　「この辺りも、ようやく春の息吹が感じられるようになってきたわね。」

　姫子は、日差しが毎日少しずつ暖かくなってきているが、まだ少し肌寒さを感じる初春という季節を、ゆっくりと散歩をしながら楽しんでいた。

　今は五月も半ば。東京より一か月位季節が遅く感じられるここは、避暑地として有名な軽井沢である。

　まだ人も少ないこの時期を選んで、敢えて静かにゆったりと過ごす事ができるであろうと訪ねてきていた姫子であった。

　木々の新緑の芽吹きが美しく感じられる林の小道を歩きながら、視線を地面に向けて見ると、両脇の地面には、サクラ草やスミレの淡いピンクや白の花が咲く中に、ヤマブキやタンポポといった黄色の花も咲き、美しい花景色を眺めることが出来た。

　穏やかな時間が流れているこの空間で、ゆっくりと散策をしていた姫子が、目線を道路の先に戻した時、道の遠くから若い女性と、小さな男の子が歩いてくるのが見えた。

　「あの人達も、お散歩中の親子かしら？」そんなことを思いながら、それとなくその様子を見ていた姫子の近くまで来た二人は、優しく手をつないではいるが、女性の若さからとても親には見えなかった。

　そして子供は、目に涙をためていた。

　「僕は、何か悲しいことでもあったのかな？」

　その様子を心配した姫子が、今にも泣きだしそうな男の子にそっと話しかけた。

　「お家にね、帰れないの…。」

　答えた自分の言葉で悲しくなってしまった子供が、そのままついに泣き出してしまった。

　「あら、また泣いちゃだめだよ。

　　お姉さんが一緒にお家を探してあげるって約束したでしょ。だから、もう泣かないの。」

　隣の女性があたふたと子供を慰めている。

　その様子からは、女性のかなりの困惑ぶりが伝わって来ていた。

　「じゃあ、今からは私も一緒にお家を探す事にしましょう。

　　皆で探せば、きっとすぐにお家が見つかると思うよ。」

　　姫子は、笑顔を向けながら優しく子供に話しかけた。

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