8. 体育祭と佐伯さん

9月に入ってもこの暑さは相変わらずだった。


学校は明日から2日間かけて行われる学校祭にむけて、どこか慌ただしい雰囲気になっている。


グラウンドでは各色の応援団が最終チェックのために全体の動きやフォーメーションを確認している。


学校祭の準備期間は夏休み中から行われており、私は今年も学校祭には参加しない。


体の弱い私は体育祭で参加できる種目はない。


2日目の文化祭は教室を使ってのクラスの展示や文化部や有志のグループによるステージでの発表がメインになるが、

帰宅部でクラスにほとんど顔を出していない私には無縁のイベントだ。


今年も保健室で過ごすことになるだろう。


私はあれから西本さんとは会っていない。


彼女は部活と学校祭の準備で忙しそうで、ずっと保健室には来ていない。


私はずっと心にもやもやを抱えたままだ。


西本さんの友人に感じた嫉妬。改めて気づかされた私と西本さんの違い。


会いたいと思う反面、少し気まずさも感じていた。


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体育祭当日は快晴だった。


私はあいかわらず保健室にいて、窓から学校祭の様子を見つめている。


グラウンドでは開会式が行われており、4つの色が規則正しくならんでいる。


たくさんの生徒がグラウンドに集まっていて、どこに西本さんがいるかわからない。


体育祭にあまり興味のない私はぼーっとする。


こういうときに限って時間が進むのが遅い。


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リレーの走者は入場ゲート前に集合してくださいというアナウンスを聞いて

私、西本遥は立ち上がる。


友人の声援に答え、ゆっくりと歩き出す。


体育祭最後の種目は色別リレー。各色から選ばれた人たちが代表して走る、体育祭を締めくくる大トリだ。


男女が交互に走るリレーでアンカーは女子が走る。


陸上部の単距離走者であることから、なんと2年生ながら私がアンカーなってしまった。


どうしよう。かなり緊張していた。


またお腹が痛くなってきた。


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きっかけは中学校の時の陸上部の大会だった。


2年生の大会で全国まで出場した私は、

来年はさらにいい結果がだせるはずだと周りから期待されていた。


しかし、予選のレースでスタートダッシュに失敗してしまい、

あっけなく負けてしまったのだ。


周りの期待にこたえられなかった私はその時から極度の緊張に弱くなってしまった。


(いやだな、走りたくないな。)


代表として走ることも、ましてやアンカーとして走ることも断ろうとしたけれど、

結局できなかった。


そんなことを考えているうちにリレーがスタートした。


競ってる状況でバトンをもらうのは嫌だ。

そんなことを祈りながら待っていたが、神様はいじわるだった。


4つの色ともほとんど差がない状態で私にバトンがまわってきた。


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私、佐伯奏は窓の外を見てびっくりした。


西本さんがアンカーだった。


4つの色はほとんど差がなく、もうすぐアンカーにバトンがまわろうとしている。


バトンを待つ西本さんはどこか顔色が悪く、ずっと下を向いている。


緊張しているのかな。


私は今までかかえていたもやもやを忘れて、西本さんが心配になってきた。


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バトンをもらった瞬間、ダメだって思った。


足に力が入らない。


お腹が痛い。


練習なら早く走れるのに、まったく前に進まない。


まるで足が重くなる夢をみている気分だと思った。


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そんな西本さんを見て、私はいつのまにか椅子から立ち上がり窓をあけていた。


そして、グランドにむかって今までに出したことのない大声を叫んでいた。


「にしもとさーんっっ!!がんばれーぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


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そんな声が遠くから聞こえていた。


場所は見なくてもわかる。保健室だ。


びっくりした。あの子があんなに大きな声をだすなんて。


私は少しだけ泣きそうになった。


こんな私でも見てくれる人がいるんだって。


なら言い訳してる場合じゃない。


失敗が怖いなんて言いたくない。


佐伯さんが私を見ているなら、いいところみせたい。


自然と体中に力が伝わる。


私のスピードはいつのまにか上がっていた。


前には3人。この距離なら抜ける。


地面を駆ける足が軽い。


わぁっと歓声が上がる。


すぐに一人、二人と抜き去る。


あとはトップを走る一人だけだ。


前を走る彼女がちらっと後ろを向く。


コーナーを終えて、ゴールまでの直線だけだ。


私はまたギアを上げる。


背中がだんだんと近づいてくる。


さらに一段と歓声が大きくなる。


ゴールはすぐそこだ。


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幻を見た気がした。現実じゃない、そんな気分だった。


最下位から這い上がってきた西本さんは、

右手に持ったバトンを空に掲げながらゴールテープをきった。


驚異の追い上げだった。


西本さんは1位でゴールした。


私は気づいたら涙が止まらなかった。


西本さんが友達と保健室に来た日、私はとても寂しかった。


初めて友達になれた気がした西本さんがどこかへ行ってしまう気がした。


私とは正反対な人間だって改めて気づかされた。


でも、彼女は私の精一杯の勇気に応えてくれた。


それがとてもうれしかった。


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閉会式が終わり、後片付けの後、西本さんが保健室に来てくれた。


私はずっと涙が止まらなくて、目が真っ赤だった。


それを見た西本さんは少し驚いていたけれど、うれしそうだった。


私たちはベットに腰かけた。


「ありがとね。応援してくれて。」


「かっこよかったよ。西本さんってすごいんだね。」


「そんなことないよ、佐伯さんのおかげ。」


そうして私は彼女から、中学校の最後の部活の大会で失敗したこと、そして緊張する場面や人前で体調を崩すことが増えていることを聞いた。


「それでね、去年の大会も全然だめで。タイムも中学生の時から伸び悩んでてずっとつらかったんだけど、」


「でも、今日佐伯さんの応援聞いて、私、やっぱり走るのが好きなんだって気づいたの。」


そう聞いて、私は嬉しかった。


こんな私でも西本さんの役に立てたこと。また走るきっかけになれたこと。



気づいたら私は西本さんに抱きつかれていた。


「本当にありがとね。」


私はびっくりして言葉もでない。


心臓の鼓動が速くなる。西本さんのいいにおいがする。


私今絶対顔赤い。


あわてて呼吸を整えようと深呼吸をしていると、あわてたように体を離された。


「い、いきなりごめん!くるしかった?」


「ううん。大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。」


目の前にいる西本さんの顔と耳は真っ赤だった。


多分私もだろうな。


そんなことがすごく照れくさくてお互いに笑いあう。そして、私は西本さんの手を軽く握った。


ずっと悩んでいたもやもやはどこかへいってしまった。


開いた窓から秋を感じさせる風が入ってくる。


私は西本さんに出会えてよかったなあと改めて感じた。


~続~

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保健室の語らい 〜ここは私たちだけの秘密の場所〜 九藤ラフカ @LafucaKudo

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