第7話

 一年B組担任、アレックス・葛城は激怒していた。

 ジャニーズ事務所にスカウトまったなしの、美少年フェイスは怒りで真っ赤だ。


「おい、吉村。何回目か、わかるか?」


 言いながら、今日び小学生でも履かねえような、えげつない短パンから突き出た足を高く組みかえる。

 俺は、その足元にシュクシュクと正座して言った。


「三回……いや、二回目です、先生」

「五、回、目だ!! 五回! お前が赤点を取ったのは! なに少なく見積もっている?!」


 かっと目を見開き、葛城先生が怒鳴った。立った拍子に、回転イスがかなた後方に吹っ飛んでいく。


「すんません」

「全く、どういう勉強してるんだ。同じテストで、なぜ毎度赤点を取れる。本当に努力しているのかな」

「すんません」

「魔法学もダメ、一般教養もダメ。じゃ、何ができるって言うんだ? せめて、一般教養くらいは出来ないと、社会に出てから苦労するぞ」

「すんません」

「『すんません』はもういい! いいか、僕が欲しいのは結果なんだ! きみが来てから、B組の平均点がどれほど下がったと思ってる?」


 すんません、と反射で言いそうになり、慌てて舌を丸めた。

 葛城先生は、とにかく熱い先生で。そういう人にありがちに、説教がとにかく長かった。

 転校してからと言うもの、葛城先生には何度も呼び出されてる。もう大体、どうしたら長引くかは、俺もわかっているわけだ。

 ひとしきり怒鳴ると、先生は俺の鼻に指を突き立てた。


「あでっ」

「吉村、もっと勉強しろ。再々再々再々追試は、明日の朝だからな。次こそ合格しろ。いいな!?」

「はい」

「よし。じゃあ、また明日!」


 くるりと背を向けた先生は、椅子を取りに行った。


「失礼しました~……っと」


 俺は、そろそろと職員室を出た。

 ずっと正座してたから、足の裏がパンパンだ。

 壁に手をついて、足首を回していると、前から来た生徒達にどんっと押される。


「うおっ」

「邪魔だよ」


 ぶつかってきた生徒は、転んだ俺を馬鹿にしたように見下ろした。その胸には、赤色のネクタイが揺れている。


「おい。押さんでもいいだろ、鳶尾」

「なに、文句ある? クラスメイトって言ってもね、黒のお前と赤のボクとじゃ雲泥の差なんだからね」

「そうだ、分際を弁えろ!」


 文句を言うと、赤ネクタイ――クラスメイトの鳶尾が、せせら笑う。すかさず、周りにいた生徒が、力強く追従した。そいつらの胸には、黄色のネクタイがある。


「序列を守って、大人しくすっこんでなよ」

「へいへい」


 手を挙げて降参すると、鳶尾達は胸を反らして去っていった。その背が曲がり角に消えるのを見送って、俺は「はあああ」とため息を吐く。

 まったく、この学校はギスギスしてるったらねえぜ。




 魔法学園日本校男子高等部――というのが、俺たちの通う学校だ。

 全寮制の男子校ってのは、転入の日に知らされた。全寮制はいいとして、共学じゃねえのはどういうことだと思ったね。

 おじさんが言うには、「勉強に集中するためですよ」ってことらしいけど。そのおじさんは、父さんとここで出会ったらしいから、何とも言えねえよな。


 学園には、電話一つで入れたと思ってた俺だけど。

 実は、転入の前にちょっとした試験があった。

 試験自体は、なんかでっかい水晶玉の前に立つだけで、すげぇ簡単だったんだけど。

 そのとき、魔法使いの「序列」ってやつをつけられたんだ。

 序列ってやつは、「紫・青・赤・黄・白・黒」って色で分けられててさ。紫が最高で、黒が最低ってことになってる。

 俺は、最低ランクの黒ってわけ。いやあ、世の中せちがらいよな。

 生徒は、自分の序列にあったネクタイをつけてるから、上位下位は一目瞭然なんだ。さっきの鳶尾は赤で、結構えばってるんだな。

 学園の名誉のために言っとくと、あいつが言ってた「序列を守って大人しく」なんて、そんな校則はない。

 ただ、生徒のなかで暗黙の了解になってるみてえ。転入してから、あーいうことは日常茶飯事だ。



「わっ、生徒会の皆さまだよ!」

「えっ、マジ?」


 ふいに、廊下で誰かが歓声を上げた。

 どやどやと生徒が集まってきて、たちまち廊下がいっぱいになる。

 みんな、窓から身を乗り出して、下をのぞき込んでいた。どうやら、校庭を「生徒会」が歩いているらしい。

 俺も、ぎゅう詰めの廊下を押しつぶされそうになりながら、窓際に移動した。俺のDF力を持ってすれば、人垣突破は造作もないのだ。

 人の頭の隙間から首を出すと、六人の生徒の姿がわずかに見える。

 そのいずれも、すげえ美形で、アイドルみてえなオーラを放っていた。その胸元には揃って、紫のネクタイがある。

 が、俺は、その一番後ろを歩く、亜麻色の頭に注目した。


「イノリ」


 イノリは、眠そうに目を伏せて、他のメンツの後ろをふらふら歩いていた。

 その胸にも、もちろん紫のネクタイが揺れていたのだった。



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