第三話 「狼獣人と盲目奴隷、 家が建つ」

 



「テンシュよ、 仕事を斡旋してくれ」



 今日も今日とて俺はテンシュの店に来ていた。

 一応この前の礼という事で、 感謝の品と共を持ってきたのだ。

 コイツは昔から肉が好きだった。 だから狩りをして手に入れた生肉を持ってきてやったのである。

 それを渡した時は上機嫌だったのだが......この話を切り出した途端表情が曇るのが分かった。

 そんなに俺に仕事を流すのが面倒臭いのか。

 元部下でなければ八つ裂きにしていた所だ。


 数日前、 リフィは死にかけた。

 それはどうやら、 俺の生活環境に合わなかったかららしい。

 ならば、 とアイツが暮らしやすいようにするつもりなのだが......その為には金がいる。

 これは狩りの副産物でどうにかなる問題ではなかった。

 その為に、 俺はテンシュに仕事の斡旋を頼みにきたのだ。

 そもそもこの話はコイツから持ちかけてきた。

 獣人の人手が欲しいとか何とかで。

 なのだが......。


「......はぁ。 あの『白狼』と呼ばれたウルフォン様が人間の、 しかも目の見えない奴隷にお熱なんて......魔王様が聞いたら悲しむでしょうね」


 この態度である。


 ええい! 俺がリフィを生かそうとするのは食う為よ! この話を持ちかけてきたのは貴様ではないか!

 それにだな! 我らが魔王様がこんな事で失望するものか! きっと背中を押してくれるに違いない!


 ......まぁそんな事はいいとして。

 俺はなるべく早く多く稼げる仕事を要求した。

 いつまたリフィの弱々しい身体が異常をきたすか分からんからな。

 希望を与えるにしろ絶望を与えるにしろ心身の健康は第一だ。

 でなければ美味い餌にはならないからな。


 こうして渋々ではあるがテンシュから仕事の斡旋を受けられる事になった。

 早速明日から働けるらしく、 賃金も日給で貰えるという話だ。

 手持ちが寂しい俺にとっては好都合の話である。

 これでリフィに人間らしい生活をさせる足掛かりになるだろう。

 ......しかし、 まだ不安要素はあった。

 たった数日で死にかける女の事だ、 俺が金を貯めるまで果たして持つのだろうか。

 まぁその時はまたテンシュに治療させればいいのだが......。


「ちなみに前回の魔術は有料ですので。 今までの通行料の肩代わりも含め、 ツケに回しておきますから」


 という話なので多用は出来ない。

 だがこのままでは結局そこに頼らざるを得なくなるだろう。

 ......ならば。


「もう一つ、 頼みがある」


 俺の願いを聞いて、 テンシュは更に表情を歪ませていた。


 ◇◆◇


「あの、 ウルフォン様。 これはいったい......」


 数日後、 早速俺の「頼み」が実行へと移っていた。

 それ見て......いや、 感じ取ってだろうか。 リフィは困惑している様子だった。

 まぁ当たり前か。

 森の奥の洞穴の前に、 のだからな。


「では皆さん! よろしくお願いしまーす! 」


『あいよー! 』


 その場に立ち会いとして居たテンシュの掛け声の元、 人間たちは動き始める。

 俺はそれを見つつ、 リフィのさっきの質問に答えてやった。


「ここに貴様の住む家を建てる。 ま、 金が貯まるまでの仮住まいだがな」

「......はい? 」


 意味が分からないと首を傾げるリフィ。

 おいおいそこは感謝をすべきだろう。

 俺は貴様の為にわざわざ......。


「仮住まいぃ? 金が貯まるまでぇ? 私に借金までして言えるセリフですかぁ? 」

「ば......! 貴様! 黙っていろ!! 」


 そこに余計な口を挟んでくるテンシュ。

 吼えて制止するもケラケラと笑っている。

 やっぱりいつかコイツは食おう。



 俺の頼み。

 それはリフィが快適に生活する為の家を建てる事だった。

 しかしあくまで仮住まい。

 人間としての最低限の生活が出来ればいいと注文はしてある。

 それも全てテンシュを通して。

 勿論代金もコイツに肩代わりさせている。

 まぁいずれ働いて返すつもりではいるが、 リフィを売った店としてそれぐらい当然の責任は取って貰わねばな。


「家だなんてそんな......わたくしは今の洞穴で充分ですよ? 」


 現状を知ったリフィがオロオロとし始めた。

 自分の為に家を建てて貰えるのだと自惚れているようだ。

 ハッ! 生意気な!

 これは俺が貴様を美味しくいただく為の準備に過ぎん。

 そこはしっかりと分からせなければな。


「良いか? 言ったであろう。 貴様に生きる意味と幸福を与えてやると。 もう二度と死にたいなどと言えないようにしてやるのさ。 つまりはこれは俺の為。 貴様をぶくぶくと太らせて食う為よ! 自惚れるなよ人間が! 」


 俺はなるべく威厳たっぷりに、 そして口を大きく開けて脅しながら言ってやった。

 しかしコイツの目が見えない事を思い出し、 滑稽なような気がしてくる。

 その証拠にリフィはクスクスと笑っていた。

 俺の恐怖が通用しないというのも考えものだな。

 そして同じくこの俺に物怖じしない者が一人。


「あーあ、 恩着せがましい。 この人の事考えれば洞穴暮らしの方が良さそうですねぇ? 」


 ニヤニヤとこちらを向いてくるテンシュ。

 コイツは本当に一々癪に障るな。

 しかし、 いい加減ぶん殴ってやろうかと思ったその時、


「ありがとう、 ございます。 わたくし! ウルフォン様に食べてもらえるよう沢山太りますから! 」


 と、 リフィが恥ずかしそうに言うのだった。

 これには俺もテンシュも目を丸くして驚いたが、


「こいつ、 皮肉とか分からないんですか? 目が見えないせい? 」


 と懲りもせずに言ってきたので、 今度こそ頭を殴ってやったのだった。


 ◇◆◇


 数日後、 あっという間に家が出来上がろうとしていた。

 人間というものはやはり恐ろしい。

 力は無いくせに、 人数と工夫でそれを補ってしまうのだからな。

 ただ力押ししていた我らが勝てなかったのも道理かもしれん。


 ある者は道具を使い、 木材を加工したり組み立てたりしているし。

 ある者は数人で息を合わせて重い物を運んでいるし。

 そしてある者は、


「おい! チンタラしてねぇでさっさとそれ運んじまえ! 今日で最後なんだ! テメェのせいで仕上げが遅れたらただじゃおかねぇぞ!! 」


 元魔王軍の幹部を顎で使ったりするのだからな。

 やはり人間は恐ろしい。


 ......いや待て、 これには訳がある。

 テンシュが用意してくれた大工たちは、 世情に疎かったりそもそも興味が無いものばかりだった。

 だから指名手配されている俺を見ても知らないか気にも止めなかったのである。

 そこまではよかったのだが......実はこの大工一派、 テンシュが俺に斡旋しようとしていた仕事先だったのだ。

 そのせいか、 気づけばこちらが依頼した建築にも関わらず、 手伝う羽目になっていたのである。

 まぁこちらもしては、 家が建つ上に賃金まで貰えるのだから願ったり叶ったりだったが......。


「おい! 何ボヤボヤしてやがる! 蹴飛ばすぞ! 金払わねぇぞ! 」

「へ、へい! ! 」


 どうにも俺の扱いがおかしい。

 いくら臨時の日雇いの下っ端になるとはいえ、 今はまだ客なのだが。

 それを差し引いてもこっちは獣人だぞ?

 多くの人間を殺し、 貴様らを恐怖のどん底に落とした魔の者だぞ?

 まさかそんな相手に向かってこんな扱いとは......やはり人間は恐ろしい。

 流石は獣人相手に求人を出していただけはある。


 特にこの「オヤカタ」と呼ばれる初老の男。

 獣人の俺でも見惚れてしまうような筋肉質な奴だが、 性格もその見た目通り粗野で豪快。

 部下には厳しくそれでいて人情溢れる人間で、 他の大工たちからの信頼は厚いようだ。

 だが俺に対しては、 新人故か特に当たりが厳しい。

 リフィは目が見えないおかげで俺に対する恐怖が薄れていたようだが、 見えていても恐れない人間がいるとはな。

 これも世情に疎かったり興味がない為だろうか。

 いや、 そんな事すら関係ないのかもしれんな。


 まぁとにかく。

 俺はこのオヤカタの下で、 ここ数日家を建てる手伝いをしている。

 そのあまりの迫力に思わず萎縮し......いや違う。

 俺の正体を隠す為に敢えて下っ端らしい演技をして働いている訳だ。

 コイツには今後とも世話になる、 ならば余計な波風を立てる訳にはいかんからな。

 決して気圧された訳ではないぞ!

 ......しかしまぁ、 誰かの下で働くというのはもう10年ぶりか。

 その為、 全く気質は違うものの、 魔王様を思い出したりもしていた。

 正直今すぐ食い殺してやりたい気持ちもあるが......悪い思いばかりではないな。


「ぷぷぷ。 『へ、 へい! オヤカタ! 』だって! 魔王様が見たら悲しみますよぉ? 」


 揶揄われる事を除けばだが。


 テンシュは仕事を仲介した立場もあってか、 ちょくちょく様子を見に来ていた。

 その度にこうして茶化してくるものだから腹が立つ。

 だから今回も頭を殴ってやった。


「痛ったぁ! ちょっとウォンさん! 獣人の力で殴ったら人間の頭なんて吹き飛ぶんですからね!! 」


 実際吹き飛んではいないだろう。

 安心しろ、 加減はしている。

 しかしコイツの本当にめんどくさいところは、


「ちょっとアンタ! この主人、 乱暴者だよ! なんとか言ってやってよ!! 」


 などとリフィに助けを求めるところだ。

 この女に対しては、 俺が強く出れないのを知っての行動だ。 解せぬ。

 ......まぁ勿論、 餌として丁重に扱ってるぐらいの差だがな。

 しかし、 コイツも懲りないものだ。

 リフィにそんな意見を求めたところで、


「ウルフォ......ウォンさん! 乱暴はダメです! そんな事をするならわたくしを食べてください! 」


 といった感じで、 ズレた返答が戻ってくるだけだと言うのに。

 ほら、 期待したものでは無いため舌打ちして不貞腐れておるわ! ざまぁないな!

 ......しかし、 相変わらず「食べて食べて」とうるさい奴だ。

 これは少し説教が必要だな。


「よいか、 リフィ。 貴様を食うのは、 ぶくぶくと太り、 人間としての幸福を味わいきった時だと言っただろう。 いつになったらそれを理解するのだ。 目だけではなく、 その減らず口も使い物にならなくしてやろうか? 」


 俺は爪をリフィの頬に軽く突き立て、 傷は負わないものの痛みを感じる程に引っ掻きながら脅してやった。

 これならば言葉と痛みで、 目が見えずとも恐怖を感じるだろう。

 くくく! 幸福になる前に一度俺の恐ろしさで絶望しても良いのだぞ?


「ああ......! ウォンさんの鋭い爪! いつかこの爪に引き裂かれてわたくしは......! 」


 しかし全く物怖じしないリフィ。

 それどころか、 その爪に頬擦りまでしてきた。

 ふ、 ふんっ! 分かってるおるぞ! それも恐怖を誤魔化す為の無意識の反応なのだろう?

 よく観察すればこの前のような震えている姿が......なに? 震えていないだと!

 どういう事だ! 何故俺の爪に痛みを与えられそのように平気でいられるのだ!!

 頭が激しく混乱する。


「あ、 あの、 ウォンさん......」


 しかしそれを邪魔するようにリフィが声を掛けてきた。

 ええい! 今は貴様の事で思考が纏まらぬというのに! 今度はなんだ!!


「そのように、 人前で撫でられては......いくら餌のわたくしでも照れてしまいます」

「......は? 」


 言われて気がついたが、 どうやら俺は混乱のあまり爪を引っ込めていたらしい。

 その上で頬に手を置いたまま......向こうからすれば撫でられたと認識したようだ。

 ち、 違う! これは断じてそういう訳では!!


「イチャつくなら私たちが帰ってからにしてくれます? 」


 そこで呆れたような視線を送ってくるのはテンシュだった。

 俺はこれに素早く反応。

 生意気な元部下の頭を殴った。

 ......しかし今のは助かった。

 リフィが寂しそうな目でこちらを見てくるが、 これさえ気にしなければ状況を脱した訳だ。

 口には出さんが、 心の中でテンシュに礼を言っておこう。

 いつか必ず食うがな。



「おい! オオカミ!! デレデレしてねぇでこっちに来い!! 」



 そんなやり取りをしていると、 ドスの効いた声が飛んでくる。

 この世界の中で俺を「オオカミ」などと呼ぶのは一人しかいない。

 オヤカタだ。


「へ、 へい! 今いきやす! 」


 思わず条件反射で腰が低くなる。

 すぐに自分とオヤカタに対して食ってやりたい程の怒りが込み上げてきた。

 落ち着け落ち着け。

 魔王様の下でも似たような感じだったであろう。

 まぁ今とは全く違う態度だが。

 これは大工たちの空気に影響されたというか......。

 いやそんな事はどうでもいい。

 モタモタしていてはまた怒鳴られる。

 というかなんの用事だ。

 どちらにしろ怒られるんじゃないだろうな。


 俺は疾風のようにオヤカタに呼び出された場所に向かった。

 そこは俺が依頼し、 俺が手伝い、 そして大工たちが建てた家の目の前だった。

 どうやら完成したようだ。


 ......なんだろうな。

 ただ、 ただ餌の為の家を作っただけなのだが。

 こう、 込み上げてくるものがある。


 オヤカタに怒鳴られる蹴飛ばされた日々。

 他の大工たちと笑われながらも共に汗水垂らした仕事。


 まるで走馬灯のようにそれらが頭に過ぎり、 鼻先がツンとした。

 なんだこの感情は。


「どうだ。 自分で作るってのはいいもんだろ」


 そんな俺の隣に立ち、 同じく家を見ながら語りかけて来るオヤカタ。


「てめぇら獣人は壊すのは得意らしいがな、 こうして何か力合わせて建てるってのも覚えた方がいいぞコノヤロウ」


 この人間は何を勘違いしているのか。

 我ら獣人とて文化的な暮らしも出来るのだ。

 このぐらいで何を偉そうに自慢している。

 ......しかし、 確かに俺個人の話で言えばそうかもしれん。

 戦い、 そして戦果を上げのし上がるだけの人生だった。

 こうして何かを作り上げるというのは初めてかもしれん。

 ふ、 フンっ! だからなんだと言うのだ!

 そんな事で俺が感傷に浸るとでも......。


「おいオオカミ。 ここの釘を打ちゃあこの家は完成だ」


 ごちゃごちゃした思考を吹き飛ばすようにオヤカタが俺の手を引き、 壁から一つだけ飛び出た釘の前まで連れ出す。

 これがなんだと言うのか。

 さっさと打って完成させてしまえばいいものを。


「これはテメェが打て」

「......何? 」


 この家を建てる間、 オヤカタは俺にこういった仕事はさせなかった。

「細かい事やらせりゃテメェは折角作ったもん壊すだろが」

「獣人のテメェは力仕事だけしてりゃあいいんだよ! 」

「少しでも認めてやりゃあ考えなくもねぇがな」

 それがこの男の口癖だった。

 という事は......。


 オヤカタが「早くしろ」と金槌を押し付けてくる。

 その時、 魔王様に初めて認められた時の事を思い出した。

 何故この場面で重なる。

 こんなもの、 俺にとっては何の価値もないと言うのに。

 やって、 られるか!


「ええい! 何故俺がこんな事をせねばならんのだ! 人間がやればよかろう! 」

「っ?! 何をぉ!! テメェ、 俺たちが折角......」

「誰もやらぬとは言っていないだろう! 俺の仕事ではないと言ったんだ! おいリフィ! 」


「は、 はいっ?! 」


 俺は近くに居たリフィに金槌を押し付けた。


「貴様がやれ」

「え? はい? 」


 混乱したようにワタワタとし出す俺の餌。

 ええい! 察しの悪い奴め!


「これは貴様の家だ! 仕上げるなら家主がいいに決まっておるだろうが! 」

「っ! 」


 リフィはそれを聞いて、 見えない目を丸くしていた。

 オヤカタは何やらニヤニヤとしてこちらを見ている。

 何だ気持ち悪いな。

 怒りが治ったのならいいのだが。


「ほら、 早くしろ」

「で、 ですが......わわっ! 」


 もたもたしているリフィの手を引いて釘に触れさせてやる。

 そして打ち方を説明し離れた。

 これでこの場も丸く収まり、 家が完成するだろう。

 最後の最後まで苦労をかける奴らめ。

 俺は肩の荷が降りたような気持ちになったが......リフィはいつまで経っても釘を打たなかった。

 何をしているのか。


「あ、 あの。 ウルフォ......ウォンさん。 やはり一緒に打ちませんか? どうにもわたくしだけでは指を怪我してしまいそうで......」


 何ぃ?! ええい! こんな事まで世話を焼かせおって!


「いい加減にしろ! いいか、 こうやるのだ......よっ! 」


 俺はリフィの手に手を添え、 釘に向かって金槌を振り下ろした。

 その瞬間、 スコーンっ!、 といい事が辺りに鳴り響く。

 案外、 それは快感だった。


 こうして、 リフィの家は完成したのだった。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 」


 俺やテンシュ、 オヤカタたちに頭を下げ礼を言うリフィ。

 だからそれはお前の故郷でしか通用せんぞ。

 まぁ何となく雰囲気で皆理解しているようだが。


「へへ。 テメェを気遣って一緒に釘を打つたぁ、 いい嫁を貰ったじゃねぇか、 よ」


 オヤカタは訳の分からない事を言ってくる。

 俺の為? 何を言っているのか。

 そもそもコイツは俺の番ではない!

 しかし何故そんな穏やかな顔をしている。

 何が貴様をそうさせて......ちょっと待て。

 今なんと言った?


「オヤカタ、 今ウォンさんと......」

「さて! 明日から早速次の現場だぞ! 遅刻すんじゃねぇぞオオカミ!! 」


 しかし確認しようとした次の瞬間には、 いつものオヤカタに戻っていた。

 全く、 人間とはよく分からないものだ。


 だが、 まぁ。

 リフィが喜んでいるのならそれでよいか。

 ......いや違う。 これは違うぞ。 変な意味では無い。

 絶望に突き落とす為の幸福への第一歩を進んだからだ。

 それだけだ、 それ以外に何かある訳がないだろう。


 しかしやれやれ、 やっと第一歩か。

 先が思いやられる。


 ◇◆◇


 皆が帰った後、 我らは家の中に入った。

 外装も内装の内容は全てテンシュやオヤカタに任せ切りだったが......悪くはない。


 外装は目立ちもせずしかしみすぼらしい訳でもない。

 餌の住む仮住まいとしては充分過ぎるものだ。


 内装も至って単純だが実用的だ。

 無駄な物は一切ない。

 その代わり、 飯を食ったり作業をする為のテーブルやイス、 ベッド、 その他諸々生活必需品をしまえる棚などと、 人間よりサイズの大きい俺が余裕で生活できるスペースがある。

 台所もあるし、 水浴びが出来る桶すらある。

 一人の人間が暮らすには問題など何もないだろう。

 俺が昔暮らしていた屋敷に比べればゴミのようなものだがな。

 まぁ当時は広すぎて持て余していたりもしたが。

 とにかく、 質素ではあるが最低限の暮らしは出来ると言う訳だ。


「わぁ。 凄い、 凄い! これがわたくしの家!! 」


 リフィは家の中を歩き回り、 色んなところを触っては感動しているようだった。

 全く、 こんな底辺な作りで満足するとは情けない。

 まぁ文句は言わせんがな。

 なんせ俺が作るのを手伝ってやったのだから。


 一通り中を見学、 ならぬ「触」学させたところでリフィを椅子に座らせる。

 ここからが本題だ。


「リフィ。 これからはこの家で一人で暮らしてもらう」

「え? ウルフォン様は......? 」

「俺にはあの洞穴が快適なのだ。 あっちで暮らすに決まっているだろう」


 この前の一件で、 獣人と人間の生活環境が大きく異なることが分かった。

 ならばそれぞれ分かれて住んだ方が心身どちらの疲労を軽減されるだろう。

 まぁ俺もいい加減洞穴暮らしも飽きてきたし、 この家に住んでもいいのだが......それでは本末転倒だ。

 俺も昔は贅沢な暮らしをしていたが、 獣人は自然の中で暮らせる。

 しかし人間はそうはいかないのだから棲み分けるのが一番なのである。

 ここは餌を美味くする為に熟成させつつもりでリフィに家は譲ろうではないか。

 こんな褒美は滅多にないぞ? 有難く思うがいい。


 しかし当のリフィは不安そうな表情を浮かべていた。

 ええい! ならばもう少し希望を与えてやるか。


「よいか。 前にも言ったが貴様の生きる意味は俺が与えてやる。 先ずは普通の人間として暮らす事を覚えろ。 目が見えないだとか、 奴隷だとかそういうのは忘れてしまえ」

「っ! 」


 俺の言葉に目を丸くするリフィ。

 ふふ、 どうだ。

 これならば流石に希望が......。


「う、 うぇぇーーん!! 」

「っ!?!? 」


 な、 何故泣く!

 どうしてそうなるのだ!

 俺が動揺していると、


「す、 すみません、 う、 嬉しくて、 そんな事言って貰えて、 わたくし、 こんなに幸せでいいのかなって......」


 ふむなるほど、 そういう事か。

 ふふふ、 いい傾向ではないか。

 この調子でコイツに人間らしい暮らしをさせ、 少しずつ希望を与えていけば、 いずれ満たされるに違いない。

 その時こそ絶望に突き落とし、 食ってやる時よ。

 俺はそれまでじっくりコイツを熟成させて待つとするか。



 その後、 リフィを落ち着かせているうちにすっかり夜も更けてしまった。

 明日も朝からオヤカタの元で仕事だ。 早く寝なければ。

 アイツの脅しに怯えている訳ではないが.....金が貰えないのは困るからな。


 リフィをベッドに寝かせ俺も洞穴に帰ろうとした時、 ふと腕を掴まれた。

 何事かと思い顔を見ると......何やら寂しそうな表情で、 見えない目でこちらを見ていた。

 一体今度はなんだと言うのだ。


「ウルフォン様、 わがままを承知で言いますが......わたくし、 このベッドでは寝れません」

「なにぃ!? 」


 聞けばこの女、 折角用意してやったベッドが肌に合わんと言うのだ。

 高級過ぎるだの柔らか過ぎるだの贅沢を言ってくる。

 しかもだ、 俺に買われてから味わった他の寝床の感触が、 そこに敷き詰められていた毛皮の感触でないと眠れなくなってしまったのだとか。

 ええい! どこでそんな贅沢を覚えたと言うのだ!

 そもそも、 洞穴の藁で作った貴様の寝床に毛皮など......ん? 毛皮?

 嫌な予感がする。


「もうわたくしは! ウルフォン様のモフモフの毛皮でないと寝れなくなってしまったのです! 」


 予感は的中した。

 と言うか、 その言い方だと俺の毛皮はベッドより安っぽいと思ってるのか貴様は!

 人間のベッドで寝るのもコイツと添い寝するよも嫌だが......魔王様から褒められたこの毛並み! 改めて堪能させる必要があるようだな!

 ......まぁ、 その毛並みの維持もリフィの口うるさい指摘があるからだがな。


 結局俺はその日から、 夜はこのベッドで寝る事になってしまった。

 何をやっているんだろうか......。


 ◇◆◇


 次の日から本格的にオヤカタの元で働く形となった。

 相変わらず人遣いが荒く、 力仕事ばかり押し付けられるが、 以前よりも当たりがマシになったような気がする。

 それどころか、


「嫁さんは元気か? 大事にしてやれよ」


 等とリフィを気遣うような事を言うようになっていた。

 フンっ! 言われなくても大事にするわ!

 奴は俺の、 大切な食事なのだからな。

 くくくくっ!


 しかしそんなリフィだが。



「あ、 お、 おかえりなさいウルフォン様! すみません、 また家を汚してしまって......」



 新しい生活に悪戦苦闘しているようだった。


 家が建とうがコイツの目が見えないのは変わらない。

 そんな中でも、 何とか自分一人で生活を回そうとしているようなのが......どうにも上手くいかないようだ。


 ある日は着るものを探して家中に服を散乱させていた。

 ある日は食器を落として割り、 それを片付けようとして更に何かを壊し怪我までしていた。

 ある日は料理をしようとして家事を起こしそうになっていた。

 その度に帰宅した俺に謝り申し訳なさそうにしていたが、 諦めずに毎日何かしらに挑戦する前向きさを崩す事はなかった。

 俺はこれをいい傾向だと見守る。


 希望を持って生きるとは強くなる事だ。

 目が見えないからと最初から全てを諦めていては話にならん。

 聞けばコイツは、 そうなってからというもの、 買い取った主人や奴隷店の店主から「餌」を与えられ生きてきたそうだ。

 他にも住む場所や衣服もだ。

 これからも盲目の奴隷として生きていくならそれでも構わないが、 運の悪い事にコイツの運命は俺の手に委ねられている。

 そしてもうリフィは奴隷ではない。 俺の餌なのだ。

 その精神から脱却し、 希望を持ち幸福を得る為には一人で生きられるようにならなければいけないのである。

 だから俺も手助けは最低限に、 リフィの成長を見守った。

 それが結果的に自分が食われる事に繋がるとは皮肉な話だが。


 こうして毎日、

 目の見えない自分と、 奴隷としての自分に立ち向かっていくリフィ。

 未だに何も成功出来てはいないが、 その姿勢こそ大事なのだ。

 いつか必ず身を結ぶ、 筈なのだからな。


 俺はそれを毎日のように言い聞かせていた。

 リフィもそれを受け入れ、 理解し、 その上で頑張っているのだと思っていた。

 姿を消してしまうその日までは。


 ◇◆◇


「何処だ! リフィ! 」


 ある日、 帰宅するとリフィが居なかった。

 部屋がめちゃくちゃになっていたので強盗や人攫いにあったのかとも思ったが、 散らかり方がいつものものだった。

 恐らく誰かに何かをされた訳ではない。

 自分の意思で家から出た、 そう結論付けた。

 何かやる事でもあるだろうと暫く悠長に待っていたが......リフィは帰って来なかった。

 俺はそこまで来て、 やっと頭にとある事が過ぎった。


 出ていったのでは......?


 理由は分からない。

 俺は奴に全てを与え、 そしてリフィ自身も努力し前向きに生きようとしていた。

 だから何故でていったのか分からない。

 しかしこの状況はそれしか可能性が思いつかなかった。


 家から出て周囲を探す。

 洞穴を見て誰も居ない事を確認すると、 森に入った。

 アイツは目が見えない。

 出ていってからそれなりに時間は経っている筈だが、 そう遠くへは行けない筈だ。

 それだけを希望に、 俺は森を駆け巡り、 リフィを探した。


 その間俺はこんな事を考えていた。


 何故こんなに必死になっているんだろうか。


 今の俺は稼ぎがない訳じゃない。

 よくよく考えれば、 リフィが居なくなったのなら、 他の奴隷を買って食えばいいだけの話ではないか。

 なのに何故、 俺はアイツに拘っているのか......。


 その答えが見つからないうちに、 リフィを発見した。

 案外あっさりと。

 いとも簡単に。


 最初に出てきた感情は安堵だった。

 何かにぶつかり、 躓きながらも前に進もうとしている姿を見れば、 リフィが生きている事も大きな怪我をしていない事も分かったからだ。

 しかし次に湧き上がってきたのは怒りだ。

 それは逃げ出した事にではなく......ぶつかり転んだ事で出来た僅かな傷に対してのものだった。

 どうしてそこまでして逃げ出したのか。

 俺はこれを、 餌が勝手に質を落とされたようにかんじたからだと、 勝手に解釈した。

 真実を追求する事はしなかった。


「おい貴様ぁ! 」


 俺が叫ぶとリフィはビクリと反応し、 その場に止まった。

 そして見えない目でこっちを恐る恐る振り返る。

 その表情に恐怖はない。 臭いもそうだ。

 あるのはただ、 「申し訳なさ」だった。

 なんだその感情は。

 罪悪感を感じるなら最初から逃げなければいいであろうに。


「......帰るぞ」


 俺は訳も聞かずにリフィの腕を掴み家に連れ戻そうとする。

 何故聞かなかったのかは分からない。

 ただ煩わしかっただけかもしれない。

 だから早く帰って寝たかった。


 しかしそうはさせてくれない。

 リフィは抵抗し、 その場から離れようとしなかったのだ。

 いくら怒鳴りつけてもそれは変わらず、 フルフルと首を横に振るだけだった。

 こうなってしまっては、 理由を聞かないというのは無理だろう。


「わたくしは、 ウルフォン様のお傍にいる資格はありません......! 」


 意味が分からなかった。

 それは主人であり、 コイツを食う俺が決める事だ。

 呆れつつ更に問い詰めるとリフィはぽつりぽつりと語り始める。


「わたくしは、 目が見えません」


 それは知っているが。


「それでもウルフォン様はわたくしに期待してくれました」


 まぁ希望を持たせて後に絶望させて食いたいからな。


「でも、 その期待に応えられないんです」


 だからそれは俺が決める事で......。


「一生懸命頑張りました! ウルフォン様が言うように、 前を向くこと、 普通の人間のように暮らす事! それが出来るようになんでもやってみました! でも無理だったんです! 強く生きろと言うがわたくしには出来ません! 普通に生きろと、 普通の人間のように生きるというのはわたくしには無理なのです!! 」


 ......。

 リフィの訴えは切実だった。

 必死だった。

 どうやら俺の期待が、 コイツに負担をかけていたようだ。


 ......はぁ。

 人間一人幸福にするというのは難しいものだ。

 良かれと思ってやった事が裏目に出るとはな。


 しかし、 だからなんだと言うのだ。

 これが恋愛事や親子関係の話なら、 己の行いを恥じて反省するべきだろう。

 だが俺たちは違う。

 ただ食うか食われるかの関係だ。

 俺がコイツを幸福にしたいのも食う為の下準備、 リフィを思っての事じゃない。

 だから自分のやった事に後悔はない。

 気を遣い手を抜くつもりもない。

 これがダメなら別の方法を考える、 それだけだ。


 何よりも腹が立つのだ。

 コイツの考えは甘っちょろい。

 目が見えない事を、 己が幸福になれない理由に使っている。

 そんな事、 俺が許す筈がなかろう。


 ......だがそうだな。


「無理だろうがなんだろうが関係ない。 俺が貴様を食う為に必要な事だ。 やれ」

「っ! 」


 確かに今の状態ではコイツに見返りが少ないかもしれん。

 ただ俺の言う事実行し苦痛なだけかもしれん。


「だが安心しろ。 生きる意味を与えてやると言っただろう」


 それはただ、 コイツのその気にさせる為の言葉だった。

 特に深く考えず、 内容も決めてはいなかった。

 しかし今こそその真価が発揮される時だ。



「貴様の目、 治してやる。 見えるようにしてやろう」


「......え? 」



 当然その方法など分からない。

 治るのかどうかすら知る筈もない。

 だがそれで構わない。

 それでコイツが生きる意味を見いだせるなら......。


「っ......ああああっ!!!! 」


 突然叫び出すリフィ。

 何事かと驚く俺。

 ここはいつもの調子なら、 ひたすらに頭を下げ礼を言ってくる場面の筈だが......。

 もしかして、 選択を間違えただろうか。


「どうして! どうしてこんなわたくしにそこまでするのですか!! こんな生きている価値もない、 何も出来ない、 目が見えないわたくしに!! だから殺して欲しいのに! 食べて終わらせて欲しいのに!! 」


 ......全く。 それをいうのは禁じただろう。

 最近はナリを潜めていたと思ったが、 やはり根本はそう簡単には変わらんか。

 ならば、 もう一度分らせてやる必要があるな。


「そんな風に逃げられるなどとは思うなよ? その全てを含め、 決めるのは俺だ。 価値があるか決めるのは俺だ。 いいか何度も言う。 俺は貴様を食う為に、 その目を治す。 いいな? 」


 それを聞いて、 結局リフィは泣き出した。

 ふんっ! 少しは自分の立場を理解したか。

 己が俺に生かされ、 そして利用されているという事を。

 それで絶望しても構わんが、 俺が欲しいのはもっと別の絶望だ。

 せいぜい用意された幸福を味わい、 絶望するがいい。


「ウルフォン様! わたくしは、 この身を! 貴方様に捧げます!! 」


 最後に吐き出されたその言葉に意味はよく分らなかったが、 まぁ俺に恐怖を抱き成す術もないと改めて実感したのだろう。

 これからはもっと素直に俺のいう事を聞くだろうな。

 くくく、 幸福にさせてやるから覚悟しろよ!



 こうして、 俺はリフィに生きる意味を与えた。

 まぁ結局コイツの目を治す方法など分らないが......テンシュ辺に調べさせるか。

 何にせよやる事が一つ増えた。

 忙しくなりそうだ。


 俺は泣きじゃくり縋り付いてくるリフィを受け止めつつ、

 何故か満たされた気分になっている自分に気づき、

 思わず微笑んでしまう事に困惑しながらも、

 どうしてだか魔王様を思い出したのだった......。


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