第3話 スキル【テイム】

『スキル【テイム】を取得しました』


 それは、唐突に聞こえた無機質な音。


 直接脳に響いてきた声は、機械を通したかのような冷淡なものだった。


 僕は、思わずきょろきょろと周りを見ながら声の正体を探るが、ここは自宅。室内にいるのは僕と拾った子犬のポチだけだ。他に誰もいない。


「……テイム? それに……スキル?」


 まさか、とは思った。


 現代において、スキルと言えばアレしかない。加えて、脳に直接言葉を届けるなんて芸当、なんの装置もなしに現代科学で起こせるとは思えなかった。


 弾き出された答えが、すっかり冷えていたはずの気持ちを叩く。強く、強く、強く。再びそこへ熱を注ぐ。


 そして、僕は本能的にそれを理解した。


「【テイム】スキル……を使役するためのスキル?」


 自分が所持すると思われるスキルの詳細は、まるで始めからそれを知っていたかのように記憶に刻まれる。だから全ての覚醒者が、自らの能力を十全に活かせる。


 だが、それは即ち——目の前にいるポチがだという証明。


 視線が自然とポチのほうへ落ちる。


 こちらを見上げるつぶらな眼差しと重なり、僕はじわりと嫌な汗をかいた。


「おまえ……モンスター、だったのか?」


「わふ?」


 首を傾げるポチ。この反応を見るかぎり、ポチは自分がどういった存在なのか理解していないと思われる。


 モンスターの中には知能の高い個体もいるとは聞いていたが、まさかポチがそれに該当するとは……。


 けど、どうして外にモンスターが?


 基本的にモンスターは、ダンジョン内部にしか存在しない。原理は不明だが、モンスターはダンジョンから出てこないらしい。


 考えられるのは、ダンジョン以外の現象。


 【異界の扉ゲート】。


 ダンジョンが出現してからおよそ二年後くらいに発生しはじめた現象だ。


 突如、空間が歪みそこからモンスターが生み出される。


 ゲート内部は、ダンジョンと似た原理が適応されると考えられている。歪んだ空間はどこか別の世界と繋がっており、そこからモンスターが出てくるのではないか、と。


 不変のダンジョンと違い、ゲートはイレギュラーな要素だ。発生理由も発生頻度も不明。いきなり現れることもあれば、一年以上発生しない地域もある。


 しかし、ゲートに共通する点はダンジョンと違って【外にモンスターが出てくる】という点。


 ポチが普通にこうして現代にいるということは、やはりゲートによってこの世界に迷いこんだとしか思えない。


 問題は、ポチが人間に対して敵対心があるのかどうか、だ。


 どちらにせよ僕のスキル【テイム】は、名付け、その心を紡いだモンスターを従わせることができる。


 すでにそのスキルが発動しているとわかった以上、ポチはどう頑張っても僕には攻撃できないし、命令に従わなきゃいけない。


 そういう意味では安全だが、突発的に人を襲わないともかぎらない。モンスターとは、人間よりはるかに強く、凶暴なことで有名なのだから。




 ごくりと生唾を飲み下し、僕はあえて人の言葉で直接ポチに尋ねる。


「なあ、ポチ」


「?」


 ポチは僕を見つめながらぺろん、と舌を出す。可愛い顔だ。いますぐ撫で回したくなる。だが、グッとその気持ちを抑えて続けた。


「おまえは人間が憎いとか嫌いとか、そういう感情はあるか? あるなら事前に言ってくれよ? 怖いから」


「くぅ~ん? わふわふっ!」


 人間? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに無垢な表情で僕にすり寄るポチ。ぺろぺろと手を舐められると、さきほどまでの猜疑心はどこかへ消えた。


 ……そうだよな。こんな可愛い生き物を疑うのはよくない。他人に迷惑をかける可能性があるなら、テイムした者の責任として僕がしっかり面倒を見ればいいのだ。


 人間の子供と変わらない。親がしっかり教育すればモンスターだろうとまともな生き物になるはずだ!


 僕はグッと拳を握り締めて覚悟を決める。


 ここまで来たらポチを捨てるなんて選択肢は最初からない。普通のペットとして立派な犬になるよう頑張ろう。


 なに、これだけ可愛いのだ。きっと誰からも愛される愛犬になるだろう。


 ぐりぐりと自分の顔を押し付けてくるポチの頭を撫でながら、顔がにやけるのを止められない。


 ああ、可愛い。スキルが覚醒したことは嬉しかったが、どうやら僕はモンスターと仲良くなれるだけのスキルを得た。


 ポチがダンジョンに興味を示さないかぎりは、探索者になることはないだろう。それでも、今日、僕の人生は確実に変化した。


 これまでの寂しく哀しい日常は消え去り、ポチという新たな家族を迎え入れた第二の人生がはじまる。


 ポチを抱きあげ、「はっはっはっ」と荒い息を飛ばしてくるその小さな顔を優しく撫でる。


 そして、愛しいわが子へ告げた。




「これからよろしくな、ポチ。僕たちはもう家族だ。ずっと一緒にいようね」


 それに対してポチが、


「わんっ!」


 と元気よく答えてくれたので、その後しばらくはポチと戯れ続けるのだった。

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