第3話 対抗魔術


 大臣が、財務省パトリスに問う。

「仮に、だ。

 あくまで仮にだが、人民の家々と魔素に寄る術式施設のすべてを地下深くに移動させれば、天からの大岩による被害を受けぬままに王国が生き延びることは可能か?」

「いよいよとなれば、それも考慮しなければでしょうが、大岩が落ち続ける中で永遠に生きられるのかとなれば、食糧生産もままならず、不可能なことかと……」

 パトリスの口調は、歯切れが悪い。

 大臣の問いは無茶である。大臣自身もそれはわかっているはずだ。

 そのあとの玉座の間は、静まり返った。


 その沈黙を大将軍フィリベールが破った。

「そもそもですが……。

 こちらが地下に逃れ得たとしても、相手の目的にこちらとの交渉がある以上、逃げの一手のみでは躱しきれますまい。どこかで一度、顔を合わさねば済まぬと愚考いたします」

 フィリベールの言う通りなのだが、その交渉も相手側が面倒と判断すれば、仔細構わず鏖殺に転じると王は予想している。大臣の言を、その結果を遅らせるため、なりふり構わず逃げるための案と王は理解している。だが、そもそも検討の俎上に乗らなかった。


 予想できていた結果だからといっても、選択肢が減るのは当然のように良い気分ではない。

「大将軍フィリベール、王国は十分な軍資を出せぬようだ。

 無理を承知で言う。

 その上で、天に住まう何者かと戦い、大岩の落下を止めることは可能か?」

「軍の力では無理でございます」

 王の問いに、なに一つ言い繕わずにフィリベールは言い切った。

 大将軍の職にある者として、責任放棄と取られても仕方ないほどの明快さだった。


 続けて大将軍フィリベールは、天から降る大岩に対し、軍の力ではどうにもならないことを説明する。

 翼竜ワイバーンをもってしても、重武装兵2名を積むのが限界。1000頭をもってしても、天の大岩ほどの重さのものを止めることは能わず、と。

 そして、天変地異にも相当する事態に対して、軍は無力なのだと付け加えた。地震の後の復興に尽力できても、地震そのものの発生は止められず、と。


 そして、次のように続けた。

「このような場合、小手先の戦術ではなく、戦略の力が必要となりましょう。

 なお、魔素の力によって、極限でなにができるかはわかり申さず。

 魔法省のフォスティーヌ殿の明らかにするところによって、戦略も変わりましょう」

 と。


 春の明るい日差しが、玉座の間に射している。

 窓の矩形に切り取られた陽光は、今もゆっくりとその位置をずらしている。

 その長閑のどかさと話の深刻さとの落差が、王には悪夢に思えてきていた。

 だが、非情な現実は、重く伸し掛かり、逃避を許さない。

「魔法省フォスティーヌ。

 許す。そちの思うところを述べよ」

 再び王が問う。


 フォスティーヌは、ローブに包まれた腕を胸の前で交差させた。

「我が王よ。

 それは、この場では話せませぬ」

「魔法省の秘術を、公の場では明かせぬと申すか?」

「御意」

 王は右手で、自分の顎のあたりを撫でた。思案に迷ったのである。


 初老の王の顎鬚は、去年あたりから白いものが混じるようになった。

 とは言え、王は老いによる体力の衰えは微塵も感じてはいない。この事態、10年後でなくてよかったと王は思う。そして、10年前でなくてよかった。

 今のゼルンバス王国は盤石である。王国とは、王である人間の状況によってその盛衰は決まる。


 その王が考えるに、フォスティーヌの言うことは正しい。

 魔法省の秘術があり、それを王家が独占しているからこそ諸侯は反乱を起こさない。

 天からの大岩を防ぐのになりふり構ってはいられないが、防げたとしたら即時に戻ってくるのが日常である。それを内乱で乱すわけにはいかぬ。


「では、魔法省の秘術は話さなくてよい。

 だが、東の隣国のアニバールの魔術師どもであれば、どのような手を打つと予想できるか?」

 フォスティーヌは軽く膝を折って、王に了承の意を伝える。


 内心でフォスティーヌは、王の問いに救いを感じていた。

 表には出ない細かい小競り合いの中で、彼我の魔法の術の差は知り尽くしている。同時に、アニバールの魔術師にできることが、最大の国力を誇るゼルンバス王国の魔術師にできぬわけがない。

 そしてそれらのうちの、こちらに一日の長がある極秘の術だけは、王の言葉によりこの場で話さなくて済むのだ。


「まずは魔法の術の素となる魔素を、吸集・反射炉より大量に打ち上げ、天よりの大岩にぶつけるというのが最も直截的な方法となりましょう。使う魔素も、膨大なものになりまする。なんせ魔素は軽き物にて、大岩を動かすだけの重さに相当する量は王国の1年分にも匹敵しましょう。ゆえにこれは現実的ではございませぬ。

 次は、魔素を使い、物を送る召喚・派遣魔術の応用となりましょうか。

 ただし、魔素の吸集・反射炉内の祭壇より大きなものは召喚・派遣できぬゆえ、天の大岩そのものを動かすことは叶いませぬ。

 とはいえ、岩一つを派遣し、天の大岩の進む道に置けば、その進む向きを変えることは簡単かと。

 これであれば、使う魔素は膨大とは言え術のうちのこと。王国の全体消費の数日分程度で済みましょう。

 先ほどの話の中で、魔法省として想定していたのはこの方法にございます」

 ここでフォスティーヌは、言葉を切った。


 だが、玉座の間は静まり返ったままだ。

 もう一声上げねば、諸侯含め誰も納得しないということなのだろう。

「さらに、もう一つ方法がございます。

 ですが、これはこのゼルンバス王国の王室のみ可能な術であり、その具体的術式はこの場では話せませぬ。

 ただ、魔素の量は王国の数日分程度であることは変わりませぬが、さらに確実に大岩の向きを変えることが可能と、これだけはお話しできまする」

 これで、ようやく場の空気が僅かに緩んだ。


 王が口を開く。

「……なるほど、フォスティーヌ。

 魔法省としては、各国は自国の魔素の吸集・反射炉内を使用し、召喚・派遣術の応用によって撃退すると申すのだな」

「御意」


 ここで王は、再びその右手を自分の顎の下に伸ばした。

 先ほど、大将軍フィリベールがあえて言葉にした、「防がぬ方が良いのかもしれませぬな」という選択、それをも今、考えねばならぬ。

 天より大岩を降らせる者を欺くならば、今しかないのだ。



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王様も大変ですねぇw

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