第8話 いざダンジョンへ
「て、ててて、テイマー!?」
受付の女性の声が、探索者協会内部に響き渡る。
周りで談笑を楽しんでいた者たちの視線が、騒ぎを起こした僕たちの下へと殺到する。ポチを珍しがったものではなく、受付の女性が口にした単語による影響が大きい。
果たしてそこまで驚くテイマーとは……?
首を傾げた僕に、受付の女性は震える声で言った。
「い、犬飼さんはテイマーなんですね……。す、すごい。探索者協会で勤務してから二年、生で初めて見ました……!」
え? それはどういう……。
「あ、あの……テイマーっていうのは?」
おずおずと僕が尋ねると、さらに受付の女性は驚きの度合いを増して答える。
「ご存知ないのですか!? テイマーというのは、【テイム】スキルを持つ人のことです。これは非常にレアなスキルで、私が知るかぎりでも現在、全世界で数名ほどしかテイマーは確認されていないとか」
「——いっ!?」
ぜ、全世界で数人しか持ってないスキルの保有者!?
女性の言葉があまりにも衝撃的すぎて、思わず濁点の乗ったおかしな声が出る。しかし、受付の女性は気にした様子もなく続けた。
「ペットらしき犬を連れているのでまさかとは思いましたが……。ありがとうございます! 私、感動しました!」
「あ、あはは……。どう、致しまして……?」
単なる偶然でレアスキルを所持したっていうのに、いきなり初対面の人にお礼を言われても反応に困る。
だが、彼女の反応がここでは普通なのだ。その証拠に、周りからの視線が痛い。ひそひそと受付の女性同様に驚きの声をあげる。
離れた位置にいる僕にも聞こえるほどの声で。
「おいおいマジかよ!? あの少年、テイマーだってさ!」
「犬を連れていたのはやっぱりそういうことか……っていうか、それならあの犬がテイムしたモンスター? 毛色は珍しいけど、単なる子犬にしか見えなくね? 強いのかな?」
「あまり強そうには見えないな……。そもそも、他のテイマーだって特別すごい話を聞くわけじゃないし……」
「ばっか! レイナがいるだろ! あの子なら、俺はきっと世界最強の一角になると信じてるぜ」
「すでに超強いしな、レイナ」
「でもあの子かわいい~。触らせてくれないかしら?」
「男の子も高校生くらいかな? 両方ほしいわ……」
「「「え?」」」
当人を蚊帳の外に追いやって、なんだか賑わっている。
あまり関わり合いたくないので、彼らを無視して受付の女性に話しかける。
「あの……そろそろ探索者登録をお願いします」
「——あ、そうでした! 申し訳ありません! こちらの紙に、個人情報を記載してください。登録料は発生しませんが、もろもろ規約などはありますのでしっかりと目を通してくださいね」
「わかりました」
手渡されたのは一枚の紙。その紙面に、びっしりと文字が記されている。こういうのを見ると読む気が失せるのは、僕がだらしないからだろうか?
さっさと登録を済ませてダンジョンに潜りたい。
「はやくしろ!」と、いまだ人の胸元を前足でぺしぺし叩くポチをひと撫でして、受付の女性に借りたペンを走らせる。
ついでに、規約に関してはすべて書いてからでも遅くはないだろう。もちろん、最後の名前だけ書かずにね。
▼
まるで履歴書みたいな項目が並ぶ登録書類に、もろもろの個人情報を記入する。最後に規約に目を通して名前を書けば終わりだ。
書類を受付の女性に渡すと、軽く彼女が内容を確認し、
「…………はい。問題ありませんね。お手数をおかけしました。では、これから犬飼さんの探索者証明書を発行しますので、もうしばらくこちらでお待ちください」
受付の女性はそう言うと、僕の個人情報が載った紙を持って奥の部屋へと消えた。
離れるなと言われたので、適当にポチと遊ぼうかと視線を落とした。——その時。
ずっと遠くでこちらの様子を窺っていたほかの探索者と思われる集団が、一斉に僕の下に殺到する。
「ねぇ君! よかったらこのあと話しでもどうかな? 駆け出しの探索者だろう? いろいろと先輩が教えてあげるよ! だからテイマーに関して話を聞いてもいいかな?」
「それならお姉さんがお相手するわっ。その子を紹介してくれない? あと、一緒にパーティーを組みましょう?」
「ずるいぞ! 俺だっていろいろ聞きたいことあるのに!」
「それより先にパーティーだろパーティー! きっとテイマーと組んだら話題になるぜ! 俺も配信者デビューだ!」
「あ……いや、その……」
矢継ぎ早に繰り出される言葉の嵐。
たまらず僕は狼狽える。それを見た探索者協会の職員たちが、周りの探索者たちを迷惑行為だと言って引き剥がしてくれた。
助けてくれた彼女たちにお礼を伝え、なんとか無事に窮地を脱する。
探索者証明書とやらが発行されるまでのあいだ、おかしな人たちに囲まれずに済んだ……。
人気になるのは嬉しいけど、いきなり過ぎて流石にね……。
騒動の内容を聞いたさきほどの受付の女性が戻ってくると、彼女は苦笑しながら「本当にすみません。私のせいで……」と平謝りする。
だが僕は、
「いえいえ。すぐに発覚していたと思うので構いませんよ。証明書の発行、ありがとうございました」
とだけ言って、彼女から探索者証明書を受け取ってその場を離れる。
なおもうるさい外野たちを無視して、わんわん! と逸るポチの頭を撫でながらダンジョンの入り口へと向かった。
発行されたばかりの、探索者証明書の入った名札を入り口のそばにいる職員に見せる。
ダンジョンへの立ち入りが許可され、大きな扉を潜って地下におりた。するとそこには、不思議な空気を放つ薄暗い洞窟が広がっていた。
「…………よし、頑張ろうなポチ」
「わふっ!」
僕が不安げに呟き、ポチがやる気まんまんに答える。
いよいよ僕たちは、ダンジョンへと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます