第2話 最強の元孤児、おっさんを迎えにくる

「孤児院が閉鎖……? ど、どうしてですか?」


 クリミアさんが驚いた顔で、派手な服の男に尋ねた。


「孤児院は我が領地の不採算部門だからだ。孤児どもをいくら養ったところで1ゴールドの利益もない。孤児院はさっさと潰してカジノを作るのだ!」


 孤児院を潰して、カジノを作ると豪語するこの男——バナル村のあるランシール地方の領主、トーンマ・ハッサーン男爵だ。

 歳は今年で30だ。こないだ先代の領主が死んで、爵位を継いだのがトーンマだ。

 アルトリア王国には貴族がいる。位が高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵がある。辺境の地を治めるハッサーン家は、貴族の中では一番位が低い。

 貴族社会で虐げられているからか、トーンマはバナル村へ来ては、俺たち平民に威張り散らしていた。


「……ハッサーン男爵。先代のブランド様は、孤児院を潰さないと約束してくれました。約束を反故にするつもりですか?」


 俺は怯えるクリミアさんを庇うように、トーンマの前に出た。

 トーンマのキツい香水が鼻をつく。派手な赤いマントに、金色の獅子の刺繍がある。

 相変わらず、悪趣味な貴族だぜ……


「親父は親父。俺は俺だ。親父は古いやり方に固執したから領地が発展しなかった。だが俺は違う。コスパ重視の領地経営で行くのだ」

「……孤児院はコスパが悪いと?」

「そうだ。孤児院はコスパが悪い。どうせこいつらは、将来ロクな大人にならない。底辺は一生、底辺だ。底辺のために領民の貴重な税金を使うのは無駄だ」


 カジノのほうが税金の無駄遣いだと思うが……

 それに、トーンマは根本的な勘違いをしている。

 孤児院は無駄じゃない。孤児院は未来への投資だ。

 貧しい辺境の地で、資源になるのは「人材」だ。

 たしかにすぐ、目に見える成果は出ないかもしれない。

 だが、孤児院を巣立った子どもたちの中から、いつか世界を変える人間が現れるかもしれない——

 俺はずっとそう信じて、無駄な努力と罵られても、孤児院の子たちに魔術を教えてきた。


「ははは! どうした? 孤児院の魔術師センセイ! 何も言い返せないのか?」

「…………」


 トーンマの煽りに乗ってはいけない。煽りに乗って言い返せば、貴族不敬罪で捕まってしまう。

 孤児院の魔術師——それは俺の蔑称だ。元冒険者の俺を嘲る奴らにそう呼ばれる。冒険者を挫折した無能者という意味だ。

 本当は勇者パーティーを事情があって追放されたのだが、そのことは誰にも言っていない。


「……孤児院の子どもはロクな大人にならないと、言いましたね?」


 孤児院のドアから、声がした。

 聞き覚えのある、よく通る澄んだ声。

 俺が振り返ると、少女がドアの前に立っていた。


「……もしかして、エリシア?」

「アラン先生、お久しぶりです」


 銀髪の少女は、丁寧にお辞儀した。

 エリシア・グランベル。

 昔、俺が孤児院で魔術を教えていた子だ。

 深紅のマントに、龍の紋章が刻まれた懐中時計。

 王都の精鋭魔術師組織、マギア協会の正会員である証だ。


「また会えて嬉しいよ。でも、急にどうしたんだ?」

「今日は先生を、王都にお連れするために参りました」

「え? 王都に……?」

「おい! お、俺を無視するな! 貴様、何者だ?」


 トーンマはエリシアの肩を掴んだ。


 

 

 

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