第2話 ベリーロード

 我が国ドラゴンメイドの名は、先住民たちが信じてきた竜の女神に由来する。

 今も地底で眠っているという彼女の夢の結晶が、ベリーとなったというのはあまりに有名な神話である。

 そのことから分かるように、ベリーはドラゴンメイド建国の遥か以前より人々を魅了してきた代物なのだ。


 この国に生まれ落ちた者ならば、多少なりともベリーに関心があって当然の事。だから、ベリー馬鹿なんて珍しいものではない。

 しかし、私やクランがドラゴンメイド公認ベリー売りなんてものになってしまったのも、血が影響しているだろう。


 私たちの父もまたドラゴンメイド公認ベリー売りだった。

 今の私やクラン、そして行方知れずの兄ブラックのようにドラゴンメイド中を旅してまわり、各地でベリーを採取してはそれを求める人々に売り歩いてきた。

 勿論、ただ高く売れればいいわけじゃない。ベリーはそれを正しく使える人、本当に必要としている人々の手に渡らなければならないというのが公認ベリー売りのモットーでもある。

 時には多少の損することだってあったようだし、だからこそ、私たちが誕生したともいえる。


 父がたまたま訪れたトワイライトという土地の村で出会ったのが私たちの母ジャスティナだった。

 当時、母の父──つまり私たちにとっての祖父が足を折ってしまった際、医者にかかるお金にすら困っていたところを助けてくれたのが私たちの父だった。

 祖父の足の具合からベリーでどうにかできると判断し、治療に最適なベリーを無償で渡してくれたことがきっかけとなり、トワイライトの村がいつの間にか旅をする父の帰る家となってしまったのだ。


 この逸話でベリー売りの娘として尊敬すべき点は勿論、父の持つベリーへの知識と判断力、そして在庫を切らしていないという抜け目のなさである。

 私もドラゴンメイド公認ブロンズ級ベリー売り(来月まで何事もなければシルバー級昇格となる)として、少しずつ在りし日の父に近づいているとは思うのだが、まだまだ至らない点も多い。

 どうしても金に目が眩んでしまうのが正直なところであったし、とっさの出来事を前にして冷静かつ温情ある対応ができるかどうか不安でもある。

 それでも、そうなりたいという憧れはあった。父は──今は亡き父は、ゴールド級のベリー売りだった。私も早く父の背中に追いつきたい。

 そのために必要なことは、勉強を重ねることである。


 ドラゴンメイドの象徴でもあるベリーは、先住民たちの神話を知れば知るほどいかに尊ばれ、大切にされてきたかがよく分かる。

 その向き合い方は、たとえば同じヒト族であったとしても部族によって違いがあるなどバラバラではあるものの、いずれも竜の女神の夢であり、彼女が生きている──つまり、この大地が生きている証なのだという価値観は共通していた。


 さすがに現代のドラゴンメイドにおいて神話を、巨大ベリーを前にした怪蛇のようにそのまま丸呑みにする者は多くなくなったが、かといって単なる採取物として軽んじていいわけではない。

 放っておいても増える不思議な宝石であっても、一度に採りすぎればいつかはなくなってしまうというのは動植物と一緒だ。

 ベリーが一種類消えれば、あらゆるバランスが崩れ、飢饉や混乱による暴動、動植物や土地への影響を起因とする自然災害など、いずれは人間の生活にも悪影響を及ぼすということは、これまでの歴史が証明している。

 だから、国に公認されたベリー売りこそ、建国以前からのベリーの歴史を重んじ、社会に正しい認識を広められるように努めなくてはいけないわけだ。


 けれど、生半可なことではない。

 何せ、あらゆる力を持っているベリーである。

 それを巡る争いは過去に何度も起こってきたし、現代だって犯罪が起こることは珍しくない。

 一説によれば、この国でもっとも犯罪に巻き込まれやすい職種は、公認ベリー売りだとも言われている。だから、私たちベリー売りはベリー銃と呼ばれる特別な武器で身を守っている。

 私自身もベリー銃に何度助けられてきたか分からない。ヒト族の女性の身であるというハンデをカバーしてくれるのは、いつだってこの武器とありとあらゆる効果を持つベリー弾たちだった。


 ベリーは人を救いもするし、人を殺しもする。

 それだけに、クランは私がベリー売りをしていること自体をあまりよく思っていないのだ。


 ブロンズ級になってからは、さすがに文句を言う回数も減ってきたとはいえ、おそらく亡き父、そして行方不明の兄の代わりに家族を守りたいのだろう。


「それにしても、ホント作家さんが多いね」


 ベリー市場の持ち場にてクランは頬杖を突きながら言った。


「サイコベリーの在庫が心配になるところだね」

「まあ、クラン。タイトルページに来るならサイコベリーは余りそうと思うくらいでちょうどいいって言われているのに」


 イヌにドギーベリー。ネコにミャオベリー。ウサギにバニーベリー。そして、作家にはサイコベリーと言われている。そのくらい、作家たちはサイコベリーと呼ばれる青いベリーを愛してきた。

 理由はリラックス効果なのだが、先住民たちの時代より創造の力を持つと信じられてきたベリーでもある。現実的な効能は精神が研ぎ澄まされることにより、個々の持つ才能を引き出せるというものなのだが、今でも願掛けのようにこれを求める作家はたくさんいる。おまけに一個の適正価格がおよそ十五鱗と少し高い。

 だから、作家の多いタイトルページに向かうならば、たくさん用意しておくべき商品と言われるのだ。


「分かっているさ。本当はそんなに長く滞在するつもりじゃなかったんだよ。適当に資金を稼いでクックークロックへ行くつもりだったわけ」

「クックークロック?」


 ドラゴンメイドの中央に存在する大都市である。ちょうどその地下に竜の女神が眠っているとされる聖地の一つでもある。タイトルページだけでなく、あらゆる町とベリーロードで結ばれている。すべての道はクックークロックおよびその地下で眠るドラゴンメイドに繋がっているというわけだ。


「じゃあ、行ったらいいじゃない。私とはどうせ目的地が違うのだし」

「いや駄目だ。ラズが出発するまではね。用心棒がいるだろう?」

「用心棒ならボクがいるよ」


 ブルーが元気に尻尾を振るが、クランの表情は優れない。


「駄目だ。人懐っこいオオカミなんて当てにならん。これだから、反対だったんだ。旅するベリー売りなんてさ」


 自分も旅するベリー売りのくせに。

 そう言い返したいのは山々だったが、今は口論したい気分でもない。代わりにため息だけをついて、私は通りの人の流れを眺めていた。


 通行人の半数はクマのような姿をしている。来たばかりの時はやはり森に潜む凶暴なケモノのクマ──特にグリズリーを思い出してしまい、ただならぬ緊張感を覚えてしまう。

 とはいえ、ここに滞在して七日も経てば、見慣れてきたものだ。役場の職員も、ベリー市場を取り仕切る市場長も、クマ族なのだから慣れないと困る。

 なんて思っていると、遠くからずかずかとこちらに向かってくる非常に大柄のクマ族男性の姿が見え、一瞬だけぎょっとしてしまった。だが、その姿がはっきりと見えると、すぐに警戒も薄まった。

 この町で一番大きいのではないかと疑ってしまうほどの体格。そんな彼が真ん前まで来ると、さすがに圧迫感がある。

 でも、怖くはなかった。なぜなら、顔見知りだったからだ。

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