第9話 妹はアイドル科

 お昼休みと放課後は空き教室に集まる。

 特に約束を交わす事はなかったが、俺達は自然とそうしていた。


「いや、それは寒いって!」

「そう? 全然ウケると思うけど?」

「そうかなぁ」

「そうよ」

「うーむ」


 放課後。

 いつの間にか一回戦用のネタに正式採用された「コンビニ」についての議論を交わしていたのだが。


「あ、もうこんな時間か」

「何よ、予定でもあるの?」

「俺、妹がいるって話したよな?」

「聞いたけど?」

「妹……詩織はアイドル科なんだけどさ、今日は応援に行かないと!」

「……へ?」




 アイドル科主催の「握手会」会場である第三体育館に辿り着いた。

 芹沢さんは「アンタの妹、見てみたい」なんて言って付いて来た訳だが。


「先に言っとくけど、詩織は義理とかじゃなくてガチの妹だからな」

「……?」

「よく言われるんだよ。本当に兄妹なのかって」


 顔面偏差値が違いすぎるためによーーく聞かれるんだ。

 ……あめとーーく、みたいに言うな、ボケェ。


「とりあえず行きましょ?」

「はいはい」


 正面口にやって来ると「受付」の腕章を付けたお兄さんと対峙する。


「こんにちは」と俺。

「こんにちは。何枚ですか?」

「二枚でお願いします」

「では、千円ですね」

「ちょっ! お金掛かるのっ!?」

「アイドル科は色々と大がかりだからな」


 スタンドマイクさえあれば成り立つ漫才と違い、アイドルの活動にはそれはもう膨大な設備や人力が必要になる。その資金調達の一部がこの握手会なのだ。

 アイドルは元気と夢をくれるけど、お金というガソリンが必要なのである。


「一人五百円だよ」

「わ、わかったわよ」


 渋々、といった感じで猫耳の付いた長財布を手にするが、


「三百円しかない」

「小学生か」

「……奢って?」

「何でだよ」

「足りないんだからしょうがないでしょ?」

「……いいけどさ」


 俺は千円札を放出すると、見返りに二枚の握手券をゲット。


「マナーを守って、楽しんでくださいね」


 どこか圧を感じる笑みだ。


「承知してますよ」


 いざ、ログイン。

 バスケットコートどころか、サッカーコート数個分の広い会場のあちこちでは、アイドル科の子達が愛想良く笑顔を振り撒き、テーブル越しの大きなお兄さんは列をなして推しとの邂逅を今か今かと待ち侘びている。


「な、何なの、この熱気」

「すぐ慣れるよ。あ、あの凄い列作ってる子、見てみ」


 アイドル科の現エース。

 顔も可愛けりゃ、歌もダンスも上手いと評判だ。


「あたし並みに可愛いわね」

「……すげぇ自信だなぁ、おい」

「この券があれば握手できるのよね?」

「そうだけど?」

「……でも、待ち時間長そうだし、向こうの暇そうな子にしよっかな?」


 颯爽と駆け出した芹沢さんを制する。


「待て待て」

「なによぅ!」

「あのな、一枚しか買ってないんだぞ?」

「……ちょっと待って? まさか、一回握手するのに一枚?」

「そうです」

「圧倒的ボッタクリ!」


 高いと思うか、安いと思うかは貴方次第です。

 Vだったら、握手どころかコメントを読み上げてくれるかもわからんし?

 ……そもそも、俺の金なんだけど。その件についてどうお考えでしょうか。


「……アンタの妹んとこ、行きましょ」


 受付でもらった案内冊子を見て、妹のブースを確認すると歩き出す。

 活気溢れる会場を進む事数分、妹の名前を発見。

 列は……それなりに長い。兄として、ホッと胸を撫で下ろす。


「これに並ぶの?」

「話してればすぐだよ」

「……ネタの話でもしましょうか」


 あぁでもない、こうでもないと話していると、いよいよ俺達の番になった。


「お待たせしてしま……って、お兄ちゃん!」

「応援に来たぞ」

「いつもありがとうございますっ」

「疲れてない? 平気?」

「へっちゃらです! アイドルは元気が命ですからっ!」


 太陽みたいに微笑むのは、実妹の桜井詩織。

 やや高めの位置で艶のある黒髪をふたつに結うのは、俺がプレゼントした赤いリボンだ。

 小動物のような愛くるしい顔は、改めて凝視しても俺と血が繋がっているとは到底思えない。


「衣装、いいじゃん」

「似合ってますか?」

「うん、今日見た子の中で十二番目くらいに」

「お兄ちゃん、意地悪です」

「あはは」


 衣装である、ワンピースタイプのセーラー服は、それはもうよく似合っているけど。

 ……照れるじゃん?


「ほい、握手券」

「一番になれるように、頑張りますっ!」


 やや熱を帯びた、自分より二回り小さな手を握り締める。(右手は添えるだけ)


「今日の晩飯、何がいい?」

「……あまり、無理はしないでくださいね」

「大丈夫だよ、普通に左手で包丁握れてるだろ?」

「……はい」

「で、晩飯は?」

「じゃあ、ファミチキで」

「作らせろよ!」

「えへっ」


 必要以上に会話を引き延ばすのはルール違反なので、芹沢さんにバトンタッチ。


「えっと、お兄ちゃんのお友達ですか?」

「相方よ」

「噂の相方さんですかっ」


 俺が入院している時、詩織はアイドル科の合宿だったので二人はこれが初対面だ。


「漫才科の方とお話するのは初めてです」

「芹沢笑顔よ。よろしくね」

「桜井詩織です。兄ともども、よろしくお願いします」


 詩織は握手券を受け取ると、


「……失礼でしたらお答えいただかなくても大丈夫なのですが」

「何よ?」

「純粋な日本人ではありませんよね?」

「ハーフだけど?」

「どちらのお国なんですか?」


 言われてみれば、俺も聞いてなかったな。

 今時ハーフやクォーターなんて珍しくもないし。


「どこだと思う?」

「そう、ですね。北欧、でしょうか」

「ぶっぶー!」

「外してしまいましたか」

「答え、知りたい?」

「えぇ、是非」

「あたしは、綺麗と可愛いのハーフよ!」

「やかましいわっ!」


 ツッコミ不可避である。

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