二人目 鳥居

 私が家族に頼まれて、親戚が住む町に車で赴いた時のことだった。町に入る道の途に目にも鮮やかな赤が飛び込んできた。

 道の両脇に人の膝くらいの小さな赤い鳥居がずっと先まで等間隔に並んでいるのである。鳥居に挟まれた道を車で走りながら、ようやく抜けた頃には田んぼに囲まれた道が続く。

 青々とした稲の心地よさを横目に運転していると、視界の端を赤が通る。違和感を覚えた私は、後ろに車がいないことを確認してから、車を停めて降りてみた。青々とした田んぼの端に、赤い鳥居がぽつんとあった。今度はひとつだけ。

 これはなんだろう、と思う間もなく、遠くから車が近づいてくるのが分かったので、慌てて車に乗り、早々に発進した。

 そうして私は親戚の家に着いた。

 挨拶と用事を済ませ、いくつかの会話を交わしながら、私は赤い鳥居のことを聞いてみた。

 答えたのは大伯母だった。


「あれね。あの道と、田んぼの所でしょ? あれはね、不法投棄防止の為に置いてるのよ。結構、リアルでしょう? 

 田んぼはね、あんた、Tさん所だっけ? あそこは昔から置いてるわよ。あのAさんとこもそうでしょう。

 でもあの道は町役場の人が置いたのよ。

 あの道、覚えてる? あんなにゴミだらけで。覚えてない? そりゃあ、そうか。あんた、小さかったものねぇ。

 あそこはね、不法投棄の名所みたいなものなのよ。あの道、一見、開けているようで、人の通りがないでしょう。なのに国道に繋がる近道なものだから、捨てていく人が多いのよ。缶ビン、雑誌、木片、小さな家電。そんな細かいのがずらーっと。全く何だと思ってるのか。

 だから、片付けを機に鳥居を並べて置いたみたいなのよ。お陰で不法投棄は全くなくなったの。

 でもね、あの道は私も通るのだけどね、空気っていうの? 前と違うのよね。何て言ったら良いのかしら……清浄になった、というのかしらねぇ。神社の境内の中にいるような、厳かな雰囲気があるのよ。

 前なんてゴミだらけだったんだから。空気なんか澱んでいるのよ。もう、通る度に気が滅入って仕方なくて。でも、あの鳥居が並んでから、心地が良いのよねぇ。

 ただ、不法投棄はなくなったのだけどね、困ったことがあるのよ。車! 車だけ置いて、人がいなくなるのよ。それも三回! 警察は自殺を疑っていたけどね、あの辺に死ねるようなところなんて、ないんだから。結局、車の持ち主は見つからなかったから警察の人が持っていったけど。その後のこと? 知らないわあ」


 帰る時になってたくさんのお土産を持たされた。車で来ているから良いでしょ、とトランクルームにたくさん野菜やお酒を乗せられた。

 大伯父は心配性でトランクルームから荷物がはみ出ていないか、トランクルームがちゃんと閉まっているかを何度も何度も確認した。

 帰り際、大伯父はぽつりと言った。


「あの道で何も落とすんじゃない。そのまま、止まらずに行きなさい」


 含みのある言い方だったが、特に気にすることなくそのまま同じ道を通り、帰った。鳥居が並ぶ道に差し掛かったところで青い車が停まっていた。運転席のドアが開いている。不法投棄なら注意した方が良いのだろうか、と考えたが、大伯父の言葉を思い出して無視して通ることにした。

 青い車とすれ違う時、赤い鳥居の下にボロボロの雑誌と、靴が落ちているのが見えた。罰当たりなことをする人はいるものだと、私はそのまま車を走らせた。

 その後、大伯母との電話でまた、車が放置されていると文句を言っていた。話を聞くと青い車だったそうだ。

 私は鳥居の下に靴が落ちているのを思い出して青ざめた。あれは、

 以来、私は大伯父と大伯母のところに行く時はあの道を避けるようになった。大伯母の話では、今でもたまにあの道には車が放置されていることがあるらしい。持ち主のことを聞いたが、大伯母は明るい声音で知らないわあと返すのだった。




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