第5話

「魔法学園?」


 あまりにファンタジーな言葉に、俺は首を傾げた。

 おじさんは、父さんのイクラに醤油をかけてやりながら、頷いた。


「はい。魔法使いは、二十歳までに魔法の存在を知ると、魔法を学び修めないといけない決まりになっているんです。時生くんも、これからは魔法の勉強をしないといけません」

「えっ、マジで?」


 魔法使いって、この俺が? 生まれてこの方、魔法なんて使えたことがないんだが。

 俺の疑問に、父さんがのほほんと答える。


「あ、それは大丈夫。魔法で生まれた子供は、絶対に魔法使いになるんだよ。だから、時生も魔法が使えると思う」

「ほー、そういうもんなん?」

「祈くんは、小学生から勉強してるけどね。まあ、二十歳から始める人もいるから、時生もすごく遅いってことないと思うわよ」

「ふうん」


 母ちゃんの言葉に、相槌を打つ。

 そういやイノリは、魔法が使えるんだったっけ。

 隣で、アナゴを細切れにしているイノリを見てから、ふと気付く。


「え、でもおかしくね? イノリと俺、ずっと同じ学校なんだけど。お前、どうやって勉強してたんだよ」

「あー、俺ね、通信教育受けてたんだぁ」

「通信教育ぅ?!」


 なんだそりゃ。魔法って、そんなユーキャンみてえな感じなの?

 あんぐりと開いた口に、イノリが「トキちゃん、あーん」とアナゴを入れてくる。流れで咀嚼すると、甘くてうまい。

 おじさんは、顎に手を当てて「うーん」と唸っている。


「そういう方法もありますが……ぼくとしては、学園に行くのをお勧めします。そのほうが学びやすいですし、安全ですからね。祈くんも、そこまで魔法を修めるには、かなり大変だったと思いますよ」

「んん、別に……」


 イノリは、おじさんの言葉に困ったように眉を下げた。すると、ビールを飲んでいたおばさんが、けらけら笑いながら言う。


「そいつねえ。むかし転校させようとしたら、『時生と離れたくない~』って泣いて暴れてさあ。だから、仕方なく家にいさせてるのよ。ほんと、馬鹿よね――ぶっ!」


 パーン! と急にビールが噴きあがり、おばさんの顔にぶっかかる。

 イノリが手をかざしながら、おばさんを睨みつけていた。

 おばさんは缶を握りつぶして、勢いよく立ち上がった。


「あんたねえ! 親に向かって、いい加減にしなさいよっ?!」

「うるさいなあ! 余計なことばっか言うなよ!」

「まあまあまあ、二人とも落ち着いて!」


 言い合う二人に、母ちゃんがあわあわとタオルを持って割って入る。

 俺も、イノリの腕を引いて座らせた。荒い息をつくイノリの背を叩きながら、気になったことを尋ねる。


「イノリ、お前。俺と同じ学校通うために、頑張ってくれてたのか?」

「う……っ」


 イノリの顔が、ぼぼぼと火が付いたように赤くなる。色が白いから、変化が顕著だ。リトマス紙でも、こんななんねえだろってくらい。

 イノリは、俺の視線から逃れるように顔をふいっと背ける。


「だって、俺、トキちゃんと一緒がいいんだもん。遠足とか、修学旅行とか、バス旅行とか、色々ぜんぶっ」

「旅行ばっかかよ」


 言いつつ、俺はかなり感動していた。

 テストも生活態度もゆるゆるなこいつが、俺といるためにそんな努力をしてくれていたとは。

 うずうずする気持ちのまま、イノリの頭をガバリと胸に抱え込む。


「うわあっ!」

「く~、お前って、マジでいい奴だなあ!」

「や、やめてよ~!」


 頭を犬のように撫で繰り回すと、イノリはわたわたと暴れた。なんだよ、俺がいないと嫌だとか、可愛いじゃねえか。

 上機嫌で友情を分かち合っている俺に、父さんが生温かい目で言う。


「こらこら時生。青少年をそんなにいじめちゃあ、かわいそうだぞ」


 いじめるとか、よくわからんことを言うなと思ったが、見ればイノリは火の玉みたいになっていた。もう秋だが、暑苦しかったのかもしれん。


「話を戻すけどさ。時生、俺も亜世ちゃんに賛成だよ。生半可にしないで、きちんと学んだ方が後々ためになるからね。そりゃ、高校変わるのは嫌かもしれないけど」


 父さんが、急に親らしい顔になって言った。

 おばさんも、しかめっ面でその意見に続く。


「勇二の言う通りよ。だから、イノリの馬鹿にも再三行けって言ってるのに」

「うーん……でもなあ」


 大人の意見を聞き、俺はちょっと考える。

 確かに、アホの俺が、学校も行かずに勉強できるかって言うとあやしいが……。

 と、赤面から立ち直ったイノリが、俺の袖を引く。


「トキちゃん、学校行きたい?」

「へ?」

「いいよ。トキちゃん行くなら、俺も行く」

「はあ?!」


 おばさんが、くわっと目を剥いた。


「えっ、お前、それでいいの?」

「うん、いいよー」


 イノリは、ニコニコしながらあっさり頷いた。

 その背後で、おばさんが「あんた、勝手すぎるわよ!」と怒鳴り、母ちゃんが押しとどめている。

 おじさんが、苦笑しながら手を上げてまとめた。


「では、そういうことで。明日から転校手続きをしましょうね」



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