第11話 好きになる気持ち、ちょっと分かるかも

 俺の生活はほぼ漫才に支配されていた。

 昼や放課後は勿論、授業中にもネタを考え、帰宅してからはお笑いの動画を見漁った。


 そうして迎えた土曜日。

 ついに「コンビニ」ネタが完成した。


「まぁ、こんなとこかしらね」

「なんというか、達成感があるな」


 気分的には賞に応募する原稿を終えた時と似ていた。

 空き教室の中央で大きく伸びると、正面に座っている芹沢さんはボソり。


「……完璧とは思えないけど」

「そう? 俺は面白いと思うけど?」

「面白いとは思うわよ。でも、普通すぎるのよね、このネタ」

「それは、まぁ」


 前に芹沢さんが言っていた「オリジナリティ」や「新しいフレーズ」が欠落しているのは明らかだ。


「もう少し考えてみる?」

「……それは今後の課題として、通しに入りましょ」

「了解」


 一回戦の審査は、ネタ動画を学園の特設サイトに投稿する事で完了するが、その期限は明日。納得はしていないが、今回は妥協する、という事だろう。


「もう、暗記はできてるわよね?」

「大丈夫」


 何回も目を通したネタだ。問題はないだろう。

 芹沢さんは机にスマホをセットすると、画角を調整し、俺を手招く。


「それじゃ、試しに一回やってみましょ」

「よ、よろしくお願いします」




 まぁ、何とかなるだろう。

 そう思っていた頃の自分を殴ってやりたい。

 結論から言えば、完璧に仕事をこなす芹沢さんとは対照的に……俺はダメダメだった。

 暗記は完璧なのだが、それと上手に喋れるかは別問題。

 テンポは悪いし、噛み噛みだし……最悪だ。

 カンペなしだとこんなに難しいのかよ。


「もっと自信持ってやんなさいよ」

「お、おう」

「普段、あたしにツッコむような感じで」

「やってるつもりなんだけどなぁ」

「ま、そのうち慣れるわよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ」

「練習、するしかないな」

「そーなるわね」


 ……二度目、三度目と通し稽古をしていくと。

 芹沢さんの言う通り、少しずつマシになっていった。


「大分良くなったじゃない」

「もう一回、やってもいいか?」

「……やる気があってヨシ! と言いたいところだけど」

「だけど?」

「お腹空いちゃった。お昼、食べに行きましょ」

「あぁ、昼飯なら作って来たぞ」


 俺は机に掛けてあった鞄から、一人分にしては大きな包みを取り出す。

 包んだ時と同様に苦戦しながらそれを解くと、ピクニック用のバスケットが登場。


「サンドウィッチ好きって言ってたから作ってみた」

「……妹ちゃんじゃないけど」

「うん?」

「ほぼ片手しか使えないのに料理って危なくないの?」

「大丈夫だって。普通にできてるし、左手君の練習も兼ねてるからさ」

「……そう」

「座るべし」

「了解」


 蓋を開けると、お手製のBLTサンドがお目見えだ。

 ちょっと心配だったけど、崩れてなくて良かったぜ。


「ほい、おしぼり」

「ありがとう」

「さぁ、食ってくれい」

「いただきます」


 両手を拭いてからガブり、とサンドに齧り付いた芹沢さんは。


「なにこれ美味ッ!」

「そうだろう。自家製マヨが味の決め手だ」

「マヨネーズって作れるの?」

「簡単に作れるよ。卵黄と油と、塩と酢があればね」

「はぇ~」

「酸味をちょっと押さえたくてさ、リンゴ酢を使うのが俺流」

「……アンタの女子力、どうなってんのよ」


 もう一度、ガブり。


「本当に美味しいわね、これ。お店レベルじゃないの」

「コンビニ越え?」

「楽勝に勝ってるわよ」

「そかそか」


 さらに鞄を漁り、タンブラーをふたつ、机に並べる。


「好みが分からなかったから、コーヒーと紅茶、両方用意してみた。どっちがいい?」

「アンタは?」

「俺はどっちでもいいよ」

「じゃあ、紅茶もらっていい?」

「おっけぇ。これ、保温機能高いから熱いぞ。気を付けてな」

「うん、ありがと」

「砂糖とミルクもあるけど、どうする?」

「両方、かな」

「ほいほい」

「…………アンタ、家でもこんな感じなの?」

「どういう事?」

「妹ちゃんにもこんな感じなの?」


 どうしてここで詩織の名前が出てくるのか分からないけど。


「まぁ、そうだな」

「……なるほどねぇ」


 何やら納得されていますが、一体……?


「何の話してるんだよ」

「……ってか、アンタも食べなさいよ」


 分かりやすく誤魔化された。ま、いっか。

 俺は促されるまま、大きく一口。うん、まずまずの出来栄えだ。


「紅茶もいただきます」

「どーぞどーぞ」


 タンブラーの蓋を開けると、即席のミルクティーを完成させる。

 芹沢さんは両手でそれを持ち、口元へ。


「ふー。ふー」


 紅茶の香りが広がるが。

 芹沢さんの「ふーふー口」……アヒル口の前では嗅覚は仕事を放棄。

 視覚情報だけが脳に送られてくる。

 紅茶を冷ます、という目的があるためにあざとさは少しもなく。

 ……いつもバカみたいな表現で申し訳ないが、アホみたいな可愛さである。


「ふー。美味しっ」


 ほっこりした顔も、それはもうかわゆい。

 登場キャラが女の子ばっかりの四コマ漫画雑誌を読んだ時のような感覚だ。


「な、何よ? そんなに見て」

「……いや、茶葉の好みとか大丈夫かな、と」

「好みとか気にして飲んだ事ないわよ」

「そ、そうだよね」


 俺はアチアチのコーヒーを啜る。

 口腔内を満たす苦みが、心を落ち着けてくれたような気がした。







●ご連絡

読んでいただいてありがとうございます。

一日のPVが50を超えて喜んでおります。


本作もほぼ折り返し地点です。

ゆっくり進行ですが、ちゃんと一山あって完結するので、

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