第16話 救えないモノって何?

 泣き声が響いて誰かが知らせたのだろうか。父親、ウルズさんまで家に駆け込んできた。


「スク!! どうした!! まさか、ミラが!?」


 かなり慌てて戻ってきたのだろうか。汗だくのウルズさんからは熱気があがっているように見える。


「ミラ!? 起きてて大丈夫か? 咳は!?」

「父ちゃん、苦しくない。苦しくないの」

「え? あ? はぁっ!? いったい全体何が」

「ウルズ、今は二人を落ち着かせるのが先です」

「お、おぅ」


 何が起こったのかさっぱりな親の二人は、子ども達が泣きやむまで待つのを決めたようだ。ウルズさんとスクさんで子ども二人を挟んで座った。

 少しだけ家族だけにしてあげようと、私はそっと部屋から、そしてカナタの家からも出た。

 外に出てびっくりした。たくさんの獣人達がこの家を取り囲んでいた。


「誰ぞ!?」

「知らん子どもだ」

「え、あの……、ウルズさんのお家にお世話になっています」

「誰だ!?」

「耳がないぞ」

「尻尾もだ」

「ウルズさんとこのミラはどうなっとる?」


 一斉に話しかけられパンクしてしまいそうになる。


「こらこら、相手は子どもだろ」


 そう言って群衆の真ん中から出てきた男が私の前に立った。ウルズさんと同じか少し高そうな身長。耳は尖ってて毛も硬そう。最初白髪かと思ったけれど光に当たるとキラキラしてて、よく見れば銀灰色の髪だった。

 服はこのあたりでよく着られているのだろうか。少しゆったりした布の服を紐や縄みたいなのでとめている。この人は獣耳に飾りをかけていた。

 男の子アイドルですか? と、聞きたくなるくらい整った顔立ちに少したじろぐ。


「ごめんね。皆ウルズさんちの事が心配でさ。今は中に入らないほうがいいかだけ教えてくれないかな」

「えっと、はい。少しだけ家族だけにしてあげて欲しいです」


 私がそう言うと、彼は目をつぶり息を吐いたあとびっくりするほどの声をはりあげた。


「聞いたか。皆。準備をするぞ」


 え、え? 準備? 準備って何をするつもりなんだろう。

 わけがわからないまま集まっていた人達は散っていき獣耳が尖ってる男の人だけが残った。


「僕も用事があるから行くね。また少ししたら皆集まってくるだろうけど。その時も入っていいかどうか聞けるかな」

「は、はい」


 なんだかすごいプレッシャーを感じてつい返事をしてしまった。この人達、またくるの?

 男の人はさっと身を翻し歩いていく。尻尾が随分と嬉しそうに揺れていた。


「な、なんだったんだろう……」


 ライムとソラが足下でくるくる回っているのを捕まえて持ち上げた。


『なんだったんだろうモャ』

『何だろうラム』


 二人もよくわからなかったみたい。本当に何だったんだろう。


「あ、そうだ。ライム。少しだけあの部屋に行っても大丈夫かな」

『いいラムよ。薬作るラム?』

「ううん」

『ん、ラム? ライム達はカナタの部屋で休んでるラム』

「うん。カナタ達の邪魔はしちゃダメだよ」


 ライムの中に入ると外の音が何も聞こえなくなった。さっきまでの風の音や、人々の暮らしの音。カナタの泣き声も。

 私は置いてあるアルラウネの魔核の前で座り込んだ。


「カナタ、喜んでたよ。ありがとう、アルラウネさん。解毒草を……わ……けて……ぐれ……てぇぇぇぇ」


 救えた命はあった。だけど、助けられなかった命もあった。

 助けられない事もあるということを彼女は私に教えてくれた。

 お医者さんって、こういう気持ちと向き合わないといけないんだと教えてくれた。

 私が元の世界で死んだ日、もしかして先生もこう思ってたのかな。


「う……うぁ……うわぁぁぁぁん」


 涙が止まらない。ボロボロと止めどなく流れる涙を服が受け止めて染みをふやしていく。

 突然ぺろりと頬を舐められた。


『ハルカ、大丈夫かモャ?』


 ソラだった。


「そら……ぁ……」


 涙で濡れるのもお構いなしにソラは何度も何度も私にすりついた。どうやら慰めてくれてるみたい。

 それと、もふちゃんも涙を流してる間中、顔の横でずっと頬を撫で続けてくれた。


 ◇◇◇


 だいぶ泣いて、涙が落ち着いた頃私は外に戻った。

 よく考えれば、顔も鼻も服もぐちょぐちょだ。戻った瞬間、カナタに心配されてしまった。


「ど、ど、ど、どうしたんだ!? ハルカ!!」

「あ、えっと」


 なんて答えたらいいかわからなくて愛想笑いしか浮かべられなかった。


「とりあえず、布。顔拭かなきゃ……」


 慌てるカナタの優しさで愛想笑いが本当の笑顔に変わった気がした。


「ありがとう、カナタ。大丈夫だよ」


 指で顔を拭い、服の袖でも拭う。あとで洗濯の仕方も習わなきゃ。


「そうか。なぁ、ハルカ。ミラがさ、ハルカに会いたいって――」

「ウルズさーん!!」


 外からの声がカナタに被る。

 もしかして、さっきの人達が戻ってきたのかな。

 なら、私が答えるって言っちゃったんだっけ。


「誰だよ、こんな時に――」

「あ、カナタ。もう皆は大丈夫?」

「ん、大丈夫。母ちゃんはご飯の用意してるし、父ちゃんはそこに」

「外の人達ともう話せるのかな?」

「外のやつら?」


 カナタが部屋を出て外に向かう。後を追って出るとちょうどウルズさんの後ろ姿が見えた。


「あの――」

「何やってんだ、お前らっ!!!!」


 ウルズさんの特大の怒鳴り声が響いた。あまりに大きなその声にソラとライムが驚いて飛び上がっていた。

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