第14話 そのブラ、可愛いですね

「「「いただきます」」」


 帰宅した詩織を含めた三人で手を合わせると、俺の隣に座っていた芹沢さんはスプーンを手にしてカレーを一口。


「ん~、美味しっ」

「そいつは何よりだ」

「ひょっとして、数種類のスパイスを~とかマニアックな事してる?」

「さっきまで一緒に学園にいたろ。そんな時間ないっての。今日はお手軽な市販品だ」


 人参やジャガイモ、玉ねぎに肉を煮て、ルーを溶かしただけである。


「その言い方だと、スパイスから作る事もあるの?」

「時間がある時はな」

「ほんと、アンタの女子力はどーなってんのよ」


 料理はリフレッシュタイムでもあるからな。手間が掛かる程いいんです。


「お兄ちゃんの本気カレーは絶品ですよ、お姉ちゃん」

「このカレーでも十分美味しいけど」

「そうですけど、十倍は美味しいです」

「それは食べない訳にはいかないわね」

「はいっ。また食べに来てください! 作るのはお兄ちゃんですけど」

「ふふっ」「えへっ」


 二人がいつの間にか仲良くなっている件についてはいい。

 イケメンがイケメンとつるむように、可愛い子は可愛い子と群れを成すもんだ。

 だが、しかし。


「……お姉ちゃん、とは」


 詩織は芹沢さんの事をそう呼んだのだ。それはちょっと話が違うやろ?


「あたし、ずっと妹が欲しかったのよ」

「だからって、人の妹を勝手に妹にすんな」

「私もお姉ちゃんが欲しかったので」


 それは初耳だ。

 ……お兄ちゃんだけじゃ満足できないの? ぴえんっ。


「双方の利害が一致したのよ」

「「ねー」」


 完璧なシンクロである。

 女子特有の結託の前には為す術などない。俺は大人しくサラダを頬張る。


「あ、すっかり忘れてた」

「何をよ?」

「昨日、福神漬けを作ってあったんだ」

「福神漬けって作れるの?」


 あれ、何か前にもこんなやり取りがあったような。




 食事を終えて一休みすると、詩織に暫定の「将来の夢」を披露した。


「「どう?」」


 兄と姉は揃って妹に意見を求める。


「とっても面白かったです」

「「どこが?」」

「そうですね、全体的に面白かったですけど……強いて言うなら」


 詩織が挙げたのは、将来の夢である先生役の芹沢さんと、生徒役である俺の、ネタ序盤の掛け合いだった。


笑顔「えー、じゃあこの問題を……。今日は十二月だから、出席番号十二番、桜井」

伊織「はい、この場合は……って、今月いっぱい俺じゃねぇか!」

  「もっとバランスよく分散しろよ!」


「ツッコミがあってからボケの意味を理解して「おぉ」ってなりました」

「だろ! いい掛け合いだよな!」


 俺が考えた部分を褒めてもらい鼻が高い。


「逆に、分からなかったところとか、寒かったところあった?」

「……えと、特になかったと思いますけど」

「ここを直したらいいんじゃない? みたいなのは?」

「ごめんなさい、思い付かないです」


 詩織からヒントを得るのは難しそうだな。


「ありがとな、詩織」「ありがとね、詩織ちゃん」

「いえ、ちゃんとしたアドバイス? ができなくてごめんなさい」


 申し訳なさそうにそう言うと、詩織は壁掛け時計を一瞥。


「私、お風呂の準備してきますね」


 風呂場へと向かう詩織の背中を見送ると、


「礼儀正しいし、素直だし……おまけに可愛い。本当に妹にしちゃいたい」


 詩織という女の子を知れば、大多数の人がそう思うだろう。

 根っからの妹属性なんだよなぁ。

 ……裏モードさえなければ完璧な妹だったねぇ。


「せっかくだし、詩織ちゃんと一緒に入ろっかな」

「トイレに?」

「そうそう。お互いにしてるトコを採点し合うのよね。お、いい勢い! でも角度が微妙だからBランク! ……ってなんでよっ!」

「ははっ、ノリツッコミだ」

「下品な事言わせないでくれるっ!?」


 芹沢さんはご立腹の様子だ。

 ……言いたくないなら受け流せばいいのに。お笑い脳が許さないんだろうか。


「お風呂に決まってるでしょーが」

「女の子ってさ、何で一緒に入りたがるの?」

「……何でだろ」


 少女祈祷中。


「逆に、どうして男子は一緒にトイレに行きたがるの?」

「……何でだろ」

「「うーん」」


 もし俺か芹沢さんがギターを弾けたら、赤と青のジャージに着替えて歌い出したいくらいだ。あ、知らない? 何でだろ~何でだろ~ってネタ。

 一時期、小学生は毎日踊ってたらしいよ。


「……二人揃って、考え事ですか?」責務を果たした詩織が言う。

「「何でだと思う?」」

「せめて主語はください……」




 女性陣がお風呂に行ってしまったので、俺は食器洗いを始めたが。


「……トイレ」


 尿意を感じた俺は、タオルで手を拭いてトイレに向かう。


「そのブラ、可愛いですね」

「……おん?」


 脱衣所から、声が漏れ聞こえてきた。

 ドアが都合良くちょっとだけ空いていて……なんて漫画のお約束展開はないけど。


「肩紐の所までリボン付いてるんですね」

「そこが気に入って買ったの」

「お姉ちゃん、下着ってどこで買ってるんですか?」


 自然と俺の足は止まっていた。


「特に決めてないわよ。可愛いのがあったら買うって感じね」

「……それにしても、お姉ちゃん」

「な、何よそんなに見て」

「お、大っきいですね」

「まぁ、それなりには」

「……何カップなんですか?」

「今はFとGを行ったり来たりね」

「それがそれなりなら、私の胸は……」


 ちなみに、詩織はCカップだ。

 ……違うからな? 洗濯してる時に見えてしまうだけだからな?

 俺は変態じゃない。もし仮に変態だとしても、変態という名の紳士だ。


「普通に谷間できてるじゃない、十分よ」

「どうしてそんなに細いのに胸が大きいんですか」

「……遺伝?」

「ガチャ成功してますね」


 俺と同じ発想とは、流石兄妹である。


「触ってみてもいいですか」

「まぁ、慣れてるからいいけど」

「し、失礼しますね」

「ちょっ! 触り方えっちじゃないっ!?」

「ブラの上からでもこの柔らかさ……罪です!」

「た、タイムッ! タイムッ!」

「ダメです! 今、胸を吸収していますので!」

「んあっ……」

「へ、変な声出さないでくださいっ」

「変なとこ触るからでしょ!」

「こ、こういう感じがいいんですかっ?」

「もー! いい加減にしなさ、いっ!」

「きゃっ」

「なるほどー、こういう感じね」

「お、お姉ちゃんっ!?」

「こうでしょ?」

「そ、それっ、ダメですっ」

「……な、何かに目覚めてしまいそうだわっ」


 ……ふぅ。

 俺は諸事情によって用を足す事ができなくなったので、キッチンに引き返した。

 まったく、声だけってのも悪くないぜ。






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