?」

「あ、えっと、今はアルラウネから栄養……」

「そうだった。あとで話聞きたい! 教えて!」

「うん、いいよ」

「ホント? やったー!!」


 病気が治って、知りたい事、やりたい事がどんどん増えていくんだろうな。ミラはここにきた私と同じ状態みたい。

 嬉しいけど、いまはアルラウネに確認を優先しなきゃ。


「アルラウネさん、栄養って何ですか?」


 ぷいっと首を横に向けられる。


「アルラウネさん、あの栄養って」


 ぷいっ。

 二度三度繰り返し、その度アルラウネの顔の位置に立ち直す。けど、ぷいっぷいっだ。いったい、どうしろというのだろう。


「ハルカちゃん、大丈夫?」


 ミラがのぞき込む。途端、アルラウネは飼い犬が飼い主さんを見つけた時みたいに目の色を変えた。


『……もふ』

「え?」

『アルラウネさんじゃ、ナイ。ワタシはアルラ』

「アルラさん?」

『アルラ!』

「アルラ」

「ハルカちゃん、この子アルラって言うんだ? アルラちゃん、教えて栄養って何?」


 アルラは頬を染めながら手で顔を押さえる。栄養ってそんなに言いにくいのかな。


『けもミミの男の子、ナデナデして欲シイ……』

「んー、んん?」


 アルラウネは私より獣人、カナタと仲良くなりたいのかな。そういえば、そうか。あんなに恋する女の子だったものね。なら、カナタが帰ってくるまで……。


「ハルカちゃん、アルラちゃんは何て言ってるの?」

「あ、えっとね。獣耳の子にナデナデして欲しいみたい。だから――」

「なんだ、ならボクが」


 あ、男の子って言い忘れてた。そう思ったのに――。


「ひゃぁァァん!!」


 アルラウネ……アルラは顔を真っ赤にして喜んでいた。あれ、カナタじゃなくていいの?

 ていうか、ミラは女の子カナタの妹なんだけどいいんだ?

 嬉しそうにナデナデされてるアルラ。それを見ながら私は頭を左右に傾け考えていた。そこに水をいっぱい汲んできたカナタが戻ってきた。

 こ、これって修羅場な現場になるヤツでは!?

 隠そうと思いカナタの入ってくる入口前で手を広げようとする。足元にいたライムに躓いた。


「わ、わ、わぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「おわっ、ハルカ!?」


 転けそうな私をカナタが抱きとめてくれる、のはいいのだけどせっかく汲んできた水が空を舞っていた。あぁ、勿体ない。というか、割れちゃう……。


『キャッチラム!』

『モャ!!』


 ライムとソラの息のあったスゴ技によってカナタが汲んできた水はなんとか守られた。ホッと一息つく。


「あの、ハルカ。何をするつもりだったんだ」

「え、あ、あはは」

「ハルカちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 ミラがアルラから手を離してるのを確認して、私はよりかかっていたカナタから体を離した。


「カナ兄、栄養はボク達がナデナデすればいいらしい。あとは水を」

「そうか、よーし。水を……って、あぁ!?」


 ライムとソラは行動がはやい。もうアルラに水をかけ始めていた。


『ほら、はやく撫でるラム』

『水はソラたちであげるモャ』

「俺が持ってきたのに」


 なんだか楽しそうに植物育成してるなー。そういえば、薬草もライム達育ててたんだっけ。なら、きっと上手なんだろうな。


「で、撫でればいいのか?」

『うんうん!!』


 アルラは全力で頷く。彼女に尻尾があったらきっとちぎれんばかりの勢いで振っていただろう。うーん、どっちが犬なんだろうという感じだ。カナタは犬じゃなくて狼獣人らしいけど。


「カナ兄。一緒に撫でるよ」


 カナタとミラが同時にアルラを撫でる。

 小さな体から大きな歓喜の叫びがあがった。


『何、これ。シアわせぇぇぇー!』


 赤ちゃん姿だったアルラが立ち上がり大きくなっていく。すごい、本当にもとの姿に……、もとの姿に?

 もとの大人な姿とは天と地ほどのあちこちぺったんこな同い年くらいの女の子がそこにいた。


「あ、あれ?」

『あー、やっぱり地植えじゃナイからコレ以上は無理カナー? でも……』


 蔓を伸ばし確かめるようにあちこちに触れていく。


『でも、大丈夫ソウ』


 その笑顔が本当に嬉しそうだったので私も嬉しくなった。


「よろしくね、アルラ」


 同い年の友達が増えた。そう思って彼女に抱きつく。


『ワ、ワタシはケモ耳のないアナタとはっ!!――――あぁー、もう、ヨロシクね。ありがとう、ハルか』


 少し赤くなりながらアルラは蔓で私のほっぺたをむにっと押した。

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