第13話 初めてのお泊り 

 一回戦の動画を投稿してから、早くも三日が経過していた。

 今日は、結果……準決勝進出コンビの発表日である。


「あー、緊張する」


 時刻は午後四時五十五分。

 あと五分で学園のサイトが更新され……結果が分かるのだ。

 空き教室の窓際を右往左往していると、銀髪少女が椅子を引いた。


「座りなさい」

「落ち着かないんだよ」

「絶対突破できてるから」

「……できてなかったら?」

「百円」

「金かよ」

「あたしが貰う」

「俺が払うのかよ!」


 まさになんでやねん、である。

 ……ま、もう結果は決まってるし、日和ってても意味はないか。

 言われた通りに座り、スマホを机に置いた。


「……ふぅ」

「何だよ、芹沢さんだって緊張してるじゃん」

「う、うるさいわね」

「……信じよう」

「そーね」


 それからは何となくお互い黙り、短針が「5」を示すのを待った。


「……五時になったぞ」

「えぇ」

「俺、自分のタイミングで見るから、それまで言うなよ?」

「あたしも同じ事を言おうとしてたわ」


 結果は早く知りたいけど、怖い。

 そんな心理状態だったので、ショートカットを使わずに一から検索をして、ゆっくりとページを進んでいく。


「絶対、言わないでよね」

「言わないって。そっちこそ、まじで言うなよ」


 頷き合い、視線をスマホに戻す。

 夢咲学園漫才科のトップページまで来ると「一次審査、結果発表のお知らせ」の文字を見つけた。

 チラ、と視線を芹沢さんに戻す。

 まだお目当てのページを開いた感じは、ない。

 ……行くか。

 俺の小指がスマホの画面に触れるか触れないか。

 そんなタイミングでガラリ、と教室のドアが開く音。


「うん?」


 姿を見せたのは、見慣れない女子生徒二人組。

 科章を見ると……共に漫才科だ。


「あっちゃー。この教室も先約ありかぁ」

「他のとこ探そ」


 そんな会話を交わすと、二人組は一度ドアを閉めたのだが……すぐにオープン。


「そだ、笑顔ちゃん」

「何よ?」

「一次突破おめでと。わたし達も突破したから準決で会いましょ」



『『言うなよ! ( ゚Д゚)』』




 結果を待つ三日間の間に、準決勝の準備は進めていた、けど。


「うーん」


 ルーズリーフを片手に、少女はもう三十分以上唸り続けている。

 新ネタ「将来の夢」は俺的には完成なのだが、芹沢さんのOKが出ないのだ。


「ダメ、いい案が出ない」


 芹沢さん曰く、

 準決勝からは厳しい戦いになるらしく、このままだと怪しい、との事だ。


「何かこう、しっくりこないのよねぇ」

「とりあえず、今日は解散しようぜ」


 もういい時刻だ。

 明日は平日だけど創立記念日で休みだし、まだ時間はあるだろう。


「そうね」

「家でも考えてみるよ」

「……あたしも」




 ——ピンポーン。


 帰宅して詩織の帰りを待っていると、チャイムが鳴った。


「こんな時間に誰だ? 詩織、通販でもしたのかな」


 疑問を抱きながら玄関に向かい、ガチャリ、とドアを開ける。


「来ちゃった☆」


 ——ガチャン。


「ちょっと、なんで閉めるのよっ!」

「分からん……反射的に?」

「開けて!」

「……いいけどさ」


 ドアを開くと、夜でも目を引く銀髪少女が遺憾の意を示している。


「何故閉めたし」

「……こんな時間にどーした?」

「泊まりに来たんだけど」

「……ごめん、どういう事っすか?」


 そう聞くと、けろっとした顔で。


「アンタの家で寝るって事よ」

「そういう事じゃねぇ!」

「うるさいわねぇ。近所迷惑でしょ」

「うお、ちょっと待てやコラ」


 俺の脇をすり抜けると、秒で脱いだ革靴を揃えてスリッパに。


「ちょっと待てって」


 リビングへと進行した敵国兵の背中を追う。


「泊まるって……なんで?」

「ネタの完成度を上げたいから」

「あー、なるほど……ってならないけど。明日、いつもの教室でやればいいだろ」

「違う場所だったり、時間だったり。そんな変化で結果は変わるものよ」


 一理ある……のだが、はいオッケーと門を開く訳にはいかない。


「女の子が同級生の男の家に泊まるとかないだろ」

「それには同意するわ」

「するんかい」

「解釈を変えたのよ」


 清々しいまでのドヤ顔で、人差し指を突き立てる。


「ここはアンタの家だけど、妹ちゃんの家でもある」

「俺じゃなく、詩織の家に泊まりに来た?」

「そ。だから問題なし」

「それを人は屁理屈と言う」

「屁理屈も立派な理屈よ」

「立派じゃねぇだろ。頭に「屁」って付いてんじゃねぇか」


 本当の意味は知らないけど、屁みたいな理屈って事ちゃうんか。


「解釈の違いね」

「カイシャクカイシャクうるせぇな。江戸時代か」

「お、解釈と介錯を掛けたのね。上手じゃないの」

「うん、俺も思った」

「でも、介錯って言葉でピンとこない人もいるだろうからボツね」


 介錯の意味が分からない? 先生に聞いてくれ。五秒で教えてくれるから。

 芹沢さんはキッチンを覗き、


「今晩はカレーよね? あたしの分、ある?」

「そりゃ、明日もカレーだからな……あるけど」

「ご馳走様です」

「待て、まだ泊まっていいとは一言も言ってないぞ」

「大丈夫よ。そもそも、何も起こらないから」

「そんなん、分からないだろ?」

「本当に分からない?」

「……いや、まぁ……分かる」


 俺は「あの状況」になっても手を出さなかった男だ。

 芹沢さんが今晩泊まったとしても……何も起こらないだろう。


「ね、鞄どこ置いたらいいの?」

「……ソファの脇に」

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