第2話 御前会議


 大将軍フィリベールの言葉は、語調だけでなく意味も重かった。

 諸侯も、今や寂として声も立てられぬ。

「10万の民の命すら、取引材料に過ぎぬ」というこの言葉が正しければ、辺境伯モイーズ候の運命は明日の我が身かもしれぬ。天より落ちてくる大岩には、貴族の特権などまったく役に立たない。そして、我が身はなんとか救えても、富を生む領民を失えばもはや悲惨な未来しか描けぬ。さらに、富を生む領民は救えても、農地に工場、富を生むシステム自体は救えない。

 となると、一転して生き延び得たとしても領民は飢えた流民の群となり、負担以外の何者でも無くなってしまう。民を牧するは貴族の聖なる義務ではあるが、綺麗事ではないのも事実だ。財産を超えては救えない。


 王が、貴族の言を容れるつもりはないという意思を現していたことに、貴族たちは内心胸を撫で下ろしていた。実際、力のある門閥貴族であっても、このような事態には対応しきれず、王国を挙げての対応が必須であろう。

 つまり、貴族たちが下手なことを口走る前に、王が口を封じてくれていたことを諸侯は理解した。

 臣民にも貴族にも、果ては己に対してさえ厳しい王ではあるが、やはり名君といってよい一廉ひとかどの人物なのだ。


「魔法省フォスティーヌ。

 魔法省で国家公認魔術師たちの総力を上げれば、天からの大岩、防げようか?」

 フォスティーヌはローブの袖を翻して一揖し、下問に答える。

 年齢はそこそこ行ってそうだが、冴え冴えとした美貌である。

 その美貌で魔法省の長の地位を得たと陰口を叩かれたこともあるが、その噂もいつしか消えた。

 それだけの実力者なのも事実なのだ。


「魔法省の長として、アベルから詳細を聞いております。

 それによれば、大岩の落下位置について数日前からわかるようですね。

 これから判明いたしますのは、天から大岩を落としてくる敵は、それをまったく隠していないということ。

 だからこそではありますが、その位置を変えること、難しいことではございません。ただし、魔素の大量消費が前提となりまする」

 ここで、フォスティーヌがアベルの名を出したのは、部下の彼を庇ったのである。次の大岩についての情報を出すという功をもって、最初の大岩を見逃した罪を覆い隠したのだ。


 そもそものことを言えば、アベルの主任務は、仲の良くない東の隣国アニバールの監視だった。国家防衛の要である。たまたま天の一点を見なかったからと責められるのは、あまりに酷ではあった。

 だからこそ、厳しい王の仕置を受けぬよう、フォスティーヌは組織の長として心を砕いたのだ。


 それにこれは、魔法省の失態をあいまいにし、部下を守るというだけではない。アベルを失ってしまうと、これからの大岩への対応に窮してしまうという、背に腹はかえられぬ実務責任者としての判断も大きい。


 そもそも魔素を使いこなし、確実な結果を得られる魔術師は極めて少ない。国内各村々に、初歩の治癒魔法ヒーリングを使う者は、1名くらいは必ずいる。だが、これが難病と言われるものまで治せる者となれば、50村に1人となってしまう。治癒魔法ヒーリング以外にも術を使いこなす者となれば、200村に1人である。

 国家公認で魔法省に属せる程の人材はさらに少なく、10万人に1人ほどの宝石のような人材なのだ。


 そして、その優秀な人材でも、すべての能力に秀でた者などいない。少なくとも、千里の距離を超えて物を見る術を修められたのは、アベルとその弟子のクロヴィスしかいないのだ。

 そして、クロヴィスはまだ年若く、アベルに替えるにはまだまだ経験が必要だとフォスティーヌは見ている。問題は……、見えればいいというものではないというところにある。

 才能には、義務と他者への配慮が伴うのだ。



「では、セビエもコリタスも、この災いから逃れられると申すか?」

 と、これは大臣の問いである。

「他国においても、魔素運用の事情は変わりませぬ。

 これほどの大規模な魔術となれば、国中の魔素を集めるのに2日はかかり、術式発動には半日。

 2日後のセビエの第二の都市、ネイベンに落ちる大岩に対しては、セビエの王がこの情報を得たのがいつだったか、それによって間に合うか五分五分でしょう。

 そして、5日後のコリタスについては、確実に防ぐこととなりましょう」

「では、我が国も、二弾目については防げるのだな」

 王は、そう言いながら愁眉を開いた。

 ここで話し始めて、初めての朗報である。


 このゼルンバス王国は、この世界で最大の版図を誇る。

 王国の第二の都市ニウアを失って、なお他国と並ぶだけの力を有している。

 二弾目以降の大岩を防げれば、他国からの侵略への対応について、東の隣国のアニバール以外にはそう深刻にならずとも済みそうであった。


「防ぐだけならば……」

 フォスティーヌの重ねての返答は短いが、含みがあった。そして、その含みは不吉な香りがした。

 だが、王も決して愚かではない。その意味はわかっている。


「防がぬ方が良いのかもしれませぬな」

 大将軍フィリベールが、それをあえて言葉にした。

 王もその言には敢えて頷かず、さらに声を張った。


「財務省パトリス。

 非常事態として5日ごとに国中の魔素を集め、それを使い切っていたら国庫の維持はいつまで可能か?」

「諸侯の助力を得られたとしても、50回、250日が限度でございましょう。

 その頻度で魔素が使い切られれば、魔素と魔法によって動く国内産業に魔素が回りませぬ。

 結果、王国の経済は壊滅し、魔素を集め続けるのも能わぬ事態となりましょう」

 まぁ、そんなものだろう。1年、400日を保つとは王も思っていない。


 今までのように魔素を供給すれば民は救われるが、大岩を防ぎ続けることはできぬ。

 民、王国の防衛、どちらを選択しても、王国は来年という年を迎えられない。

 すでに詰んでいるのだが、それでも放り出すわけには行かぬ。自分は王である。最後の最後まで、国を守るためにあがく義務があるのだ。



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あとがき

ガミ○スの遊星爆弾ですねw

それにしても、恐ろしく良い攻撃手段です。

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