第14話 番外編・ある魔物の記憶(アルラウネ視点)

 あったかい光と風を感じてワタシは目を覚ます。


「やっぱりだ。成功した」

『?』


 目の前にいるふわふわとした耳の男がワタシを見て喜んでいた。


「アルラ。もう君は毒草なんかじゃない。この花畑のそばで育てば毒の花は咲かないですむんだ」


 少しづつ思い出す。

 ワタシの花は毒を持つ。それを使って目の前で動物や獣人をいじめられた。

 魔物のワタシが泣く仕草が面白いという理由で。

 他にもココに植えられたアルラウネはいた。ただ、そんな感情を見せるのはワタシだけだったようで、それも実験と称して繰り広げられる悲劇に拍車をかける。

 毒を持ちたくない。毒なんてなければいいのに。

 そうすれば――。

 毒を持たなくなれば切り捨てられる。

 弱い毒のアルラウネは引き抜かれ、何処かへ持っていかれた。

 でも、ワタシはそれも羨ましく思っていた。

 強い毒を持つワタシがココからいなくなる事なんて出来ないから。


 ある日、世話をする獣人が代わった。その中の一人はワタシに気をかけてくれていた。泣いていれば布で拭き取ってくれて、優しい言葉をかけてくれた。


 ワタシの言葉は彼に届かない。だけど、彼の言葉はワタシの中に水のように染み込んだ。


「毒がなければ、君は自由になれるのかな」


 ワタシは薄く笑う。

 そんなの無理に決まっている。


「待っててくれ。もうすぐ完成するから」


 何が完成するのだろう。

 ワタシの生え替わりの時期ももうすぐだ。待っててと言われても……。

 ほら、大きな刃物を持った獣人、刈り取りがきたみたい。


 次に目が覚める。

 最初に見るのはいつもの光景……。

 そう思っていたのに、アルラウネが咲く花畑ではなかった。小さな花が風に揺れるワタシだけが大きい、丘の上の花畑。

 それと、ふわふわとした耳の獣人の男が一人。


「解毒草をたくさん植えたんだ。研究所の種だいぶ持ってきちゃった」

『ゲドクソウ?』

「君達アルラウネは周りの環境に影響される。だからたくさんのアルラウネを咲かせれば毒はどんどん強くなる。だけど、ここの花は君達の毒を消す解毒草だ。アルラ、君はもう毒なんてほとんどない。これからは自由だ」


 男の鼻には変な物が詰まっている。まるで、匂いを嗅がないようにしているみたい。

 もしかして、毒が臭い匂いに変化でもしてしまったのだろうか。

 それとさっきからワタシの事、アルラと呼ぶのは何故だろう。

 アルラウネだからアルラ? 安直すぎじゃないだろうか。


「アルラ、ここなら獣人は探さない。探せない。この花が守ってくれる」


 この小さな花が?


「そうだ、これも外しておかないと」


 ワタシの頭から何かを引き抜き、変わりに小さな花飾りをさした。

 途端、体の中をビリビリとしたモノが走り抜けた。

 動ける。そう思って、ワタシはそれを動かす。

 体に巻いていた蔓が解けていき、思った通り自在に動かせた。


「これで本当に自由だ。アルラ、僕はあそこに戻るけど……。また明日会いに来るから――」


 ワタシはこくりと頷く。

 そのまま行ってしまいそうだったので、蔓でとんとんと肩をつつく。

 名前くらい教えておいてくれないと、困る。ワタシは獣人の顔を覚えるのが苦手だから。

 あいつらの嫌な笑い顔を見たくなくて、獣人は耳や尻尾しか見てなかった。耳や尻尾は他の動物とあまり変わらないから。

 彼の鼻先で蔓を動かす。

 言葉は通じなくても、わかってもらえないかなとワタシは声を出す。


『ナマエ、あなたノ名前……』


 魔物の言葉は魔物か魔物と言葉を交わせるスキルを持った者しかわからない。なのに……。


「あ、もしかして名前? 僕はロウガ。風狼族のロウガ。覚えられるのかな」


 驚いた。彼に通じた。もしかして、わかるのかな。


『ロウガ、また明日。待ってる』

「あはは、そうだよな。違うよな。ごめんな。僕は魔物使いじゃないから、わからないや」


 蔓を優しく握り、ぽんぽんと撫でられ離された。

 やっぱり、言葉は届かないんだね。


「じゃあ、また明日!」


 ロウガはふらつきながら丘を下っていった。


『また明日』


 ワタシはそれからずっとずっと待ち続けてる。

 また明日。また明日。きっとまた……、明日こそ。

 ふわふわの耳と尻尾、それからロウガという名前を頭に浮かべながら。

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