第17話 見つけた夢、約束の日
「これ以上、反理銀翼を使用していたら、私の精神は崩壊する。その前に、私は機械種の国に辿り着かないといけないの」
イリスの話を聞き終えたシオンは、何も言えず黙って俯いていた。
優しい笑顔の裏に、これだけの苦しみ隠していたなんて知らなかった。
壊れそうな精神を繋ぎ止めて、見ず知らずの自分を助けてくれた彼女に、一体何を言えばいいのか。
「ねえ、シオン。私、どれくらい寝てた?」
俯く彼女に、イリスは優しい声で問いかける。
「えっと、確か、一日くらいかな」
「……そっか。じゃあ、もう手遅れかもね」
シオンの答えに、イリスは、何かを諦めたような笑顔を浮かべた。
「クレス兄さんや騎士団も馬鹿じゃない。あんなに派手な戦いしちゃったら、私の居場所に気が付いてるはず。急いでこの街を離れないと」
ベッドからゆっくりと立ち上がり、シオンの横を通り過ぎようとするイリス。
その手を、シオンが掴み、引き止めた。
「……イリス。一個だけ、聞いてもいい?」
「いいよ。何が聞きたいの?」
「イリスは……夢を見つけることが出来たの?」
彼女に問いかけるシオンの目は涙で潤んでいた。
イリスの生い立ちに、ここまでの道のりに、彼女が言えることは一つもなかった。
何を言っても、中身のない同情にしかならないし、そんな言葉を彼女に伝えたくはなかった。
それでも、シオンはどうしても確かめたかった。
残酷な運命の中で、彼女は夢を見つけることが出来たのか。
誰かの勝手で精神が壊れかけた挙句、何も見つけることが出来ていないなんて、そんなことは絶対に許せない。
「──シオンは、いつも泣きそうな顔してるよね。出会った時も、私を止めてくれた時も、今も」
怒りと悲しみが混ざった表情を浮かべるシオンの潤んだ瞳には、イリスの困ったような微笑みが映っていた。
そして、彼女はシオンの手を握り、潤んだオレンジ色の目を見て呟く。
「私の夢はね、シオン。君だよ」
「……え? お、オレ……?」
「そうだよ? シオンに出会って、短い時間だけど色んなことをして、色んな話をして、すっごく楽しかった!」
シオンにとって、共にいた時間の長さなど関係ないくらい、イリスはとてもかけがえのない存在だった。
それはイリスも同じだった。
城の外に出ることも出来ず、友人もいなかった彼女には、シオンとの旅は初めてだらけだった。
王国内の人間は、誰もイリスを助けてくれなかった。
誰もが、彼女の才能だけを見て、彼女の苦しみなど見ようとはしなかった。
でも、シオンだけはイリスのことを見てくれていた。
彼女の苦しみも、シオンは理解してくれていた。
イリスのことを思って、何度も涙を流してくれたのは、シオンただ一人だけだった。
シオンにイリスしかいないように、イリスにもシオンしかいなかった。
彼女ともっと色んなことをして、もっと笑い合っていたい。
「いつか、絶対にシオンの生まれた世界に連れて行ってくれるって……あの言葉が、私に夢をくれたの」
イリスの頬を、一滴の雫が伝う。
「シオンと色んなことをして、いつかシオンの生まれた世界に行って、美味しいものいっぱい食べるの。それが、私の夢だよ」
そんな彼女の手を、シオンは涙を流しながら優しく握る。
「……あの時、ちゃんと約束できなかったから、今度こそ誓うよ」
シオンは、イリスの頬を伝う涙を拭いながら、真っ直ぐ彼女の瞳を見据えて誓う。
「オレは、イリスの夢を、笑顔を守りたい。イリスの願いを全部叶えたい。絶対に壊れさせたりなんてしない。どんなことになっても、どこに行っても絶対に助ける。……だから、こんな足手纏いのオレと、どこまでも一緒に行ってくれますか? ずっと永遠に、一緒にいてくれますか?」
「……もちろん。私とずっとずっと、永遠に一緒にいてください」
強く握られたシオンの手を握り返し、イリスは優しく微笑む。
「……ちょっと、重たすぎるかな?」
「ふふっ。全然重たくなんてないよ。すごく嬉しい」
今更、自分の発言を振り返って、恥ずかしくなったシオン。
そんなシオンの赤く染まった顔を覗き込み、イリスは少しだけ意地の悪い、でも優しく穏やかな笑みを浮かべるのだった。
◇
「──街の人間の状況はどうだ?」
シオンとイリスが約束を交わしている頃。
多数の騎士たちが隊列を組み、街を包囲していた。
「はい。全住民、この街からの退避完了しています」
「よし。全員、戦闘態勢に入れ。俺の合図と共に、街へ突入する」
「はっ!」
指示を受け、走り去る騎士の背中を見送り、男は街の方に視線を向ける。
「……イリス。随分と手間をかけさせてくれたな」
銀の髪を揺らし、紫紺の瞳には怒りが滲んでいた。
「俺が来た以上、これ以上先に進めると思うなよ。──総員、突入。」
腰に携えた葬具を抜き放った男は、騎士たちを引き連れ、街への侵攻を開始する。
「目標、イリス・ラスティア。最優先は捕縛だが、抵抗する場合は……容赦なく殺せ」
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