第31話 決意の朝、旅立ちの日

「それじゃ、お願い。シオン」


「任せてっ」


 クレス及びリベラとの戦いから一か月後。

 ほとんど傷が癒えたシオンたちは、カノとの戦いで崩落した洞窟を訪れていた。

 幸いにも、様子を見た限り、誰にも手を付けられていないようだった。

 シオンは、拳に影を纏わせ、瓦礫を粉砕していく。 


「おー! ちゃんと傷治ってるね」 


 瓦礫が砕け散るのを見ながら、イリスは呟いた。

 彼女の性格上、無理をしている可能性もあると考え、シオンに瓦礫の除去を頼んだ。

 そして、瓦礫を砕く彼女の動きを見ていたイリスは、傷を庇った拳の降り方になっていないことから、シオンの傷は完治したと判断した。


「あ! これかなぁ……?」


その間に、彼女はどんどんと瓦礫を砕いていき、目的のものを発見する。


「それ! 分かってはいたけど、ぺしゃんこだなぁ……」


 シオンたちが探しに来たもの。

 それは、洞窟内に置き忘れたイリスの荷物だ。

 瓦礫の下敷きになったせいで、ほとんどは使い物にならない状態だった。


「まあ、お金と地図は無事だったからよかったけど……何か、つらい……」


 辛うじて無事だったお金と地図だけ回収する彼女は、少しだけ落ち込んだ。

 彼女の持ち物は、精霊瓶や緊急時に使えるもの入れていたのだが、そのほとんどは安いものではない。

 その大半が使う前に壊れてしまったのだ。

 そして、その原因となった洞窟の崩落は、自分の暴走で起こしたことだった。


「……何かごめん」


「……私は悪くないから」


 そんなイリスを見て、自分の不甲斐なさにも原因があると、シオンは謝罪する。

 あの時、自分が荷物を持っていくという判断が出来ていれば。

 一方で、二人を襲撃し、シオンを洞窟から逃がしたカノには、謝る気は一ミリもなかった。

 彼女にとっては、それが正しい行動だったから。


「全部私が未熟なせいで起きたことだから、二人は気にしなくて平気だよ……!」


 イリスの言葉は本心だった。

 自分が、葬具に呑み込まれるようなことがなければ、洞窟を崩落させるようなことをせずに済んだ。

 そもそも、葬具に頼らない強さを持っていれば、あの時のカノとも分かり合えたかもしれない。


「とりあえず、宿に戻って、今後の方針について話そっか!」


 だから、イリスは二人を責める気など最初からなかった。


「……うん!」


 笑顔を浮かべ、洞窟に背を向けて歩き出したイリスの後を追って、シオンも歩き出した。



「──それで、これからのことなんだけど……」


 宿に戻ってきたシオンたち。


「私は、当初の予定通り、機械種の統治領域──シールバース帝国を目指そうと思うの」


 机の上に地図を広げたイリスが、赤く囲まれた箇所を指差す。


「……うん。オレもそれでいいと思う」


 彼女の言葉に、シオンは賛成した。

 リベラが語った葬具の話が真実であるなら、イリスにこれ以上、あの葬具を使わせるわけにはいかない。


「シオンは、本当に優しいね」


「ふぇ…‥?」


 そんなシオンの心を読んだようなことを呟くイリスに、シオンは素っ頓狂な声を出す。


「私に葬具を使わせたくないって考えてたでしょ? 分かってるよ。あんな話聞いたら、シオンは心配しちゃうよね」


 リベラとの戦いを終えた後、シオンは彼から聞いた葬具の話を、全てイリスに話していた。


「そんなの当たり前だろ……! イリスが死ぬなんて、絶対に嫌なんだ……!! いっぱい叶える約束があるんだから!」


「……ありがとね、シオン。大丈夫だよ、もう葬具は使わないから」


「え……? じゃあ、何のために機械種の国に行くの……?」


 彼女の言葉に、シオンは首を傾げた。

 シールバース帝国に行く目的は、問題なく葬具を使えるようにするためだったはず。

 だが、もう葬具を使わないのであれば、向かう必要はないのではないだろうか。


「私ね、シオンから葬具の話を教えてもらって思ったの。あそこに閉じ込められてる魂を解放したいって」


 シオンの疑問に、イリスは複雑な表情を浮かべながら答える。


「私は、歴史の当事者じゃないし、霊魔種が過去に何をしたのかも、伝え聞いた話でしか知らない。彼らはいっぱい酷いことをしたのかもしれない」


 その視線の先には、壁に立てかけられた、彼女の葬具があった。


「……でも、魂を閉じこめて、利用するだけ利用して殺すなんて間違ってる。だから、私は葬具に囚われてる霊魔種を全員助けたい。それで人間種が戦う力を失って、滅んでも構わない。他にもっといい方法があったはずなのに、こんな方法を選んだ当然の報いだよ」


「イリス……」


「──それで、人間種から恨まれてもいいわけ? しかも、解放された霊魔種が即座に攻撃してきたらどうするつもり? 相当バカなこと言ってる自覚ある?」


 静かに話を聞いていたカノが、影の中から顔を出し、イリスを問い詰める。

 霊魔種である彼女には、無視するわけにはいかない話だった。

 人間種全員を敵に回してでも、霊魔種を助けようとするなんて狂ってるとしか言えなかった。

 その結果、解放された霊魔種が攻撃に転じてきたら、イリスは殺される。

 どう考えても、一つの利もない、正気とは思えない選択だった。


「あるよ。無茶だし、大変な道を選んでるって分かってる」


 しかし、そんなことは百も承知だった。


「それでも、私は人間種の一人として、王家の人間として、この間違いを正す責任があるの……! それに、元々は葬具なんてなくても、霊魔種に勝ってるんだから、どうにかなるよ」


 それがイリスの答えだった。

 誰に何を言われても変えるつもりはない。


「……本当に、頭おかしいんじゃないの?」


 その愚かな答えと、意志の強さに、カノは困惑する。


「ふふっ。誉め言葉として受け取っておくね。──それで、シオンたちはこれからどうするの? 私と一緒にシールバース帝国まで行ってもいいし、何かやりたいことがあるなら別行動でもいいけど……」


「ううん、一緒に行くよ。葬具を使わないなら、道中で何かあった時、オレたちの力が必要でしょ? それに……オレはあの記憶が何なのか知りたい。だから、オレはイリスと旅を続けるよ」


 リベラから渡されたカギを見ながら、シオンは自分の決意をイリスに伝える。


「カノはどう? 賛成? 反対?」


「賛成半分、反対半分」


 シオンに意見を求められたカノは、不満そうな顔を浮かべて呟いた。


「私も、シオンの見た記憶の続きは気になるから、そこは賛成。でも、イリス・ラスティアの護衛みたいな扱いになるのは反対」


「シオンも大変だねぇ……」


 彼女の態度に、他人事のように呟くイリス。


「あはは……」


 恐らく、カノがイリスを目の敵にしている理由は、一方的に叩きのめされたこと。

 それと、シオンの好意がイリスに向いていることへの嫉妬が大きいのだろう。

 あくまで彼女の推測でしかないが、カノからイリスに向ける感情は複雑なのだろう。

 一方で、イリスはカノのことを気に入っているらしく、積極的に仲良くなろうとしている。

 妙に嚙み合わない二人の間で板挟みになるシオンは、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「じゃあ、方針は決まったってことでいいかな?」


「うん、大丈夫」


「はぁ……。好きにしなよ」


「よし! それじゃ、出発は明日! 目的地はシールバース帝国!!


「おー!!」


 今後の方針は決まり、三人は宿での最後の一日をゆっくりと過ごすのだった。



「んー! いい天気」


 翌日。宿の外に出たイリスは、大きく伸びをし、空を見上げた。

 雲一つない快晴。

 旅立ちの日に相応しい天気だ。


「そういえば、イリスが乗ってた馬ってどこ行ったの?」


 歩き出したシオンとイリス。

 そこで、シオンはふと、彼女が途中まで乗っていた馬のことを思い出した。

 気が付いたらいなくなっていたあの子は、どこに行ってしまったのだろう。


「多分、私とカノちゃんの戦いに怯えて逃げちゃったんだろうなぁ……。無事だといいけど……」


 カノとの戦いの中、誰もがそこまで意識を向けていなかった。

 シオンの記憶の中でも、洞窟が崩落するときには、既にいなくなっていた。

 恐らく無事だと思うが、今から探している余裕もないため、何事もないことを祈ることしかシオンにはできない。


「じゃあ、帝国までは徒歩?」


「うん。まあ、この街からだったらそこまで遠くないし、大丈夫だよ」


 地図を確認すると、確かに現在値から帝国までの距離は、そう遠くないように見える。


「というわけで、しゅぱーつ! 目的地は、シールバース帝国!」


「お、おー!!」


 イリスは手を掲げ、旅立ちを宣言した。

 彼女の勢いにつられ、シオンも手を掲げる。

 二人は顔を見合わせて微笑むと、次の目的地に向けて歩き始めた。
















 ドスリと、鈍い音が響いたのはその直後だった。




「え?」


 何が起きたのか、シオンには分からなかった。

 ただ、隣を歩いていたはずのイリスの胸を、光り輝く何かが貫いていた。


「イリス……?」


 脳が状況を理解しきる前に、シオンとイリスの身体は重たい一撃に吹き飛ばされた。

 宙を舞うシオンの視界に映ったものは、血を流すイリスと、槍を携え、邪悪な笑みを浮かべるクレス・ラスティアだった。

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