第四話 「狼獣人と盲目奴隷、 屋敷とメイドを手に入れる」

 


 時は来た。

 いよいよ実行する時だ。


 俺はその日の夜、 リフィに話があると椅子に座らせた。


「ああ......いよいよなのですね」


 恐らく何の話をされるのか分かっているのだろう。

 その表情は期待に満ちている。


「わたくしの為に色々と手を尽くしてくれた事、 心より感謝致します。 『目を治す』と仰って下さったあの言葉には本当に希望を頂きました」


 何やら急に感謝しだすリフィ。

 まぁこれから話す事も貴様の為になる事だ。

 分かって言ってるな、 図々しい奴め。

 そもそも目はまだ治っていないだろう。


「どのような選択をされても、 わたくしは従います。 ですから目の事はどうかお気になさらず」


 なんでコイツは俺が話し出す前にベラベラと喋っているのか。

 結局何が言いたいか分からないしな。

 目は治すと何度も言っているだろう。

 ただ少し、 予定が変わるだけだ。


 しかし言ったな?

 これからの苦労を分かってか知らないが言ったな?

 従うと、 そう言い切ったな。

 ならばそうして貰おうではないか!



「さぁ。 遠慮せずわたくしを食べ......」

「家を増築するぞ。 そしてメイドを雇う。 目が治るまではそいつに世話をして貰い、 そして教育を受けろ」

「......はい? 」



 俺の宣言に見えない目を丸くするリフィ。

 何だ、 思ったよりも過酷だったか?

 まさかある程度は予想はしていたものの、 世話だけして貰えると勘違いしていたか。

 本当に図々しい奴だ。

 俺がそんなに甘い訳があるまい。


「あの、 食べて頂ける訳では......」


 はぁ? 今更何を言っている。

 俺は貴様を食うぞ。

 もっと幸福を与え、 その後絶望させてからな。

 その旨を伝えると、


「......ふふ。 この身は、 いつでも全てウルフォン様に捧げます」


 そう言って笑顔を見せてきたのだった。

 ふんっ! ここまで話してやっと覚悟が決まったか。

 それにしても、 相変わらず今更な事を言いおって。


 兎にも角にも。

 こうして『リフィ幸福化計画』と称した作戦が本格的に動き出したのだった。


 ◇◆◇


 遡る事半年前。



 リフィの目を治す。


 そう決めたものの、 何をすればいいのか見当がつかなかった。

 そこで俺はこの手の本職に話を聞く事にした。

 ......いや本当は本職でも何でもないんだろうが、 俺にはコイツしか頼れる人物がいなかった訳だが。


 テンシュ。

 金にガメツイ何でも屋。


 元々魔王軍に所属し、 商売も魔術も医療も、 戦闘以外なら何でもこなせるコイツならば何か知っている筈だ。

 他に頼れる奴はいないが、 他に頼る必要のないくらいコイツは優秀である。

 その態度から腹が立つ事も多いが、 昔からその点に関してだけは信用していた。

 だからこそ話を聞きに行ったのだが......。


「無理ですね」


 即答されてしまった。

 コイツ、 このぉ。

 人が下手に出ればつけ上がりおって!


「あれは今の魔術で治せる範疇を超えてるんですよ。 私がいくら逆立ちしようが出来ないものは出来ないですね。そもそもそれが出来るなら、 商品にする前かこの前の洞窟でしていたと思うんですけど? 」


 ぐぬぬ、 最もらしい事を言う。

 しかしならばどうすればいい。

 コイツに頼らなければ俺は何も......。


「もう! どうして自分でどうにかしようとしないですかね。 偉そうな人はほんとこれだから......」


 頭を抱える俺を見て、 テンシュは蔑むような目で見てくる。

 ええい! 貴様にとっては、 「偉そうな」ではなく本当に「偉い」相手だろうに!

 元部下のクセにコイツは! 育ててやった恩を忘れおって!

 だが、 仕方ないか。


「俺は貴様に、 そういった面で絶大的な信頼を置いている。 そのお前が出来ないというのだからそうなのだろう。 テンシュならば、 どうにかしてくれると思ったのだが......」

「っ!? 」


 俺は落胆した気持ちを思わずそのまま言葉にし、 店を後にしようとした。

 だがそこでテンシュに呼び止められる。

 なんだ? 借金ならば少しずつ返しているだろう。

 だからその意味もあってこうして店に......。


「で、 出来ないとは言いましたけど、 それはあくまで今の私の話。 何も不可能だとは言ってないんですけど? 」

「っ!! おお! では!! 」

「ちょっと調べてみるだけです。 そんなに期待しないでかだ......わわっ!? 」


 俺はそこまで聞いて、 思わずテンシュの頭を撫でていた。

 そういえば昔もこんな事をしていた気がする。

 そして決まってこう言っていたか。


「でかした! 流石は我が部下よ! 」

「っ!! 」


 その後、

「元部下です! 」とか「お金は取りますからね! 」とか言っていたが気にしない。

 アイツの目がどうにかなるかもしれない。

 その事実が何より重要なのだから。


 ......しかし待て。

 なんで俺はこんなにも喜んでいるんだ?

 たかが餌の目が治るからと言って......。

 いやいや。 これはリフィを美味く食う為の布石だ。

 その段階を踏めるという意味で嬉しいのだろう。

 そうだ、 そうに違いない。


「で、 私がそれを調べている間ですが......」


 そんな俺の思考を遮るようにテンシュが話しを続ける。


「少し私に考えがあります」


 そしてこの時語られた事が、 『リフィ幸福化計画』となったのだった。


 ◇◆◇


『リフィ幸福化計画』。

 それはリフィの目を治す事を前提に考えられた、 所謂社会復帰の為の計画だ。

 目が見えるようになった時に普通に生活が出来るよう、 その前でも困らないように補助するのが目的な訳である。


 テンシュが提案してきた事はこうだ。


 ①メイドを雇い、 リフィの世話をさせる。

 ②そのメイドからリフィに家事を教える。

 ③メイドが住み込みで働けるよう家を増築する。


 こんな感じだ。


 まぁ言っている事は妥当だろう。

 リフィを幸福に至らせる為にも必要な事に思える。

 俺は昼間はオヤカタの元で働いている為家には居れない。

 その間リフィを放置すれば、 今のように家が散らかり放題になるだろう。

 それをメイドが世話をし、 あまつさえ教育してくれるとなれば申し分ない。


 だから俺はこの作戦には概ね賛成だった。

 しかし、 しかしである。

 それをどうにか出来る金がどこにあると言うのか。


「勿論その分、 オヤカタの元で沢山働いて貰いますよ? あ、 足りない分はいつものように私が肩代わりしてあげますから」


 サラッと言うなコイツは。

 要は借金が増えると言う事では無いか。

 俺は一生テンシュにそれを返し続けなければいけない事になるぞ。

 ......まぁしかし、 仕方ないか。

 このままでは進展がないのならそうする他はない。

 これも全てリフィを美味しく喰らう為。

 背に腹はかえられぬ。


 こうして俺は半年間死に物狂いで働き、

 借金王になりつつも、

 目標金額まで金を貯めたのだった。


 ◇◆◇


 リフィに計画を話した次の日から、 増築の工事は始まった。

 当然担当するのはオヤカタたち。

 俺も働かされている。

 まったく、 こっちは客だというのに......。


「おいオオカミ! さっさと材料運びやがれ!! 」

「へ、 へい! オヤカタ! 」


 そして相変わらず獣人使いの荒らさ。

 コイツも必ずいつか食ってやろう。


 ◇◆◇


 着工して数日、 工事は順調に進んでいた。

 もう大体の間取りは確認出来るようになっている。


 まず入口から入ってすぐの場所。

 今までリフィの生活空間兼寝室兼台所だった部屋は、 大きな玄関へと変わった。

 この空間を丸々そうするのだ、 増築の規模の大きさが伺える。


 リフィには個人の部屋が与えられる事になっている。

 今までの部屋よりは少し手狭だが、 他に何も余計なもののない寝室と考えれば充分過ぎるものだろう。

 それに合わせ、 台所も、 食事を摂る部屋も、 パーティでも開けそうな大部屋も用意された。

 まるで貴族の屋敷だ。

 俺の魔王軍時代の家を思い出す。


 当然メイドには住み込みで働いて貰う為、 ソイツの個室も作られた。

 その人物がこの広い屋敷を所狭しとと働く事になるだろう。

 オマケにリフィの教育付きとはな。

 雇われる者の大変さが今から分かるようだ。


 そんな風に増築していく部屋を見回りながら、 俺は予定になかった個室を見つけた。


「テンシュよ。 この部屋はなんなのだ? 」


 屋敷の内装や間取りなどは、 テンシュとオヤカタに任せてあった。

 この部屋一体どんな用途のものなのだろうか。

 問いかけるとテンシュはキョトンとした表情を見せる。


「何って、 ウルフォン様の個室ですけど? 」

「な、 なにぃ!? 」


 聞けばこの屋敷、 俺が共に住む前提で作られているのだと言う。

 どおりで全体的にデカい筈だ。

 まさか人間サイズではなく、 獣人に合われて作られていたとはな。

 というかそんな話、 俺は聞いておらんぞ!!


「えぇ......。 ウルフォン様が、 『もういっそ、 仮住まいではなくちゃんとした家に作り替えようではないか! 』って言うから、 一緒に済むんだとばっかり......」


 ぐぬぬ。

 確かにそんな話はしたが......それとこれとでは話が別ではないか!


 ......いや、 待て。

 それはそれでいいのかもしれんな。


 この家に住むようになってからというもの、 リフィは必ず夜は俺と寝ると駄々を捏ねていた。

 それに流されすっかり洞穴を使う事はなくなってしまっが......そのおかげで、 俺のプライベートな空間がなくなってしまったのである。

 そう考えれば、 個人の部屋を持つというのも悪くはないか......。

 まぁいい仕事をしたとも言える。


 そして何より。


「そんな! ウルフォン様と離れて寝るなんて......わたくし嫌です!! 」

「む? う、 うーむ。 個室が出来てしまったのだ。 こればかりは仕方ないな。 ちなみに勝手に入ってくるのも禁じるぞ。 鍵も付けさせて貰おう」

「な、 なんという仕打ちですか!! 」


 それを理由にリフィと寝なくて済むとなれば好都合だ。

 ついでに絶望させられたしな。

 ......まぁ俺が本当に与えたい絶望とは違うんだが。

 何にせよ、 今回はテンシュの采配を認めてやるとするか。


「ね? 結果的によかったでしょ? 」


 しかしテンシュが得意気な顔でニヤニヤと微笑んできたので、 褒める気も失せた。

 だから代わりに頭を小突いてやったのだった。


 ◇◆◇


 そうして1ヶ月も経たないうちに、 屋敷は完成した。


 オヤカタは前と同じく最後の仕上げを任せてきたので、 今回も仕方なくリフィと共にそれを行った。

 そして前と同じく魔王軍時代の記憶が過ぎったが......これは何なのだろうか。


 まぁ分からないものは仕方ない。

 俺は内装を確認がてら、 リフィに屋敷の中を案内した。


「わぁっ! 凄い! 凄いです! 」


 コイツはいつもこうだな。

 部屋一つ一つの隅々まで触れては歓喜の声を上げている。

 しかし同時に戸惑った様子も見せていた。

 いきなりこんな屋敷が自宅になったのだ、 その気持ちは分からんでもない。

 俺も魔王様から前の屋敷を頂いた時は犬のようにものだからな。

 だがコイツはいつも勘違いしている。

 今日こそ然りと分からせなければ。


「よいかリフィよ。 これは何も貴様の為ではないのだ。 豪華な暮らしをし、 貴様が幸福の絶頂に至ったところで絶望に突き落とし喰うため......全ては俺の為よ。 そこを忘れてはならんからな? 」


 それを聞いてキョトンとするリフィ。

 ええい、 まだ理解しておらぬのか。

 ならばもっと別の言葉で......。


「ウルフォン様。 毎回思うのですが......それをわたくしに言ってしまっては意味がないのでは? 」


 はぁ? 何を言っているんだコイツは。

 俺は貴様を絶望させたいのだぞ?

 ならばその為に言葉を並べても......はっ!!

 そ、 そうか! 俺はその前にコイツを幸せの絶頂に導かなければいけないのだった!

 先に絶望させようとしても意味がないではないか!!

 ......つまり素直に喜んで貰った方が正解という事か?

 いやいやいや! それでは俺の威厳が......!


「ふふ、 ふふふっ! 」


 慌てふためく俺を見てリフィは笑い出す。

 何だこの! 自分の指摘が図星だった事がそんなに嬉しいか! オロオロする姿がそんなに面白いか!

 俺は全身から汗を吹き出しながら、 何がおかしいのかと問いかけた。

 するとコイツは......。


「幸せだなぁ、 と思いまして」


 などと言い出すのだ。


 幸せ? 幸福だと?

 今のやり取りのどこにそんな事を感じたのか。

 そもそも俺は貴様を食うと言っているのに。

 ......いやいや、 そうなってもらうのが正解なんだが。 だからこれでいいのだが。

 どうにも意図した事でない部分でそうなると釈然としない。

 やはり人間は分からんな。


「ウルフォン様。 わたくしは、 貴方様にこの身を捧げる事、 そして食べられたいという気持ちに何ら変わりはありません」


 混乱する俺を他所に、 リフィは語り出す。


「ですが......今は生きたいと、 そう思っています。 これから住むこの屋敷、 そして何より......ウルフォン様のお顔が、 今のようにオロオロしているお顔が見たいと思ってしまったのです。 だから、 幸せだなと」


 言っている事の半分は実に不愉快な内容だ。

 俺の慌てふためいている顔が見たいだのと失礼極まりない奴だ。

 ......しかしこれはきっといい傾向なのだろう。

 人間の心情などと知った事ではないが、 何やら込み上げるものを感じるからな。


「なので......どうか食べるのはもう少し待って下さいませんか? ウルフォン様がこの目を治し、 貴方様の尊顔をお目にかかるまで」


 リフィはそう言いながら擦り寄ってきた。

 俺はどうにも罰が悪く、 「うむ」と一言返す事しか出来ない。

 何故そう思ったのかは分からぬがな。


 そのままリフィは暫く離れなかった。

 ええい! いい加減鬱陶しい!

 そう思って肩を掴みひきはがそうとしたが......手が止まった。

 小さな身体が震えていたからだ。


「ウルフォン様、 信じて、 いいのですね......? 」


 問いかけながら俺の体毛に顔を埋めるリフィ。

 その表情は伺えない。


 信じていいか、 か。


 恐らくコイツは、 今までも生きる上で何度も期待をしたのだろう。

 そしてその上で裏切られた。

 結果があの死にたがり。

 自分の中にある「希望」を見ないようにし、 何かに縋るのを止め、 全てを投げ捨てようとしていた。

 なのに今、 コイツはもう一度それを見ようとしている。

 見えない目ではなく、 心の目で。


 .......。

 ここでは頷いてやるのが正解なのだろうな。

 コイツに希望を与えるという意味ではそれは間違い無いだろう。

 しかし......悪いが俺はそんなに甘くは無い。


「勘違いするな」


 言葉は低く冷たい。


「俺は貴様を食う為にここに置いている」


 結局俺は自分に嘘はつけん。


「全ては貴様を希望から絶望に突き落とす為よ」

「......はい。 分かっております」


 リフィの反応は何故か穏やかだ。

 まるで何も分かっていないように。

 言葉の意味を理解していないように。

 しかし何故だか俺はそれを否定出来ない。

 だからそのまま続けた。


「俺が見たいのは本当の絶望。 安っぽい希望から落ちたものでは無い。 それは他人から与えられるものではなく......リフィ、 お前自身が勝ち取る希望であるべきだ」

「ウルフォン様は、 お厳しいのですね」


 そうだ、 俺は甘く無い。

 人間は目先の欲にすぐに振り回される。

 本当に自分に必要なものが何なのか見ようともしない。

 コイツの希望は、 それではダメなのだ。

 俺が欲しい絶望は、 もっと高みから深淵まで落ちたものがいいのだ。

 即ち。


「俺やテンシュは貴様の目を治す手助けはしよう。 しかしその為に動くのはリフィ自身でなければいかん。 俺に期待するな。 自分に期待しろ。 いいな? 」


 生きる希望を、 俺に見出してはいけないのである。


「......はい。 仰せのままに」


 ふん! これだけ言っても心は折れんか。

 少しは成長したようだな。 いい傾向だ。

 それでこそ俺に食われる価値があるというものよ。

 ......しかしコイツはいつまでくっついている気だ。

 いい加減離れ......。


「離れません。 わたくし自身が希望を勝ち取る為に、 強いウルフォン様からその『強さ』をこうして分けてもらってるのですから」

「う、 うむ? 」


 ええい! 正直何を言っているのか分からんわ!

 だがこの俺を強いと、 力を分けて貰おうなどと、 失礼な部分もあるが分かっているではないか!

 そう! 俺は強い!

 この俺の影響を受けて少しでも強く生きられるというのなら......暫くこのままにさせてやるか。


 ......しかしどうにも言えん状況だな。

 抱き付かれて動けんし何だか無性に気まずい。

 おまけに手持ち無沙汰だ。

 うむ......。


 そんな事を考えていると、 俺の手は無意識にリフィの頭に伸びていた。

 まるでこういった状況で何をするべきか分かっているように。

 こんな子供をあやすような事、 した筈もないがな。

 全く、 コイツにはいつも調子を狂わされる。


「うふふ」


 何やら気持ち悪く笑うリフィの頭を、

 どこか安心感を覚えながら、

 俺は暫く撫で続けたのだった。


 ◇◆◇


 それから後、 俺たちは屋敷の全てを回った。

 思ったよりも広い上に、 目の見えないリフィがそこら中を触って確かめていた為、 結構な時間を食ってしまったようだ。

 外に出ればもう日は落ちかけていた。

 オヤカタたちもいつの間にか帰ったようだ。


 そんな夕暮れに染まる屋敷の前に、 俺たち以外に影が二つあった。

 片方はテンシュだったが......もう一人は誰だ?


「遅いですよぉ! どれだけ中でイチャついてたんですかぁ! 」


 無礼な事を言うテンシュの頭を殴りつつ、 もう一つの人影に目をやる。

 どこか見覚えのある気はするが。

 俺は記憶の中を探り始めた。


「もう! ちゃんと注文の人物を連れてきたのになんてお使いですかぁ! 折角ウルフォン様が楽できるような人にしたってのにぃ! 」


 文句は耳に入らないが、 そこまで言われてやっと思い出した。


「おお! 貴様は我が屋敷にいた使用人ではないか!! 」


 そうだ、 そうだった。

 背が小さく静かな雰囲気を放つメイド服姿の人間の女。

 コイツは俺の前の屋敷で働いていた使用人の一人だった。

 テンシュと同じような理由で我が配下に加えた人間だったな。

 とにかくコイツは家事に関する事なら何でも出来るのだ。

 使える奴は人間だろうと手に入れる、 あの頃の俺らしいスカウトの結果である。

 何にせよコイツに任せておけば、 屋敷の家事もリフィの世話も教育も完璧だろう。

 なんせ我が屋敷のメイド長をしていたくらいだ。

 えっと、 名は何といったか......。


「お久しぶり......ウル様。 ––––は、 またウル様の下で、 働く」


 おお! そうだそうだ!

 この失礼な呼び名と口調! 何年経っても変わらんな!

 あの頃は何度食ってやろうかと思ったが、 こうして再会すると嬉しさの方が勝つものだな!

 良い良い、 無礼は許してやろう。

 これからはこの面倒臭い盲目奴隷の世話をするんだ、 その苦労を考えれば無礼なくらい流せると言うものよ!

 ま! 名乗ったようだが声が小さくて聞こえなかったがな!


「うむ! よろしく頼むぞ! 『メイド』! このリフィの世話、 よろしく頼むぞ! 」


 今はそれで許せ、 メイド。

 そのうち思い出す事だろうさ。


「......これは......」

「アハハ! そういう事だからぁ! 」


 俺の言葉を聞いて、 怪訝そうな表情でテンシュとやり取りをするメイド。

 ふむ、 コイツもしや、 俺の世話をするとしか聞いていなかったのか? だとしたらテンシュめ......相変わらズル賢い奴め。

 しかしそれでやる気を無くされても敵わん。

 なんとかその気にさせなくてはな。


「頼むメイド! 俺もコイツの世話や教育には手を焼いておるのだ! 家事を完璧にこなせる貴様にしか頼れん!

 嫌かもしれぬが俺を助けると思ってだな! 」

「あ、 いや別に、 そんなつもり......でも、 分かった。 やる」


 ふふふっ! どうやら効いたようだな。

 この俺がこの半年でオヤカタの元で覚えた技......「下手に出る」が!

 ええい! 我ながら情けないとは思うが仕方あるまい!

 これでリフィから手が離れると思えば安いものよ!

 オマケに褒めまくってやったのだ! 俺のプライド分働いて貰うぞ!



 こうして、 俺が仕事をしている間のリフィの世話や教育はメイドに任せる事となった。

 屋敷に三人で住む事になるが......なぁに、 俺にも個室が出来た。 これからはリフィと寝る事もないだろう。

 コイツを食う為とはいえ、 本当に鬱陶しかった。

 これで煩わしさから解放される。

 今後は借金の返済と生活の為の仕事と、 盲目奴隷の目を如何にすれば治せるかを考える事に集中出来そうだ。

 幸福を自分の手で掴む為の努力は、 この二人の中で見出してくれるだろうさ。

 まぁ何故か当の本人はその後不機嫌だったが、 こういった事もメイドに任せておけば大丈夫だろう。

 今夜からは安眠だな。


 俺はこれからの屋敷での生活に期待を抱きつつ、 その日は一人寝室に入ったのだった。


 ◇◆◇


 ......のだが。


「おいメイド。 これはどういう事だ」


 俺は不機嫌そうにメイドを睨んでいた。

 寝室で、 ベッドの上で。

 、 だ。


「それは、 ウル様の、 言う通りにした結果」


 おいおい、 このメイドは何を言っている。

 俺はこの女を寝室に入れるなと言った筈だ。

 全く言う通りどころか真逆ではないか!!

 一体全体どう聞き間違えたらこういう事に......!


「ふふふ」


 怒りに震える俺を見てリフィが笑い出す。

 ええい! 何なのだドイツもコイツも!

 纏めて食い殺してやろうか!


「メイド様はわたくしの願いを聞き入れてくれたまでですよ。 だってウルフォン様は仰ったでしょう? 『希望は自ら勝ち取れ』と」

「いや確かにそうは言ったが......あ」


 そこはまで聞いて全てが繋がった。

 確かに俺はリフィにそう言った。

 そしてメイドに対しては......。


「ウル様、 言った。 『リフィが希望や幸福を得られる手段を、 何よりも優先して実行しろ』って」


 そうだ、 そうだった。

 俺はそれをさえたのだ。

 恐らくそれはメイドの中で、 俺の普段の命令よりも上位に置かれているのだろう。

 そりゃ『何よりも優先』だからな。


「アタシ、 ウル様の言いつけ、 守ってる。 偉い、 偉い? 」

「ええ、 とても偉いですよ。 なんせわたくし達は、 ウルフォン様の命令に従っているだけですから」

「ほんと? ウル様も、 褒めて。 褒めて」


 ああ、 そうだった。

 コイツはそういう奴だった。


 家事は完璧にこなすメイドで、 俺への忠誠心はテンシュなどとは比べ物にならないくらいのものだった。

 だがそれ故に、 盲目になるのだ。

 俺の命令を聞く事以外に融通が効かなくなるのだった。


 そして気づく。

 コイツらは組み合わせてはいけなかった。


「......ちなみに、 何故貴様まで寝室のおるのだ? 」


 頭が痛くなってきたところで、 たったそれだけの質問を何とか絞り出す。

 するとメイドは、


「リフィ様の世話、 任された。 だからリフィ様のいるところ、 アタシもいる」

「......つまり貴様もここで寝ると? 」

「大丈夫。 アタシ、 メイドとして優秀。 立ったままでも座っても寝れる。 ベッドの二人の邪魔しない」


 そう誇らしげに言うのだった。


「まぁメイド様っでは! ふふふっ! これで今夜からも一緒に寝れますね、 ウルフォン様! 」

「ウル様、 アタシ偉い。 褒めて褒めて」


 こうして俺の寝室は、 一人どころか三人で寝る為の部屋になってしまった。

 どうしてこうなった。

 今すぐ叩き出したいがそれでは自分の言った事を否定する事になる。

 だから俺は、



「うむ! 二人ともよくやっておるな! ハハハハッ! 」



 そう笑って己の自尊心を保つ事しか出来なかったのだった......。


 なんでこうなる!!!!


 ◇◆◇


 こうして俺の屋敷での生活は最初から最悪のものとなった。

 しかし暫くするとそれも慣れ、 リフィに抱きつかれメイドに見守られながらも安眠出来るようにいた。

 恐ろしいものである。

 だがどうやらそれによって随分心労が溜まっていたようで。

 ある日、 悪夢を見た。


 夢の中でも俺は寝ていた。

 相変わらず寝室で、 リフィに抱き枕にされて。

 それだけでも悪夢なのだが......何やら不穏な雰囲気に包まれている夢だった。


 何故だろうと考えていると、 部屋の中にメイドがいない事に気が付く。

 まさか俺はアイツがいなければ安眠出来ないのか?

 それが事実ならもっとタチの悪いものだが......どうやら原因は別なようだ。

 部屋の音から物騒な会話が聞こえて来たのである。



「やっぱり殺すしかないかな」

「うん、 そうしよう」



 全くもって穏やかではない。

 魔王軍としての戦いも退き、 争いもないこの屋敷でそんな話をするのはどこのどいつだ。

 ......しかしまぁ俺は殺されても仕方ないのかもしれんな。

 人間も魔の物も、 俺に恨みを抱く者は多いだろう。

 そう思っている俺の潜在意識が見せている悪夢かもしれんな。


 その後も部屋の外の会話が続いたが、 次第に意識が遠くなり聞き取れなくなっていった。

 だが最後にこれだけは耳に残ったのだった。



「絶対に思い出させちゃいけない」

「全ては主様の為に」



 あれはいったいどういう意味だったのだろう。


 次の日目を覚ました時、 当然ながら部屋の外には誰も居なかった。

 リフィは相変わらず抱きついているし、 メイドは立ったまま寝ている。

 ......というかメイドは誰よりも早く起きなくてはいかんだろう。


 俺はメイドをいの一番に叩き起し、 一日が始まったのだった。

 あの悪夢に目を向けないようにしながら......。


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